46_重大インシデント発生
「じゃあ、次の依頼があるから、俺たちはここで」
ダンジョンの出口でレイドさんパーティーと別れることになった。
「助けてくださり、本当にありがとうございました」
「とんでもない! 俺たち冒険者は旅人の味方だからね。困った時はいつでもお声がけを!」
レイドさんは私に木札を差し出してくれた。その札にはレイドさんの名前と『中級一等冒険者』と書かれていた。
「中級一等?」
「上から三番目くらいかな。上級は一、二段だから」
ということは、レイドさんたちは結構な実力者なのではないか。そんな凄腕をタダ同然でこき使ってしまったなんて……。
「あ、あの。お代金は……?」
「えぇっ? いいよ、いいよ。俺たちが勝手に来ただけなんだし、素材も譲ってもらっちゃったんだから」
シンシアさんも、レイドさんの言葉に頷く。
「困った時はお互い様だもの。そのかわり、あんまり無茶はしないこと!」
ツン!と私の額を小突いくシンシアさん。
「いい? あなた達ふたりとも、ほんっとに危なっかしいんだから」
「え?」
ふたりとも?
私はシンシアさんの言葉の意味を測りかねて、首を傾げた。シンシアさんは困ったように笑って、今度はビョルンさんの方に視線を向ける。
「あの子、あなたのことになると無茶しちゃうみたい。だからね、あんまり突っ込んじゃダメ。足元には気をつけなさいね」
ポウッと頭上に緑色の光がともって、そよ風が吹いた。
「あなたたちに、幸運が訪れますように」
シンシアさんの微笑みとともに、柔らかな口付けを額に落とされる。じんわりとした温もりを感じて、なんだか心が温かくなった。幸運と祈りの言葉は、やっぱりありがたい。私は深くお辞儀をすると、シンシアさんを見上げた。
「はい。皆さんも、お気をつけて」
「ありがと。また会いましょうね」
ダンジョンの入口の分かれ道で、冒険者パーティは反対側の道を選んだ。賑やかな面々がいなくなって、正直に言うととても寂しい。そんな思いが顔に出ていたのか、ビョルンさんがフンと鼻を鳴らした。
「冒険者と商人の繋がりは深い。どうせまた、どこかで会うだろう」
もしかしなくても、不器用なビョルンさんなりに励ましてくれたのだろう。私はそれだけでなんだか嬉しくて、くすぐったくて。クスクス笑いながら、ビョルンさんの背中を叩いた。
「さぁ、ギルドでアニタさんたちに報告しましょう!」
こうして、私とビョルンさんはダンジョンから脱出して、商人ギルドまでの道を急いだのだった。
ギルドに戻り、一番に向かったのはアニタさんの執務室だ。扉を開けると、執務机の上に山のようにそびえ立つ書類に囲まれたアニタさんと、それを補助するロッドさんが出迎えてくれる。
「ルナ、ビョルン! 戻ったかい!」
「ただいま戻りました、アニタさ……ふぐぅ!」
ドスドスと力強く駆け寄ってきたアニタさんの大きな腕に抱きしめられて、気の抜けた声が出た。
「それで、首尾はいかほどかね?」
ロッドさんの問いかけに、ビョルンさんが懐から袋を取り出して答える。
「無事に『水鏡の結晶』を採取できた 」
「そうかい! よくやった。あんた達ならやってくれると思ってたよ」
アニタさんとロッドさんは、同時に大きなため息をついた。アニタさんは褒めるように私を撫でて、ビョルンさんの背中を力強く叩いていた。
「そちらはどうだ」
「それがねぇ……」
アニタさんの顔が晴れない。何か問題があったのだろう。ビョルンさんと顔を見合わせると、アニタさんは観念したように言った。
「エリザベス様の腹心、クレイモアだったっけ? そいつが昨日領主の裏帳簿を寄越したのさ」
アニタさんは机の上に、辞書ほどの分厚さの書類束を取り出した。それらは領収書や支出のリストのようだ。
「うちのギルドのメンバーも、何人か汚職に関わってた。今、そいつらを洗い出しているところだったんだが」
アニタさんの眉間のシワが濃くなる。
「何度やっても、帳簿の数字が合わないんだよ」
アニタさんの言葉をビョルンさんが引き継ぐ。
「うちのギルドメンバーは、自らの罪を簡単に露呈させるほど、愚かではないということか」
「そういう事さね」
たしかにギルドの帳簿の売上合計額が裏帳簿から予想される売上よりも少ない。ロッドさんは一つの店のリストを見ながら、静かに言った。
「この街で最も大きな宝飾店。そこの数字がどうしても合わない。つまり」
「その宝飾店が領主に唆され、数字を改竄していると?」
私の言葉に、アニタさんとロッドさんは同時に頷いた。
「領主夫人がその宝飾店の常連という話もある。関わりがあると予想する方が自然だろう」
「……まったく。小癪な真似をするもんだよ」
忌々しそうにアニタさんが顔を歪めて、拳を膝に打ち付ける。商人ギルドの商人が掟を破ったのだから、アニタさんの怒りは最もだ。
「早急に対処しないといけませんね」
このままでは、領主夫妻に提出する裏帳簿の信憑性が失われてしまう。エリザベスさんが完璧に返り咲くためにも、憂いは取り除くべきだ。
アニタさんは棚から清潔な服を取り出して、私に渡してくれた。アニタさんのことだから、ただ着替えて来い、というわけではないだろう。
「『水鏡の妙薬』の生成は任せろ」
ビョルンさんは静かに、しかし堂々と言う。私は私の仕事をしろということだと判断して、深く頷いた。アニタさんはその様子に満足して、力強く頭を撫でてくれる。
「ダンジョン帰りのところ悪いけど。ルナ、あんたに頼みたい仕事がある」
「はい、なんでもします! アニタさんのためなら馬車馬の如く働く覚悟、あります!」
強い気持ちを込めて頷くと、彼女はガハハ! と、景気よく笑った。
「よぉし、いい返事だ! じゃ、あたしのかわいい愛弟子とでも言っといてもらおうか?」
「……へ?」




