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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

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55_華美な戦場と挑戦者(チャレンジャー)

 バジル商会が財力を惜しみなく注いだ舞踏会は、なんとも豪華なものだった。


 バジル商会本拠地とされる大豪邸は広大な庭園に囲まれ、この舞踏会のためだけに飾り付けられた生花(せいか)が夕暮れ時のそよ風に揺れている。整えられた芝生は青々と茂り、中央の噴水からは惜しみなく濁りのない水が流れていた。


 玄関ホールに続く白亜(はくあ)の大理石の階段に足を掛ける。だが緊張のせいか、もしくはハイヒールのせいかわからないが、震えてしまって上手く足が踏み出せない。 


「……」


「……おい」


「なんですか」


 こっちは緊張とコルセットの締め付けのせいで吐きそうなんですってば。


「隙(すき)を作るな」


 ビョルンさんは呆れたようにため息をつき、わざとらしく左腕を曲げてみせる。恐らく『ここに掴まれ』ということなのだと判断して、遠慮なくガッチリホールドする。


 思い切り掴んだところでビョルンさんの腕は折れないだろうから、それはもう遠慮なく力を込めた。ビョルンさんは顔を顰(しか)めて、非難めいた声をあげる。


「おい」


「だって、こうしないと転んじゃいそうで」


「そんな無様(ぶざま)を許すものか」


 本当に心の底から呆れたような口調にムッとする。ビョルンさんもつられて眉間にしわが寄った。


「淑女(しゅくじょ)の顔ではないな」


「せいぜい私は一般市民ですよ」


 一段、また一段とゆっくりと階段をあがりながら、ビョルンさんに憎まれ口を叩く。


「そのドレスは金貨百枚、髪飾りは七十五枚だ。合計金額は金貨百七十五枚、参加者たちの平均以下の宝飾品だ」


「これでも平均以下なんですか!?」


「隙(すき)を見せれば食われる。資産に溺(おぼ)れた者共は貪欲(どんよく)だ」


 さすが私より何年も長く生きているだけあって、その言葉の重みは並大抵以上だ。


「その点、ここの商会長は違う。富の使い方を心得ている」


 とうとう階段を上り切ったところで、踏み出した屋敷の玄関ホールを見上げてビョルンさんは静かに言った。



 

 屋敷の広大な玄関ホールは、床から天井まで磨き抜かれた純白の大理石で覆われている。その上には、厚みのある深いボルドーの絨毯(じゅうたん)が、まるで紅蓮の河のように真っ直ぐ中央を貫いていた。


 壁には、人の背丈をゆうに超える巨大な銀縁の鏡が等間隔に並び、そこに映り込む無数のシャンデリアのロウソクの炎が、空間を無限に拡張させている。まるで、どこまでも続く鏡の迷宮に迷い込んだような錯覚に陥った。


 見上げれば、天井には巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。ひとつひとつの雫がロウソクの火を複雑に反射し、ホール全体に星空ような煌めきを降らせている。


「こ、これで、玄関……!?」


「鏡の値段はその大きさに比例する。しかもシャンデリアは、希少なライトクリスタルだろう」


「ちなみに、そのお値段は」


「我々が日々露店で稼いだところで一生手に入らないだけの金貨、とだけ言っておく」


「ヒィ……」


 バジルさん、一体あなたはどんな方法でこれほどの富を築き上げたんですか。


 私は恐ろしくなって、ビョルンさんの腕を握る手に力を込めた。彼は眉間(みけん)にシワを寄せたけれど、やっぱり振り払おうとはしなかった。


——ぐぅうう。 


 ここが賑やかな場所で心底安心した。だってこの切実な音は紛うことなき私の腹から出た悲鳴だったから。ビョルンさんがゴミを見るような目で私を見下ろしてくる。


「だ、だって! 今朝からほとんど何も食べていないんですもん。コルセット締めるからって! ポーシャさんが何も食べさせてくれなくて!」


「舞踏会に参加する淑女(しゅくじょ)は、お前のように大食ではない」

 

「わかってますよぅ……」


 やっぱり腹ごしらえは無理か。おしゃれって厳しい世界だなぁ。舞踏会っていうからにはきっと美味しい食事も出るんだろうなって思ってたんだけど。


 しおしお萎(しお)れていた矢先。私の目の前に白と黒の給仕服に身を包んだ男性が銀色の盆を持って通り過ぎた。その途端にふわりと香る果物の芳醇な香りと、肉の甘い匂いが鼻腔(びこう)をくすぐった。

 

——ぐううぅう……。


 さらに大きな音が出てしまい慌てて姿勢を正す。そんな私を見て大きくため息をついたビョルンさんは、近くにいた別の給仕係にアイコンタクトを送った。給仕係はすぐさま盆を携えて、人の良い笑顔で近づいてくる。


「こちら商会長プロデュースのコールド・ビュッフェスタイルのフィンガーフードでございます」


「わぁ、素敵……!」


 銀の盆に乗せられていたのは、色とりどりのフィンガーフードたち。片手でも簡単につまめそうな軽食だ。


 給仕係が説明してくれたそのフィンガーフードは、右側から順に、バジル商会の温室で栽培された野菜のサンドイッチと果物のタルト。邸宅の地下氷室(ひょうしつ)で作成された果物のソルベとバニラアイスクリーム。じっくりと熟成された熟成肉の薄切りとキャビアのクラッカー。鮮魚のゼリー寄せ。


 それらが小さな銀の器に載せられ、まるで宝石のように丁寧に並べられていた。一目で高級品とわかる品々に、ビョルンさんの耳も少しだけ期待するように上がっている。


「どれを食べようか迷ってしまいますね……うーん」


「サンドイッチとアイスクリームを」


「ちょっと!」


 勝手に決めないでよね、という非難の視線を向けたが、ビョルンさんにはまるきり無視された。


 給仕係が笑顔と共に差し出してくれたピカピカの銀の器には、まるで雪玉のように純白のアイスクリームにエディブルフラワーが添えられている。器を受け取るとヒンヤリとしたバニラの甘い香りが漂ってくる。


 あぁ、なんて美味しそうな香り……!

 

 我慢できなくなって一口、これまたピカピカに磨き上げられた銀の匙で掬(すく)う。本当は大きく頬張ってしまいたかったけれど、お下品なことはできないので、ちびりと一口含んでみた。


「おいしい!」


 シャリ、とした食感、バニラの濃厚な風味、そして舌に広がるひんやりとした甘さが広がっていく。コルセットで内蔵ごと締め付けられていても、これなら食べられそうだ。


 ビョルンさんはというと、サンドイッチをわずか一口で食べ切ってしまっていた。大口を開けるのってマナーが悪いような気がするけど。まぁいいか。


「ちなみに」


「はい?」


「その一皿を金額換算すれば、金貨三枚はくだらん」


「へ?」


 この一皿のアイスクリームが、金貨三枚!?


 言っちゃ悪いけどコンビニならせいぜい数百円なんですが!?

 それが金貨、しかも三枚!?


「最高級の家畜の乳、氷室(ひょうしつ)の維持費を考えれば妥当な値段だ」


「あ、なるほど……氷室(ひょうしつ)か。確かに光熱費は莫大(ばくだい)になりそうですね」


 器を持つ手が震える。冷たさではなく、手のひらの中に金貨三枚の高級品、しかも熱で淡く消えてしまうほどに儚(はかな)いお菓子があるのだから、戦慄(せんりつ)してしまっても仕方がないだろう。


「ちなみに、先ほどのサンドイッチは……?」


「温室は氷室(ひょうしつ)よりも維持費と手間が掛かる。金貨五枚と言ったところだろう」


「ごっ……!?」


 胃の中がスッと冷える。あなた、そんな高級品を一口で平らげたんですか。もっと味わってくださいよ。


「一気に味がわからなくなりました」


「味わって食え。栄養摂取にはちょうどいい」


「はい……」


 気持ち的にはかなりカロリーオーバーだが、泣き言も言っていられない。もう一口含んで、舌で転がしてじっくりと味わった。濃厚で、甘くて、美味しい。語彙力が氷のように溶ける。


「氷室(ひょうしつ)や温室は魔法石や魔法道具のコストパフォーマンスが悪い。有能な魔術師を雇った方が安価に済む」


「有能な魔術師ですか」


 ビョルンさんを見上げて首を傾げる。


「つまり、あなたが一人いたら再現可能?」


「俺の魔力を補えるほどのエネルギー源があれば可能だ」


「ご心配なく。ちゃんとおいしいご飯を作ってあげますよ」


 いいことを聞いた。この世界では冷たい食べ物は高級品かつ貴重な食べ物だ。ならばまだ市井のマーケットは確立されていない。ビョルンさんの力を借りて露店で売り出せば、きっと女性や子供たちに喜ばれるはずだ。


 お客様に喜ばれるということはすなわち、金貨も入ってくるというわけで。


 ふふふ……と悪い笑みを浮かべていると、ビョルンさんは呆れたように腰に手を当てた。


「俺は肉が食えればなんでもいい」


 エルフってあんまり肉食のイメージはなかったけど、ビョルンさんはお肉が好きみたいだ。狼男(ウェアウルフ)の血が入っているからかな?


「せっかくの機会です。エネルギー補給と称(しょう)して、たくさん頂いていきましょう」


「お前にしては悪くない提案だ」


 そう言って、ビョルンさんは熟成肉が乗ったクラッカーに手を伸ばした。


 その指先は驚くほど細く優雅なのに、肉を口に運ぶ動作には、獲物を仕留める猛禽類(もうきんるい)のような獰猛(どうもう)さがある。


 ちぐはぐな動作にドキリとしてしまうご令嬢方の多いこと!


 自分の風貌に無関心なエルフは、全く意に介した様子はないが。それにきっと、ビョルンさんの普段のものぐささを見たら、幻滅(げんめつ)してしまうに違いない。


「前から思ってたんですけど、エルフってお肉食べるんですね。果物とか木の実が好きなんだと思ってました」


 今後の市場調査のために問うと、ビョルンさんは肩を竦めて言った。


「木の実だけで満足できるのは、隠居した老人だけだ」


 彼はそう言って、あっという間に三枚目の肉を平らげた。人のことを大食い呼ばわりしたくせに、自分はよく食べるんだから。


 とはいえ、これからは大戦(おおいくさ)になる。ビョルンさんにはしっかりと力をつけておいてもらわないといけない。


 『働かざる者食うべからず。だけど働くためにしっかり食いな!』


 大好きなアニタさんの素晴らしい格言を胸に、最後の一口を放り込む。


「よし、準備完了!」


 ひんやり甘い優しいバニラの味が、骨身に染み渡るようだった。


 胃の底に落ちた金貨数枚分のエネルギーが、緊張で強張っていた私に力をくれる。贅沢なアイスクリームの甘さを飲み込んで、私たちはダンスホールに足を踏み出した。


 次に口にするのは、勝利の美酒か、それとも……?

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