123 / 見上げると雲
今日も、愛犬のダフはまるで子犬のようにはしゃいで足にまとわりついてくる。
それをつかまえて両手で胴のあたりをわしゃわしゃしてやると、よほど嬉しいのか、彼は体を大きくくねらせて後ろ足で飛び跳ねる。
「いってきます」
と、玄関から職場に行く父と母の声がする。
「はぁい、いってらっしゃい」
とリビングから声だけで見送る。
いつもの朝。
ただ、私だけが違っている。
両親が出たのを見計らって、私はキッチンの戸棚から、お菓子の缶を取り出す。
その中には、母が買ってきた安物の菓子が、いつもぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
その中から適当に二、三、見繕って手に取り、テーブルにつく。
ふぅ、と大きく深呼吸をして、今取り出したばかりの安物のクッキーを、やはり安物のコーヒーでいただく。
さく、とクッキーが口の中でほどける。
安物だけあって、味は控えめに言っても雑である。
それでも砂糖の甘さが脳に行きわたるのを感じて、私はもう一度、大きく深呼吸をする。
ぬるくなったコーヒーで、口の中のクッキーのくずを流し込む。
じっくりと、祥平との結婚生活を思い出す。
私は、当初、結婚に非常に夢を見ていた。
祥平を前に、「この人が私の運命の人なのだ」などと舞い上がり、ひとり恋占いなどに興じていた記憶がある。
しかし、俗に結婚は人生の墓場とも言う。
当然のように家事全般を押しつけてくる祥平の存在は、愛すべき夫から一転、憎い主人へと変わった。
女子高で数多の女子高生から熱い視線を贈られ続けてきた私にとって、たとえ夫といえども一方的にその下について家政婦の真似事をするなんてことは、耐えがたい屈辱に感じられた。
そんな相手と長く暮らせるはずもなく、私たちは一年で別れた。
父は「お前には我慢が足らん」と言い、母は「育て方を間違えた」と言った。
しかし友人のリサだけは、「それでこそ我らがプリンス」などと言って笑ってくれた。
「私は結婚に向いていないのかもしれないな」
そうつぶやく私を、ダフは嬉しそうに見上げている。
それから二十年、結局バツ2がついた形で、私は現在独身生活を送っている。
ダフはとっくの昔に旅立った。
両親の介護をしながら、これまで歩んできた年月を振り返る。
洗濯物を干しながら、ひとりでも、なんだかんだここまで来てしまったなぁ、と苦笑いを浮かべて空を見上げると、某有名アニメキャラクターに似た雲がぽかりと浮かんでこちらを見ていた。




