81_商会長からの餞別
「おぉ、ルナ嬢、ビョルン君! こんなところにいたのかね!」
人混みに流されかけていた私たちを見つけてくれたのは、バジルさんだった。
「バジルさん。あの、昨日は本当にすみません。お屋敷のこと、そのぅ……」
昨日のハルの暴走で、あんなにも綺麗だった舞踏会会場は跡形もなく破壊されてしまった。それにも関わらず、バジルさんは朗らかに笑って私の肩を叩いた。
「そう暗い顔をしないでおくれ、ルナ嬢! 君たちのおかげで我が商会は重税から解放されたんだ、感謝してもしきれないよ。それに、素敵なショーも見れたのだからね!」
あの暴走事件を『素敵なショー』と言えてしまう豪胆さこそ、商会長たる所以なのかもしれない。その力強さは是非とも見習いたい。
「そういえばアニタから聞いたのだが。君たち、ポルタ・サレに発つそうだね?」
「はい。セレスティウムに用事ができまして」
「セレスティウム! そんなに遠くまで行くのかい。寂しくなるよ」
バジルさんはなんとも寂しげに眉を下げた。まるで大型犬が客人を見送るときのような顔で、少し罪悪感すら湧いてしまう。
「そうだ、ルナ嬢。これを持っていなさい」
思い出したようにそう言って、バジルさんは懐から一本の万年筆を取り出した。
「これは? 万年筆、ですか?」
「私が長年愛用している魔道具、魔導ペンだ。魔石のおかげでインク切れもない。書き心地は保証しよう」
「魔法道具! そんな高級なもの、本当にいただいていいんですか?」
「商人たるもの、ペンは欠かせない商売道具だろう?これは私がまだ駆け出しの頃に背伸びして買った物なのだがね、未だよく働いてくれているよ」
バジルさんは昔を懐かしむように目を細めて、そして私に向かって笑いかけてくれた。
「そんな大切なものを……ありがとうございます、バジルさん」
私はバジルさんに対して深々と頭を下げた。そんな私に対してバジルさんはいたずらっ子のようなウインクをしてみせた。
「それにね、ルナ嬢。このペンは私のとっておきなんだ。
「とっておき?」
「実はこのペン……」
カチッとボタンを押し込む。すると。
「光るんだ」
「えっすご」
ペカーッと眩く光り輝くペンを少年のような顔で見せるバジルさんと、魔法道具の性能に素直に反応してしまう私。
「いや、ペンが光る必要はないと思うんだが……?」
ビョルンさんは困惑しながらチビチビとエールを啜っていた。
「ビョルンさんてば、夢がありませんねぇ」
「そうだよ、ビョルン君。時には機能性よりも遊び心が大切なものなのさ」
「……バカバカしい」
「ちょおっと、ビョルンさん! 恩人に対してなんて口の利き方を!」
焦る私をよそに、バジルさんはたいそうご機嫌に笑い声をあげた。
「はっはっは! やはり君はルナ嬢といると楽しそうだね、ビョルン君。この調子で次の街でも頑張ってくれたまえよ」
「……善処は、する」
バシバシとビョルンさんの肩を叩いて、バジルさんは片手に残っていたエールを一気に煽った。そして彼はまたしても朗らかに笑いながら、バーバラさんの方へと戻って行ったのだった。
私はバジルさんから頂いた万年筆を胸ポケットにしまい、背筋を伸ばして彼の背中を見送った。
「ビョルンさんて、バジルさんには頭が上がらないんですね」
「あの男はこの国中でも指折りの商人だ。お前ほど気安く話しかけることも難しいおとこなんだぞ」
「え、そうなんですか。いや、たしかにすごい人だということは分かっているつもりですけど」
ビョルンさんは呆れたように肩をすくめる。
「その肝の太さだけは褒めてやる」
「全く褒めてないでしょ、それ!」




