76_ルーンデール・ブレックファスト
「さてさて、今日のメニューは……」
メインは燻製のスモーキーな香りが特徴的なアンバーボアのベーコンと、ハーブソーセージ。その横には目玉焼き、トマトとマッシュルームのオリーブオイル炒め、レッドビーンズのスパイス煮込み。さながら元の世界のイングリッシュブレックファーストのようなラインナップに、自然と唾液が溢れた。
「いただきます!」
欲望のままに、親指ほどの太さのソーセージにかぶりつく。
「んんーっ! おいしいっ! このソーセージ、パリッと皮が弾ける! しかもスパイスの香りが鼻に抜けて……最高にエールが欲しくなりますね!」
「まだ朝だろうが」
「ソーセージがこれなら、ベーコンも期待できます」
「話を聞け」
フォークで刺した極厚ベーコンからは、じゅわりと透明な脂が滴り、こんがり焼けた黒パンのトーストがそれを完璧に受け止めている。大きな口で頬張ると、油を吸ったトーストからじゅわりと肉の油が溢れ、香ばしく肉厚なベーコンの食感が堪らない。
朝から食べるには少々ボリューミーだが、昨日エネルギーを大量消費した身体は貪欲に食べ物を欲していた。
「胃袋にアンバーボアでも飼っているのか」
私の食べっぷりを向かいの席から見ていたビョルンさんの遠回しな『大食い』発言に、ムッとして反論する。
「失礼な。美味しいものをたくさん食べて活力をつけないと、いい仕事はできませんよ。ビョルンさんも、その太陽の実食べないなら貰いますよ? さっきからずっと転がしてばっかりじゃないですか」
「咀嚼しながら喋るな。行儀が悪い」
ビョルンさんは、昨夜の微かな感傷など微塵も見せず、相変わらず仏頂面でナイフを動かしている。けれど、私が強引に彼の皿から焼きトマトを奪おうとしても、軽く舌打ちをするだけで避ける様子はない。
この人、肉が大好きで野菜はちょっと苦手なのかも。
「この目玉焼き、なんだかいつもの卵よりも色が濃いですね?」
「デミ・コカトリスの卵を使用しているからな」
「デミ・コカトリス?」
コカトリスっていうと、あれか。蛇と鶏が合わさったモンスター。
え、魔物の卵ってこと? マジで? 見た目はそのまんま鶏の卵なのに。
鑑定グラスをのぞき込むと、こう表示される。
『デミ・コカトリスの目玉焼き : 体力向上効果、疲労回復効果』
なるほど、良質なタンパク源と。
いや、でもコカトリスでしょ?
デミってことは半分のサイズってこと?
とはいえ鶏と蛇がくっついてるモンスターの姿を想像して、思わずフォークを持つ手が止まった。先程まで漲っていた食欲がみるみるうちにしぼんでいくのがわかる。
「クックホッパーの卵から稀に生まれる上位種だ。コカトリスには劣るが、品質は保証されている」
「高級品ってこと?」
「それなりに。ギルド直営の農園から仕入れているお陰で我々は口にすることが出来るが、一般流通は限られている」
「なるほど。じゃあ商品に使うのは難しそうですね」
「なんでも商売に繋げるその根性だけは評価してやる」
「それ以外も評価してくださいよ」
とにもかくにもこのデミ・コカトリスの卵とは、日本で言う少し高級な卵ってことかな? それは期待しちゃうな。ワクワクと皿の端にある目玉焼きにナイフを入れた。
が、手応えはカツンと固い。黄身は中まで完全に熱が通り、鮮やかな黄色というよりは、白っぽく粉を吹いたような質感だ。
「……やっぱり、カチカチ系かぁ」
海外の目玉焼きって硬いって言うもんなぁ。求めていたトロッと卵ではなかった。非常に残念。
文句を垂れながらも、ベーコンの脂を吸った固い目玉焼きを口に運ぶ。火が通り過ぎているのに濃厚なコクがあり、クリーミーさすら感じるその卵は、火が通り過ぎていても美味しかった。
あぁ、半熟ならどれほど美味しかったことか!
「半熟卵はとろっとした黄身がソース代わりになって、パンに絡むのが最高なのに! 全然わかってないんだから……」
「何を不満そうにしている。これ以上ないほど完璧な火の通りだ。料理人の腕が良い証拠だろう」
向かいでマッシュルームを突いていたビョルンさんが、冷淡に口を挟む。私はフォークを止めて、恨めしげに彼を見た。
「私の国では、目玉焼きはトロッと半熟が至高とされていたんです。生食だってしてたんですから」
しかし返事は返ってこない。ビョルンさんは目を見開いたまま固まってしまったからだ。
「どうかしました?」
「な……生卵……だと?」
「そんなに驚きますかね」
「そんな野蛮なものを喉に通すなど、文明人のすることではない」
ビョルンさんは心底嫌悪感に満ちた表情で、口直しとばかりに冷めたお茶を煽った。どうやら彼にとって、生卵は食べ物ですらないらしい。
「虫をカロリーバーにして食べちゃう人にだけは、野蛮なんて言われたくないです」
「あれは高純度の魔力の塊だ。栄養学的な価値も、味も保証されている」
「食事は確かに魔力供給の最も効率的な方法ですけど、そればっかり考えてたら楽しくなくなっちゃいますよ」
私の言葉に、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らす。
「食事に娯楽は不要だ」
「エルフの矜恃?」
「俺の持論だ」
「ふぅん」
たしかに気高いエルフは欲に溺れることを是としないイメージはある。だけどこれまでカレーを秒速で平らげたり、ホットドッグを三口で完食してしまったこの食いしん坊エルフはきっと美食家のポテンシャルがある。
そういう人にたらふく美味しいものを食べさせることほど、楽しいものはない。
ひひひ……とまたしても魔女のように引き笑いする私を、気味悪いものでも見るように身体を引くビョルンさん。
「なんだ」
「これからあなたに、食の楽しみを教えるのが楽しみになってきました」
「食材の無駄遣いはするな」
「もちろん。効率重視です」
次はどんな料理でこの偏屈家を唸らせてやろうか。考えるのが楽しみだ。
ご機嫌なまま私は大きな一口で、目玉焼きを口いっぱいに頬張った。
「ふふ、仲がよろしいのね」
凛とした声が食堂に響いた。この声の主を、私は知っている。
私は慌てて口の中の目玉焼きを飲み込み、ビョルンさんは即座にフォークを置いて視線を向ける。周囲の人々は一斉に食事の手を止めて、一瞬全ての音が消えた。その直後、驚いたように口々に彼女の名前を呼んだ。
「エリザベス様……!?」
そこには、豪華な刺繍を施したドレスに身を包んだ、エリザベスさんが立っていた。傍らにはこの度の騒動を共に乗り切ったクレイモアさんが寄り添っている。この二人が並ぶと、それはもう上流貴族らしさが溢れていて、一般庶民は自然と頭を垂れてしまう。
私はすぐに立ち上がって、エリザベスさんの元に駆け寄った。
「もうお体は大丈夫なんですか?」
「あなたのおかげで、昨夜はここ数年で一番深く眠れましたわ」
エリザベスさんはにこりと微笑み、懐から取り出した扇で口元を隠す。その瞳は真剣な光を放っていて、私も思わず姿勢を正した。彼女がわざわざギルドに顔を出したということは、他では話せない事象が起こったということだ。襟を正して彼女の次の言葉を待つ。
「あなたとお話したいの。お時間よろしいかしら?」
「はい、もちろんです」




