122 / 兄貴のF
二つ年上の兄貴が、このまえの誕生日に、親に買ってもらってギターを始めた。
それからというもの、兄貴の部屋からはへたくそなギターの音がする。
はじめは意味不明なじゃかじゃかと乱暴に弦を鳴らす音が響いた。
かと思えば、途端に静かになり今度は耳に心地の良い調和のとれた音がする。
しかしあまりにもうるさいので、俺は宿題に集中できなくて、ベッドに横になって漫画を読み始める。
漫画を読んでいる間も、兄貴のへたくそな演奏はいつまでも続いた。
そんな日々が続いたある日のこと、俺は兄貴のいない時間帯を見計らって、兄貴の部屋にこっそりとしのびんだ。
目当ては、あのギターである。
家の中に誰もいない気配を確認してから、そっとそのボディに触れる。
持ち上げてみるとめちゃくちゃ重い。
あらかじめYoutubeで確認しておいたように、俺はプロのミュージシャンを真似てギターを構えた。
まるでギターを抱っこしているかのような形になったが、まぁいい。
俺は試しにコードのCとやらを弾いてみた。
ポロンと、耳に心地よい音が響く。
すごい。
俺は静かに感動した。
と同時に、ワクワクする気持ちを抑えきれなくなった。
それからというもの、俺は兄貴がいない時間帯を見計らって、毎日のようにギターを弾くようになった。
ところが、ある日のこと、いつものようにギターを練習していたら、ドアの隙間から兄貴が顔をのぞかせた。
「お前、何してんの」
怒られると思った。
しかし兄貴は、「お前、うまいじゃん。ギター」と言って、「F弾ける?」と言ってきた。
俺は緊張しながら、Fを弾いてみた。
すると兄貴は、「すげー!お前、才能あるわ!俺F弾けねえもん」と言った。
そして、「そのギター、お前にやるよ。俺、飽きちゃったしな」と言って笑った。
「それが、ギターを弾いていて思い出す、俺と兄貴の思い出です」
某市のコンサートホールで客を前に話して聞かせる今の俺は、今年で三十五になる。
兄貴は大人になって美容師になった。
いつもは町の美容院で働いているが、ひとたび俺の巡業となると、一緒についてきてくれ、フルメイクからヘアセットまでひととおり手がけてくれる。
ステージ上から、俺はいつものように脇に控えている兄に手を振る。
そこには、どこか誇らしげな兄貴が、照れるように笑っている姿がある。




