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『キリトリセカイ』Vol.02(101~200)  作者: 百字八重のブログ


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18/25

118 / スリッパの上から


ガチャガチャと玄関で音がする。


妻の幸子が鍵をドアのカギ穴にあてている音だ。

先に帰っていた俺はいそいで椅子から立ち上がり玄関へと向かう。

やがて「ただいまあ」というかわいらしい声と共に幸子が姿を現した。


「今日、どうだった?」

と幸子が問う。

どう、というのは、仕事のことだ。

「曇ってたからそこまでしんどくなかったよ。でも気温は高かったからな、むしむしした」

警備員をしている俺は、今日一日の仕事ぶりを振り返る。

「さっちゃんはどうだったのさ」

「どうもこうもないわ。いつも通り。お惣菜作って、パックに入れて、売り場に並べて、お客さんの対応して。どこのスーパーでも同じよ。しかしあれね、経理よりは楽ね」

幸子はそう言ってケラケラと笑う。

「ああ、俺も研究員よりは楽だな。その代わり体力使うけど」

俺は前の会社で幸子と出会った当初のことを思い出していた。

あの頃はふたりとも、若かった。

「それよね。でもこの年になって運動がてら仕事できるなんて最高じゃない?ジムいらずよ」

「だな」

幸子がうるさそうに髪の毛をしばりあげる姿は、何年見ても見飽きない。


「ねぇねぇ、けんちゃん、何か忘れてない?」

幸子がにんまりとした笑顔を見せてきた。

「ふふ、あれだな、買い出しの牛乳の件か。忘れた。ごめん」

そう言って、俺は苦笑いを返す。

「うんもう!そうじゃなくって!他にないの?」

「他に、かぁ。ゴミ出しはしたし、リビングに掃除機もかけた。なんだろうな」

俺は問うように幸子の顔を見返す。

見る間に、その顔から笑顔が消えてゆく。

「もう、いい。けんちゃんのバカ」

そう言うと幸子はそのまま奥の部屋へと行ってしまった。


「ふふふ」

俺はいじわるな笑みを浮かべる。


しばらくして、俺は幸子を呼びに行った。

「なによ、私、まだ機嫌なおってないんだからね」

幸子は相変わらずぷりぷりしている。

しかし、その顔は、リビングのテーブルの上に飾られた小さな花束を見るなりぱっと笑顔に転じた。

「結婚記念日、おめでとう」

俺は幸子の肩に手をやり、ウインクをしてみせた。

「けんちゃんたら、覚えてたなら言ってよね!」

幸子はそう言って俺の足をスリッパの上からゆるく踏みつける。

これこれ、この感じ。

今でも続くこの妻のこの癖をひとりじめして、俺は今日も自分の幸せをかみしめる。







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