↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/251

58_春の訪れダンスホール

 ダンスホールの中心は、まるでそこだけが別世界であるかのように光り輝いていた。


 ハルはルーンデール伯爵の腕に抱かれながら、軽やかにステップを踏む。彼女の白銀のドレスが翻(ひるがえ)るたび、縫(ぬ)い付けられた宝石が火花を散らすように光を弾いた。その美しさは見る者の視神経を麻痺させるほどに強烈(きょうれつ)だった。


「なんという美しさだ……まるで女神が地上に舞い降りたようだな」


「春の訪れを感じさせるような穏やかさだな。このルーンデールが平和な証だ」 


「ちがいない、ちがいない」


 ホールの端で、初老の貴族たちがうっとりとため息をついた。しかし二人瞳は黒く濁り、焦点が合っていない。その狂気じみた表情に足がすくんだ。


 音楽が一段落すると、割れるような拍手と堰を切ったようにハルへの賛辞の嵐が巻き起こった。


「ハル様! 今宵のドレスも実にお見事です」


「どうかこちらに微笑みかけてください!」


 貴族や資産家たちが我先にとハルの元へ擦り寄り、彼女の手の甲に口付けを落とそうと列を作る。ハルはそれを、さも当然のことのように受け入れ、慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべていた。


「あら、まぁ。皆さま、ありがとうございます」


 ハルが鈴を転がすような声で礼を述べる。その瞬間、周囲の男たちの顔が赤らみ、陶酔(とうすい)しきった表情で彼女を凝視した。それはもはや憧憬(しょうけい)ではなく信仰のように見える。


「ああ、ハル様……! 貴女が望むなら、どんな宝石でも捧げましょう!」


「伯爵様。これほどまでに美しく慈愛に満ちた伴侶を得られるとは、神のご加護以外の何物でもない!」


 ルーンデール伯爵はといえば、自慢のコレクションを披露(ひろう)する子供のような顔でハルの肩を抱き、満足げに周囲を見渡している。まるで隣にハルさえいればそれでいいと言わんばかりに彼女を愛おしげに見つめている。


 あの瞳が嘘偽りないのなら、どれほど良かっただろう。

 たかが魅了魔法で作られた偽物の愛に溺(おぼ)れて、ハルは本当に幸せなのだろうか?


 金と銀に着飾ったハルを眺めて、そんなことを思う。面白くも無い喜劇を無理矢理見せられているかのような、居心地の悪さと不快感を感じた。


「反吐(へど)が出る」


 私の腕を掴むビョルンさんの指先から、微かな振動が伝わってきた。見れば、彼の端正な顔立ちは氷のように冷え切り、ライムグリーンの瞳には怒りを超えた軽蔑(けいべつ)の光が宿っている。


「まるで家畜の群れでも見ているようだ」


 ビョルンさんの囁(ささや)きは鋭く、私の胸に刺さった。

 確かにそうだ。ここにあるのは、美しさに酔いしれる社交の場ではない。一人の女が振りまく精神の毒に侵され、自分たちが何を奪われているのかさえ忘れてしまった哀れな者たちの厩舎(きゅうしゃ)に思えた。


「この人達だって好きで魅了されているわけでもないでしょう。領主様だって魅了が解けたら、きっと……」


「残念だが。全て元通り、とはいくまい」


 ビョルンさんは顔を顰(しか)めて、吐き捨てるように言った。その声には微塵(みじん)も残念そうな感情を感じない。


「お前は以前の領主を知らんだろうが」


 その言葉から、きっと良くないことなのだろうと予想出来る。


「以前のルーンデールは栄えた都市だった。しかしその手腕は……」


 そこで言葉を区切って、私を見る。

 公には言えないけれど、『以前のルーンデールはエリザベスさんのおかげで栄(さか)えていた』ということを言いたいのだろう。  


「他の女に靡(なび)いた男に、再び嫁ぎたいと思う女がどこにいる?」


「……新しい地位を築き上げるしかないですよね」


 私たちの手で、エリザベスさんをこの地の統治者に押し上げる。このルーンデールを救う方法はそれしかない。


 我々の思惑など知らないルーンデール伯爵とハルは、偽りの信者に囲まれて幸せそうに笑っていた。

 その幸せが、もうすぐ私たちによって壊されるとも知らないまま。


「……もうすぐ、夏が来ますね。ビョルンさん」


「古い芽は摘んでしまうに限る。さもないと、せっかくの豊かな土壌(どじょう)が腐るからな」 


 ビョルンさんと目を合わせる。


「なんだか、物語の悪役にでもなった気分です」


「実際、我々の行いは正義ではなかろう」


 正義ではない、という言葉が重い。私たちが今からやろうとしていることは、人の人生を狂わせてしまう。その行動で救われる人もいれば、苦しみに叩き落とされる人がいる。知らないふりをしてきたはずの覚悟の揺らぎが見えてしまって、私は息を飲んだ。


「だが、それがどうした」 


「え?」


「我々は物語の登場人物ではない。今、ここに生きている」 


 端正(たんせい)な顔立ちを崩さないまま、ビョルンさんは言い放つ。しかしその堂々たる振る舞いに、私は確かに奮い立たされた。    


「……それに」


「それに?」 


 エルフの薄い唇が、悪戯っ子のように歪(ゆが)む。その邪悪(じゃあく)さも、なんだか微笑ましさすら感じてしまうのは欲目(よくめ)だろうか。


「過去の偉人はこう言った。『歴史を刻むのは、戦場(いくさば)に最後まで立っていた者だけだ』と」


「でも、負ければたたの反逆者ですよ?」


 私も負けじと意地悪な顔で返してみる。ビョルンさんは少し呆れたような、拗(す)ねた声を零した。 


「我々が、あの程度の小娘に引けを取るとでも?」


 その堂々とした姿に、私は肩の力を抜く。


「いいえ。私だって、あんな苦労知らずの小娘ごときに負けるつもりはありません」


 私の答えに満足したのか、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らした。前髪を上げているおかげでいつもより見晴らしのいいその端正(たんせい)な顔は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。