79_次なる目的地
「で、だ。さっき魔術都市セレスティウムまで一ヶ月かかると言ったが、あんたたちは『行商人』。ただ行くだけじゃなくて、しっかり稼いできな!」
「は、はいっ!」
アニタさんが、机の上に開いた地図の上を指でなぞる。しっかりと通る声で下された司令に、私とビョルンさんは思わず姿勢を正した。
「セレスティウムへ行くには、まずここから西にある漁業都市『ポルタ・サレ』を通る。そこにはウチの支部より景気のいい商人ギルドがあるんだ。まずはそこを目指しな」
「漁業都市ですか。お魚、美味しかったりします?」
「もちろんさ。クラーケンとかの美味いモンスターもいるし、釣人ギルドなんかもあるから良い店が多いんだ。塩の産地でもあるから、塩焼きがうまいよ」
「わぁ! いいなぁ!」
「たくさん食べておいで」
アニタさんはワシワシと私の頭を撫でてくれた。そしてまた商人の顔に戻る。
「だが、この街の旨みは食べるだけじゃないよ。そこでしか手に入らない海産物や素材を仕入れて、内陸の魔術都市で売る。それができなきゃ商人失格さ。そのギルドで情報を集めれば、魔術師塔の内部事情に詳しい奴も一人や二人見つかるだろうさ」
このルーンデールの街を離れるのは名残惜しいけれど、前に進まないと意味がない。それに新しい場所を訪れるのはワクワクする。まるで旅行気分だ。
「楽しみですね、ビョルンさん」
「途中で音を上げるなよ」
「う、それは……」
ちょっと自信ないかも。
「一ヶ月以上も徒歩で移動するなんて、初めてなんですもん。道も険しいって言うし」
つい弱音を吐くと、ギッと睨みつけられた。まるで『俺を誰だと思っている』みたいな、プライドが鼻につく感じの偉そうな態度で仁王立ちをしている。
「俺は長らく放浪の身だった。野営もルートの選定も慣れている」
「さすが行商人ですね」
赤字まみれだったけど。
「お前が生まれる前から、この大陸の半分は歩いている。舐めるな」
圧を感じて、反射的に頷いた。心配せずについてこいということなのだろう。
「信じてますからね、ビョルンさん」
不器用な魔術師と、異世界から来た新米行商人。
これまではこの『街での商売だったけれど、ここからは本当の意味での旅が始まるのだ。
外の世界に出るのは緊張するけれど、期待感も大きい。どんな世界が広がっているのか、この目で見てみたい。そして私とビョルンさんのビジネスがどこまで通用するのか、きっと簡単なことじゃないけど、試してみたい。
ソワソワする私に、アニタさんは母親のような顔で頭を撫でてくれた。
「張り切るのはいいけどね。その前に今日は祝いの宴だよ。もちろんエリザベス様も見て行くだろう?」
話を振られると思っていなかったのか、エリザベスさんは少し目を丸め、そしてとても嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「それも悪くありませんわね。お邪魔しようかしら」
「エリザベス様、お戯れもほどほどになさった方がよろしいかと」
「あら、つまらないわね、クレイモア。わたくしが仲間と勝利を分かち合ってはならないと言うの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あなただって、お酒を浴びるほど飲んでもよろしくてよ。せっかくの宴席なんですもの。たまには肩の荷を下ろしなさいな。眉間のシワが取れなくなりますわよ?」
「エリザベス様っ……! お戯れが過ぎますっ」
顔を赤くして慌てるクレイモアさんに、意地悪な笑みを見せる。その二人の姿はとても微笑ましく、クレイモアさんは初めて見た時の氷のような表情と同一人物には思えないほどだ。
「では決まりですわね。わたくしも宴の準備をいたしますわ」
「なんと!」
エリザベスさんの言葉に驚くロッドさん。ビョルンさんも目を見開いてエリザベスさんを見る。
「こう見てえも体力はありますの。修道院暮らしは体力勝負でしたから」
「あっははは! エリザベス様、あんたは良い管理者様だ。あたしは好きだよ」
アニタさんは大笑いして、エリザベスさんの肩をバシバシと叩いた。エリザベスさんは微笑みながらそれを受けている。その笑顔は年相応の、純粋な笑顔に見えた。
「私達も準備を手伝いましょう。ね、ビョルンさん」
「……」
眉間にシワがよる。何も言わなくても嫌がっていることはわかった。しかし、そんなワガママは許さない。
「ほら、行きますよ。大仕事の後の打ち上げ、私たちが行かなくて誰が行くんですかっ!」
面倒くさそうに腕を組んで嫌がるビョルンさんを、引き摺り出すように部屋を後にした。




