116 / お粥
何年かぶりに風邪をひいた。
最初は気のせいだと思った。
職場で、なんとなく体があったかいなと思ったのが始まりだった。
そのうち異常に暑くなってきて、隣のデスクの宮下さんに「なんか、今日、暑くないっすか」と聞いたほどだ。
会社から出るころには、もう頭ががんがん痛くなってきていて、眼球の奥がじんじんと脈打ち、体中の節々が痛みを感じるようになっていた。
ほうほうの体で家に辿り着いたが、俺を出迎えた妻の美咲はすぐさま俺の異常を検知し、「とにかく服、着替えて。ベッドで横になってて」とまくしたてた。
その声がいつもより甲高く聞こえ、俺は眉をしかめた。
パジャマに着替えたくとも、こう節々がいたく頭がぼんやりしていては、着替えられるものも着替えられない。
いっそスーツのまま眠ってしまおうかとも思ったが、リビングから出迎えにやってきてくれた娘の結衣が、「パパ、汗臭い」と言ったので、おとなしくパジャマに着替えることにした。
しばらく二階のベッドで横になっていると、美咲がお粥をもって現れた。
ベッド脇のテーブルにそれを置くと、美咲は俺の額に手をあて、「熱、高いわね。食べれたら食べてね」と言って、早々に寝室を出て行った。
またしばらくすると、今度は結衣が現れて、「パパ、風邪?大丈夫?」とにやにやしながら額に手をあてて去っていった。
ぼう、とする頭を、冷えピタで冷やしながら、俺は静かに目をつむる。
静かだ。
いや、よく耳をこらすと、1階で、ダンが吠えているのが聞こえてくる。
もっとよく耳をこらすと、小さくではあるが、テレビの音も聞こえてくる。
二人の笑い声も少し。
俺はふうっと大きく息を吐く。
その息は熱をもって、体の内にたまった澱を外に出してしまうようである。
小一時間ほど眠ったろうか、俺はうっすらと目を開けた。
まだ眼球がじんと痛む。
まったく症状が改善されていないのを確認し、腹が減ったのでとりあえずお粥を食べようと起き上がろうとしたが、体中が痛くて重くて仕方がない。
まるで全身、筋肉痛になってしまったかのようだ。
テーブルの上の冷めたお粥をみつめる。
乾いた表面から、もう湯気は立ち上ってはいない。
であれば、きっと喉にするりと入ってゆくだろう。
あと少しだけ。
動け、俺の身体。




