表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/176

54_エルフの耳は何を聞く

 到着まで三十分を切った頃、ようやく本を読み終わって一息つく。


 とうとう本当に手持ち無沙汰になってしまって、向かいに座るビョルンさんの顔を見た。


 普段雑に流されている小麦色の髪はハーフアップに纏められ、前髪も自然に横に流されている。整えられた横顔は、やはり非の打ち所がないほど美しかった。


 気になるのは、やはり彼のエルフの耳。尖った先端まで、彼の感情にリンクしているかのように、緊張を帯びているのが見て取れた。


「……言いたいことがあるのなら、言え」


 ビョルンさんが、私の視線に気づいて低い声で促した。


「え、えぇと……」


 こんな状況で聞くのは不謹慎かもしれない。それに、これはセンシティブな部類になってしまうのではないのか。迷ってしまったが、今聞いておかなければもう二度とチャンスはない気がした。


「ビョルンさんの、耳って……その、人間よりも多くの音を拾うんですよね」


「そうだ」


「音は大きく聞こえるんですか?」


「音量に変わりはない。が、聞こえる種類が多い。意識すれば近くの者の鼓動も聞き分けることが可能だ」


「へぇえ、鼓動まで聞けちゃうんですか」


 すごい機能を持っているんだな。


 ビョルンさんの耳って、結構感情とリンクしていることも多いから、神経も割と通っているんだろうか。私は、思わず自分の心臓の音を意識した。


 今、ビョルンさんは私の鼓動を聞いているのだろうか?いつもより上がってしまっている、この鼓動を。


「……おい」


「はい?」


「そう見るほどでもないだろう」


「へ? あっ! すみません、ジロジロと!」


 慌てて目を逸らしたが、ビョルンさんの耳の先端がわずかに赤くなっているのが見えた。


「一度だけなら、触っても……いい」


 その声は、馬車の音にかき消されそうなほど小さかった。ビョルンさんは私の方を全く見ようとしないけれど、ちらちらと揺れる視線からこちらを伺っている事はわかる。


「えぇっ!? い、いいんですか!?」


「二度は言わん。やるならさっさとやれ」


「は、はいっ!」


 まるで決死の覚悟と言わんばかりの気迫に押されて、思わず反射的に返事をした。返事をしてしまった以上、退くことはできない。


 ええい、許可したのはそっちなんだからね!


 最悪な責任転嫁をして、こちらも覚悟を決めた。


「失礼します……」


 私はコルセットの圧迫に耐えつつ、そっと、恐る恐る彼の耳に手を伸ばす。そして、その長く美しい耳の先端に、親指と人差し指で一瞬だけ優しく触れた。


「わぁ……」


 ふに、と柔らかな感触に、思わず感嘆の声が漏れた。 

 耳の軟骨と薄い皮膚、そしてその内側から感じる生物特有の温かさ。


 あぁ、ここに彼は生きているのだ。


 正直なところ、この世界に来てからずっと夢見心地だった。これは私が最終電車の中で見た都合のいい夢なんじゃないかと思うこともあった。


 だけどこの手のひらが触れたビョルンさんの体温は、まごうことなき現実のものだ。今、目の前にいる人は夢の中の人物ではないと言うことが、指先からありありと感じられた。


 私が耳に触れている間、ビョルンさんの体は微動だにしなかった。しかし彼の耳の先はすこしひょこひょこと落ち着きなく揺れている。


「ビョルンさんの耳って、分かりやすいですよね」


「どういう意味だ」


「嬉しい時は揺れたり、困った時は垂れたり。シンシアさんの耳とは少し違って見えます。なにか理由があるんですか?」


 ビョルンさんの表情が強ばったことにより、私は自分の失言を知る。


「ご、ごめんなさい! 失礼なことでしたよね、すみません」


 耳から手を離して謝る私から、ふいっと目を逸らしたビョルンさん。少し悩みながら、慎重に言葉を紡いだ。


「それは、俺が純粋なエルフではないからだろう」


「え?」


「俺の父は狼男(ウェアウルフ)だった」


 初めて語られる彼の出生の秘密に、私はひとつ瞬きをした。


狼男(ウェアウルフ)は亜人種の中でも獣人族に近い。他のエルフと異なる耳を持っているのは、そのせいだ」


「狼男とエルフのハーフ……そんな事もあるんですね?」


 異種族間の恋愛。とてもロマンチックな響きだけど、きっと想像以上に苦労も多いのだろう。


「ごく希少な例だ。母は随分な変わり者でな。そのお陰で、こちらもそれなりの苦労を強いられた」


 彼の声は平静を保っていたけれど、その瞳の奥には懐かしさと計り知れない苦悩が滲んでいた。


「昔から、この耳が嫌いだった。切り落とせたらと何度思ったか」


 諦めのような、苛立ちのような感情が隠された言葉に、私はなんと返したらいいのだろう。そんなふうに自分を傷付けないで欲しいのに、私と彼の間の距離はまだあまりにも遠い。


「だからこそ、お前のように触れたいと願う人間は珍しい」


 ビョルンさんはからかいを含んだ声で、私を見ながら目を細めた。その目が初めて見るほど優しくて、こちらの胸もなんだか暖かくなる。


「商売人には、知的好奇心も必要なんですよ」


「その好奇心に付き合わされる方も、苦労する」


 私はこの素直じゃないエルフの目をまっすぐ見つめて、心の底からのお礼を言った。


「ありがとうございます。ビョルンさん。あなたの事を、あなたの口から聞くことができて嬉しいです」


「……ふん」


 やっぱりこの人は不器用で、素直と言うには程遠い。けれど、その正直すぎる耳はほんのりと赤く染まっていた。 



 静かな車内に、先ほどの触れ合いによる微かな熱が篭る。ようやくその熱が空気に溶けた頃、長い移動の旅が終わりを告げ、馬車が停車する。


 夕日に浮かび上がる屋敷の荘厳な姿が、決戦の始まりを告げていた。


 ビョルンさんは馬車の窓の外を睨みつけ、表情を引き締める。そして立ち上がって馬車のドアを開けた。


「作戦を忘れるなよ」


「もちろんです。必ず成功させましょう」


 ビョルンさんは馬車を降りて、こちらにそっと手を差し伸べる。重ねた手は大きくて、とても温かい。その体温が緊張で強張った体を解してくれるのを感じながら、私は馬車の外に足を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ