77_大仕事の後始末
アニタさんの執務室に、私とビョルンさん、そしてエリザベスさんにクレイモアさん、アニタさんとロッドさんの六人が集った。前回とは異なり、差し込む朝日は明るく、空気は穏やかで落ち着いている。
「まずはこの度の一件、皆様のご協力に感謝いたしますわ」
エリザベスさんの凛とした声に、アニタさんが身を乗り出した。クレイモアさんが代わりに答えてくれる。
「で、ルーンデール伯爵とハルはどうなったんだい? 地下牢送り?」
「二人とも伯爵邸の地下牢に繋いでいますが、いずれ王城から出頭命令が下るでしょう。不正の証拠が揃っている以上、伯爵は爵位と領地を返上することになります」
「ハルは……」
私が尋ねると、エリザベスさんは少しだけ目を伏せた。
「税の不正申告は領主の罪となりますが、彼女も共犯として罪を問われるでしょう。その上、昨日の暴走騒ぎですもの。相応な罪を負うことになるでしょうね」
「それは、重い罪なんですか?」
「最悪の場合、絞首刑ですわ」
異世界怖い。すぐ死刑にしようとしてくる。ゾッと背筋が冷えて身震いした。
「……ルナ」
低くぶっきらぼうで、優しい声がすぐ近くで聞こえた。ビョルンさんが少し距離を詰めて、私の様子を伺っていた。心做しか彼の表情も固い。
そんな私たちの様子を見て、エリザベスは安心させるように優しく言ってくれる。
「ハルは修道院送りとなるよう、国には進言しておきましたの。彼女にとっては屈辱でしょうけれど、安全性は保証しますわ」
「え? でも、その……エリザベスさんは、それでいいんですか?」
私の問いかけに、エリザベスさんは静かに目を伏せる。
「ハルもルパート・ルーンデール伯爵に人生を狂わされた女のひとりですもの。そして彼を止められなかったのは、当時の妻の罪でもあります」
「それは違います。エリザベス様は旦那様を常にお支えしておりました」
「いいのよ、クレイモア」
クレイモアさんは苛立ったように眉を寄せたが、エリザベスさんは安心させるように笑みを見せた。しかしその笑顔は、どこか寂しげだ。
「わたくしたち夫婦には恋慕の情などありませんでしたもの。男として、女として。そんな性別的な役割ではなく、この領地を営む同業者としてしか彼を見ていなかったのです」
「だからといって、貴女という最良の妻を持ちながら異世界人召喚の儀に手を染めるなど……!」
クレイモアさんの声は、怒りに震えていた。
「きっと、寂しかったのでしょうね。異世界人召喚の儀に応えるには、とても強い思いが必要だと聞いたことがありますもの」
そういえば、そんなことを書庫の本で読んだような。
エリザベスさんは私の方を向いてウィンクした。きっとあの時、私が調べていたことを覚えてくれていたんだ。
「ハルの罪は消えませんが、生きている限り償うことはできますわ。わたくしはそれを見守るつもりです」
「そう、ですよね」
私を殺そうとした相手だけれど、同じ世界から来た人が修道院にずっと閉じ込められると思うと寒気がした。でもきっと、それはこの世界の中でも『温情措置』なのだろう。
「ルナ。このエリザベスの名誉にかけて、彼女のことは責任をもって安全を保証しますわ。それがあなたに対しての誠意でもありますもの」
エリザベスさんは私に優しく微笑んでくれた。エリザベスさんだって、ハルに苦しめられた被害者のひとりなのにこんなにも慈悲を見せるなんて。ハルとの器の大きさの違いを改めて思い知った。
そんな様子を、アニタさんとロッドさんは驚いたように見ていた。アニタさんは口元には笑みを乗せながら、エリザベスさんに向き直る。
「あんたがそんな慈悲をかけるとはね。意外なこともあるもんだ」
「あら。血も涙もない圧政者だと思われていたようですわね」
「まさか。あんたは金を無駄使いしない、貴族にしちゃあケチなお嬢さんさ」
「まぁ! ふふふ、ケチだなんて初めて言われましたわ」
アニタさんとエリザベスさんの間には以前のようなピリピリした緊張感はなく、和かな二人の空気に安心した。
「ビョルンさん? どうかしましたか?」
ビョルンさんは身体を強ばらせて、どこか遠くを見ている。なにか考え事をしているのだろうか。
「ビョルンさんってば」
「お前は、知っていたのか」
「え?」
「異世界人召喚の儀には、『誰かの強い思いが呼応する』と」
ビョルンさんの質問の意図がわからなくて、首を傾げる。どうして今、そんなことを聞くのだろう。
「はい。前に、教会の書庫で読んだ本にそう書いてあったんです」
「……そうか」
ビョルンさんはそう言って、腕を組んだ。そして考え事を振り払うように頭を振って、私に向き直る。
「問題ない。話を続けろ」
全く問題が解決された気がしないけれど、今は振れない方がいいんだろう。私は静かに頷いて、またエリザベスさんに向き直った。




