78_仕事にもご褒美がないとやってらんない
「エリザベスさんは、これからどうなさるんですか?」
「わたくしはこの度無罪が証明されましたので、公爵家への復帰が許されましたわ。……ですが」
エリザベスさんは、いたずらっぽく微笑んだ。
「わたくしはこの地に留まり、管理せよとの勅命が今朝下りましたの。今後は国の直轄領となったこの街の『管理人』として、腕を振るわせていただきますわ」
「そうなんですか!?」
「えぇ、大変名残惜しいですが、あの教会での生活とはおさらばですわね」
エリザベスさんが肩に落ちた巻き毛を払いながら爽やかに言い放つ。ちっとも『名残惜しい』と感じさせる素振りがなくて、見ていて非常に清々しい。
「そりゃいい。あんたがまたここらを仕切ってくれるってんなら、ギルドもやりやすくなる」
「我々としても、大変ありがたいことですな」
「ちゃんと儲けさせてくれそうだしね」
アニタさんとロッドさんも満足げに頷いた。商人ギルドはこれで安泰だろう。
「さぁ、本題はここからですわ。クレイモア」
「こちらがハルの私室からの押収物です」
エリザベスさんから指示を受けたクレイモアさんがテーブルに広げた数々の書類。その中の一枚に、私は釘付けになった。
「これは……!」
それは、この世界の文字とは全く異なる言語。私が二十五年間見慣れてきた、日本語で書かれた手紙だった。
「やはり、あなたは読めますのね」
「私の世界の言葉です。宛名が『遠藤春様』となっているので、ハル宛に届いたものだと思います」
遠藤春。それがハルの本名だったのか。彼女が同じ日本の人間であることがこれではっきりと証明された。
「読み上げますね」
私は震える指で、その生々しい内容を読み上げた。
『親愛なる友人、遠藤様。支払いの減額を迫られましたが、新たなスキル解放の儀式には膨大な予算が必要となります。ご理解ください。私は遠藤様の、より快適な異世界生活を支援すべく努めてまいります』
「支払い?」
「ハルが領主邸の金庫から金貨を流出させていたことは、調査済みです。しかし一体どこに流したかまでは、未だ不明なのです」
クレイモアさんが淡々と続ける。
「スキル解放の儀式って、そんなことが出来るんですか?」
ビョルンさんを見上げたけれど、彼は静かに首を横に振った。やはり眉唾な儀式なのだろうか。
「それにこの文章……」
この世界の方が『異世界』とでも言うような文体。そう、まるで私のような日本から召喚された人間の口ぶりのような文体がどうにもひっかかる。
「同じ文体のものがもう一通あります。こちらも翻訳をお願いできますか」
困惑する私に、クレイモアさんはもう一通、封蝋の新しい手紙を差し出した。
『儀式の手筈が整いました。我が研究所にお越しください。魔術師塔職員一同、心よりお待ちしております』
「魔術師塔! ……って、なんですか」
私の問いかけに、その場の全員が『やれやれ』という顔をした。
「そんなことも知らんのか」
「すみませんね、世間知らずで」
むくれる私を他所に、エリザベスさんが説明をしてくれる。
「伯爵夫妻はこの視察の帰路で、『魔術都市・セレスティウム』を訪れる予定でした。魔術師塔もその訪問先に含まれています」
エリザベスさんの言葉に、ビョルンさんが眉をひそめる。
「セレスティウムか」
「行ったことがありますか?」
「あぁ。魔術のことしか頭にない、偏屈で陰鬱な連中の巣窟だ」
偏屈家の筆頭であるビョルンさんが『偏屈』と称するほどなのなら、よほど手強いのだろう。
忌々しそうに吐き捨てたビョルンさんの態度を見るに、その魔術都市はあまり良い場所ではないのかもしれない。だけど、これは今回の一件で掴んだ最大のチャンスなのだから、手段を選んではいられない。
「今度は『行くな』なんて言いませんよね?」
「分かっている。王都よりはマシだ」
少し揶揄うと、ビョルンさんは眉のシワをさらに深めて面倒臭そうな顔をした。だけど諦めたような、『付き合ってやらんでもない』みたいな雰囲気を醸しているので、付いてきてくれるのは本当だろう。
「どうやら、次の目的地が決まったようですわね」
エリザベスさんの言葉に、私は深く頷いた。ハルから金を巻き上げていた黒幕。そこに、私が帰るための本当のヒントがあるはずだ。
「あなたの目的に近づいたことは朗報ですわね。しかしここで一つ問題がありますわ」
エリザベスさんは、壁に掛けられた大陸地図の一角を指差した。
「ルーンデールから魔術都市までは、険しい山越えを含めて馬車を飛ばしても、片道で一ヶ月近くはかかりますわ。当然、徒歩ならそれ以上かかるでしょう。かなりの長旅になりますわよ?」
「ヒェ……」
私は思わず絶句した。徒歩での長距離移動、しかも一ヶ月以上なんて現代人の想像の範疇を越えている。
「しかも魔術師塔の職員は千人を超える。この手紙の送り主を虱潰しに探すのは無謀だぞ」
ビョルンさんの冷ややかな指摘が突き刺さる。
「ぐぅう……たしかに……」
一歩前進しても、また霧に包まれてしまうのが悔しい。せっかく手がかりを掴んだのに、またしても躓いてしまうのか。
「まぁまぁ、そう気を落とすんじゃないよ。ルナ」
ガックリと肩を落としていた私に対してアニタさんがニヤリと笑い、テーブルの上にずっしりと重い、大小の革の袋を二つ置いた。中から硬貨特有のガチャンと重厚な音が響く。
「これは今回の報酬、それからエリザベス様からの特別手当だ。これまでのあんたたちの働きに見合う額だよ」
アニタさんはそのうちの大きい方の袋を手に取り、自分の近くに引き寄せた。
「で、こっちは借金の返済分。安心しな、これでビョルンの負債額は千枚減ったよ」
私はあんぐりと口を開け、ビョルンさんは素っ気なく返す。
「そうか」
「そうか、じゃありませんよ!大きな進歩ですよ!」
少しでもいいから返済できればいいと思っていた。一万枚のうちの千枚。たかが十分の一、されど十分の一! マイナスだった収益が大きな数字となって返ってきた!
あんなに途方もないと思っていた借金が、少しずつ、けれど確実に減っているのだ。
アニタさんは小さい方の袋を私に渡しながら言う。
「で、こっちは商人ギルドからの特別ボーナス。今回の一件はあんたたちが掴んだラッキーだ。本当はもう少し色をつけてやりたかったが……なんせこっちの被害が甚大でね。バジルの屋敷には穴が開くし、倉庫は燃えるし」
「ああっ!」
そこでようやく、ハルの刺客に燃やされてしまった作業場の倉庫のことを思い出した。
「アニタさん、すみませんでした。商人ギルドの大切な場所なのに、燃やしてしまって……」
「ハルがやらかしたことだろ。ただまぁ、ビョルンが長いこと使ってた場所なのに、完全に直してやれなくて悪いね」
「問題ない。物には執着しない性質だ」
「それもそうか。でも、損害はあるだろ?」
ビョルンさんはバツが悪そうに耳を下げる。確かに作りかけのポーションや機材も燃えてしまった。一から買い直すとなると、かなりの手間と費用がかかるだろう。
「てことで金貨二百枚、受け取りな」
「に、二百枚!」
「燃えたモンを買い直すのにも使えるはずだ。それに次のための仕入もあるだろう。無駄使いせず、大事に使うこと。いいね?」
「はい!」
特別ボーナスの金額に跳ねて喜ぶ私とは対照的にビョルンさんは静かに腕を組んだままだった。まぁ、エルフにとって大金を稼ぐことはあまり気持ちの良いものではないのかもしれない。それならば、私にとっておきの秘策がある。
「そんな顔しないでください、ビョルンさん。借金を少しでも返せたんですから、お祝いしませんとね」
「不要だ」
「必要です。こういう口実がないと、美味しいお肉を食べる機会なんてありませんよ?」
『肉』という単語を聞いた瞬間、エルフの尖った耳がヒョコンと跳ねる。
それでいいのか? 気高い長命種がそんな食欲に素直でいいのか?
流石に素直すぎて心配になるけれど、今はその素直さを利用させてもらおう。
「こういう時こそ、あのストーンホーン(牛)とか買えるチャンスですよ。アンバーボア(豚)でもクックホッパー(鶏)でも、お好きなお肉を買ってあげますよ」
「どんな肉でも?」
「えぇ! どんなお肉でも!」
「二言はないからな」
フン、と鼻を鳴らして腕を組むビョルンさんに、私はガッツポーズをしてみせた。
やった、勝った!
これでビョルンさんの中にある、お金を稼ぐことへの負のイメージを払拭出来たらいいのだけれど。
アニタさんとロッドさんは、わたしたちのやり取りを見て少し驚いた顔をしていたが、二人は顔を見合わせて朗らかに笑っていた。二人とも、ビョルンさんの変化を喜んでくれているのだろう。




