57_虎穴に入らずんば虎子を得ず
第56話です。
今回は玄関ホールを抜けた先、いよいよ領主夫妻とご対面…の前に、出迎えるのは大勢の観客。華々しい舞踏会にようこそ、の回です。
私はできる限り背筋を伸ばして煌びやかな玄関ホールを抜けると、その先はダンスホール、つまり本日の決戦場となる舞踏会会場だった。
「う、わぁ……!すごい……!」
鏡のように磨かれたタイル状の白い大理石の床、壁際には大きな花瓶に溢れんばかりに飾られた生花、宝石が光る彫刻、ダンスホールに相応しい楽しげに笑い踊る群衆を描いた数々の絵画。
特に目を引くのは玄関ホールのものが可愛く思えるほど大きなシャンデリアと、ボルドーのカーペットが敷かれ金の手すりが添えられた中央階段、そして中央階段の上に飾られた人間よりも遥かに大きな領主夫妻の肖像画だった。
この肖像画だけは悪趣味に思えるけれど、バジルさんのではなく自己顕示欲の高い領主夫妻のセンスであることは一目瞭然だ。
「こんなにたくさんの人がいるなんて」
その会場を埋め尽くすのは、色とりどりのドレスを纏った貴族や、羽振りや毛皮の質を誇示する商人たちの群衆。
「舞台には相応の観客が必要だ」
「それはそうですけど。大丈夫ですか?」
ビョルンさんは人混みが苦手なはず。その長い耳はきっとたくさんの音を拾って、騒々しいだろう。
「これも仕事のうちだ」
ビョルンさんは堂々と言い放ち、顎をしゃくった。お前も姿勢を正せ、ということだろう。
「無理して倒れないでくださいよ」
「それはこちらのセリフだ」
ビョルンさんの意地悪な言葉にコルセットが締まった。気がした。
人々が手に持つ最高級のガラスで作られたシャンパングラスの中では、黄金色の酒が揺れている。その場の空気を満たしているのは、数々の香水と葉巻の紫煙、運び込まれる珍味の芳しい匂い。バルコニーで奏でられる楽団の優雅な旋律が、会場の熱気を一層煽り立てている。
「いたぞ、領主夫妻だ」
そして本日のメインディッシュは、ホール中央で軽やかに舞っていた。そう、領主である伯爵とその正妻ハルだ。
伯爵とハルの衣装は金と銀の色に縁取られた最高品質のシルク、そして彼らが舞うたびに衣装に縫い付けられた細やかな宝石が揺れ、星々の煌めきのように乱反射を繰り返す。そして極め付けはハルのドレスの金糸の刺繍と、職人の技巧が凝らされた白いレースだ。
軽やかな音楽に合わせて楽しげに舞う伯爵夫妻をうっとりと眺めて取り囲むのは、ハルに魅了されたであろう貴族や資産家、そして商人たち。彼らもまは伯爵夫妻には劣るものの、豪奢な衣装を見に纏い、派手な貴金属をシャンデリアの光の下に晒していた。
「……悪趣味だ」
「聞こえちゃいますよ」
そういいながらも、否定はしなかった。私もビョルンさんの言葉の通り、領主夫妻の装いを「美しい」とは感じなかった。あまりに過剰で、あまりに重厚なその輝きは、この街の人々から搾り取られた税や涙が形を変えたもののように見えて、背筋が寒くなるような暴力的な美しさを放っていたのだから。
「でも、今からあれをぶっ潰すんです。気合い、入れないと」
アニタさんの悔しげに叩き付けられた拳、レイドさんたちの諦念の滲んだ顔、街行く人々の不安に満ちた表情、そして愛するものたちに裏切られ傷ついたエリザベスさんの横顔。それらを踏み躙って得た金貨が、今目の前で形を変えてキラキラと光っている。
「威勢が良いのは結構だが。足元を掬われるなよ」
ビョルンさんのこえにはやるせないという感情、許せないという怒りが滲んでいた。その切実さにつられるように、ビョルンさんの腕を握った手のひらに力がこもる。
「行くぞ」
「はい」
差し出されたビョルンさんの腕に、私はもう一度指を掛け直した。
コルセットの締め付けが、この豪華な空間の中で私に『現実』を思い出させてくれる。我々はただ招かれただけの客ではない。
理不尽な為政者に宣戦布告を叩きつける挑戦者なのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第58話『春の訪れダンスホール』更新は2月16日12時です




