117 / 帰り道
今日も職場で経理の米沢さんに詰められた。
「前も言ったと思うけどさあ」「なんで分からないんだろうね」「学習能力がないんじゃないの」
などなど、米沢さんは性格と言葉が異様にきつい。
私の米沢語録は毎日のように更新されていく。
帰宅途中はその語録が頭の中で嫌でも繰り返されるため、自然と足取りは重く、背中は丸くなってしまう。
自分でも仕事がうまくできたと思える日でも、米沢さんに何か一言言われるだけで、その日はブルーになってしまう。
死ね!米沢!
私は心の中で叫びながら、道端の小石を思い切り蹴りあげる。
小石はころころと転がってゆき、そのまま側溝へと落ちていった。
なんでもないことだったが、なぜだかそのことが余計に気持ちを暗くさせた。
帰る途中で気分を変えようと本屋に寄った。
漫画、小説、新書、自己啓発と本棚を巡り、最後にビジネスの棚へとやってきた。
「職場での人間関係に悩んでいる人へ」
自然と、そんなタイトルの本に手が伸びる。
しかしそこには、「他人を変えるより自分を変えなさい」といったことがつらつらと長文で並べられているだけであった。
なんであの米沢のために私が変わらなければならないのだ。
そんな労力を割く気は一切ない。
今だって、あいつのために相当、嫌な気持ちにさせられているのだ。
そんな思いがこみあげてきて、私は手に持っていた本を閉じ、そのまま本屋をあとにした。
コンビニに寄り、スイーツコーナーへと向かう。
五月も下旬となり、そこには目にも鮮やかな、いかにもおいしそうな色とりどりのパッケージに包まれたお菓子が並んでいる。
それだけで気分は上がる。
私は「若鮎(求肥)」という和菓子を選んで、ついでに軽いお酒も一緒にレジへと向かった。
ここのコンビニの店員さんは、みんないつも笑顔で気持ちよく対応してくれるから好きだ。
家までの帰り道、大好きなものを数えてみる。
家族との電話、恋人とのデート、道端に咲く花、仕事帰りに買うコンビニのスイーツ、月に一度のヘアサロン、半身浴、映画鑑賞、満点の星空――。
見上げると、夜空にまんまるに太った月がぽっかりと浮かんでいた。
私はおおきくため息をつく。
とりあえず、米沢さんに何も言われなくなるまで、今の職でもうちょっと頑張るか。
仕事は好きなのだし。
そうひとりごち、きらきらするスイーツと酒の入ったビニール袋を楽しみに、私は鍵穴に家の鍵を差し込んでまわした。




