131 / おばばに水着
「ねえねえ、夏なんだからさ、水着、買わないの?」
職場の業者さんにそんな発言をされ、その場では「買わないですよ」と笑ってごまかしたものの、帰宅してから、あれってセクハラだよなぁ、とモヤモヤしたものを抱えていた。
窓際の観葉植物に、霧吹きで水をやる。
もう40も超えて、そういった発言とは無縁になったとばかり思っていたのに。
どこの世界に40代のおばさんをつかまえて「水着は買わないのか」という発言をする男性がいるというのか。
と思えば、ここにいたわけで。
私は大きくため息をついて、ベッドに身を沈め、両足にまとわりついていた靴下を剝ぎ取る。
20代になって、社会人となり、いざ大人の世界に飛び込むぞと息巻いていた時に、職場で同じような発言を浴びせられて、当時はかなりカルチャーショックだった。
教科書の中でしか見聞きしたことのないような「セクハラ」のリアルが、そこにはあった。
それがどうやら一時的なものではなく、自分が若いうちは延々に続くのだと悟ってからは、苦笑いでいなすことも覚えたが、内心は本当に嫌だった。
30代、年を重ねるにつれ、徐々にその対象が若い子に移っていったのを肌で感じて、私は若干のものさびしさと、そうはいっても格段に楽になってゆく自分に気づいたのだった。
40代、近頃ではまったく性的な話とは無縁になり、まるで晩年を過ごすかのように豊かな日々を送っていたのに。
何が「水着」だ。
しかし、一方で思う。
よくテレビとかで、おばあちゃんに性的なインタビューをして、おばあちゃんが乙女心を見せて恥じらったり笑ったりする、そんな光景を思い出すにつけて、今日の「水着」事件だって、若い子に対するそれではなく、むしろおばあちゃんに対するそれに近いからかいだったのではなかろうか。
そう思い至り、私はひとり、ほうっと息をついた。
なんだ、それなら甘んじて受けてやろう。
と、そんな気にさせられた。
時刻は19時。
今日も仕事を懸命にこなしてきた。
徐々に部屋に広がってゆくエアコンの冷気を感じ取りながら、風邪を引く前にと洗面所に向かう。
化粧を落としてしまったら、そのままシャワーだ。
服を脱ぎ捨てた私の身体は、すっかり40代のくたびれたそれである。
確かな歴史を刻んできたこの体。
ところどころに深く刻まれたしわに目をやり、「何が水着だ」と口にして、私は風呂場の戸を開けた。




