45_恋バナは突然に
「うぅん、おはようございます……」
「ん」
ダンジョンで仮眠を取ることになり、女性陣は毛布を分け合って眠っていた。私は最初に目を覚まして、のそのそと這い出と、火の番をしていたビョルンに挨拶した。
ビョルンさんは短く返事をするだけだったけれど、火にかけた鍋からお茶をいれてくれた。香ばしいハーブティーに、甘い蜜を垂らしたもの。とても温かくて、ほっとする。
「帰り道も気を抜くな。ヌシ攻略した後、魔物たちは大人しいが襲ってこないとも限らん」
「わかりました」
ビョルンさんの言った通り、行きとは違って帰りはとても穏やかな道のりだった。時々私の鼻先に黄色い蝶々が止まって、少しくすぐったい。
「ビョルンさん。この虫ってなんですか?」
「フライバタフライ。油で炒ると美味い」
「えぇっ!? 食べるの!?」
「森の貴重な栄養源だ」
「食いでが無さそうに見えますけど……」
ふっと笑って差し出される、蝶の羽の素揚げ。透き通るような黄金色に、私はもはや驚かない。受け取って齧ってみると、小魚チップスみたいなコクと塩気があった。
「悪くないだろ」
少し得意げなビョルンさん。
「んー、悔しいけどおいしいです。オヤツにいいかも」
「軽いから、つい食いすぎる。気をつけろ」
「はぁーい」
私とビョルンさんの道中は、いつもこんな感じだ。私が質問して、彼は気まぐれに教えてくれる。そんな呑気な珍道中を、レイドさん達パーティは後ろから見守ってくれていた。
「よし、この湖で少し休憩しよう」
第三階層に来たところで、レイドさんが小さな泉を見つけた。私たちは水辺に腰を落ち着けて、しばしの休憩を楽しむことにする。
「こんな所に湖なんてあったんだ」
行きは魔物におわれて気づかなかったけれど、このダンジョンは本当に自然が豊富だ。ビョルンさんも色んな素材を集めることができてご満悦だし、来てよかったと思える。
私が湖面を見つめていると、シンシアさんが後ろから近寄ってきて、するりと腕を絡めてきた。
「ねーえ、ルナちゃんは好きな人いないの?」
「へ!?」
シンシアさんの急な恋バナにひっくり返りそうになった。これまでの道中、雑談めいたことしかしていなかったのに、どうしてそんなことを聞くのか。
「だってぇ、気になるじゃない? ね、リーナ?」
「たしかに気になる」
リーナさんは私とビョルンさんの顔を見比べて、深く頷いた。まさか、まさか。
「私とビョルンさんのことを仰ってます?」
「いーえ? 私はただルナちゃんの事を聞いただけよぉ」
心底楽しそうにくすくす笑うシンシアさんだが、目線は完全にビョルンさんに向いている。ビョルンさんと目があった瞬間、わざとらしく視線を逸らされた。耳がぴょこんと動いているので、多分会話は聞こえてる。
やっぱりシンシアさんは、同族としてビョルンさんに気があるのでは!?
「わ、私たちはビジネス上の関係ですので!プライベートなことは全く! ございません! まだビジネスパートナーとすら呼べるかも怪しいくらいですし!」
ハンズアップしながら叫ぶと、シンシアさんとリーナさんは顔を見合せてため息をついた。
「なぁんだ、ぜーったい面白いことがあると思ったのにぃ」
そうは言われましても、という言葉は飲み込む。こういう話題は振られてこなかったから、どう答えたらいいかわからないのだ。
「私、これまでそういう経験がなくて…… 」
「もったいない! 人間の寿命は短いんだから、もっと楽しまなきゃ!」
後方で話を聞いていたレイドさんが困った私を見かねて、シンシアさんを諭してくれる。
「シンシア、なんかその言い方だとお節介なおばさんみたいだよ」
「おばさんですってぇ!? なんて悪いお口なのかしら! そんな悪い子にはファイアボールよ!」
「ちょっと! 本当に撃たないでね!?」
シンシアさんとレイドさんが戯れ、リーナさんがきゃらきゃらと笑い、ドゥーガンさんが呆れたようにため息をつく。そんなレイドさんパーティのおかげで、道中の空気が明るいのはとても喜ばしいことだ。
「おい」
「なんですか、ビョルンさん?」
シンシアさんたちのやり取りを見ていたら、背後からビョルンさんが話しかけてきた。彼から話を振るのは珍しい。
「我々は、ビジネス上の関係だと言ったな」
「そうですね。一応、共に商売をしている間柄ですし……」
もしかして、嫌だったのかな……?
不機嫌そうな顔をしているので、なんだか自信がなくなってしまった。謝ろうとして口を開きかけた時、ビョルンさんが息を吸った気配がしたので黙る。彼の言葉は、できる限り聴き逃したくなかったから。
少しの沈黙の後、ぼそりとつぶやきが聞こえた。
「……で、いい」
蚊の鳴くような声。あまりにも気が抜けていて、思わず聞き返した。
「え? すみません、よく聞こえなくて」
「ビジネスパートナー、で……いい」
それだけぶっきらぼうに言うと、私の返事も待たずに立ち上がって、草をかき分けてスタスタと歩いていってしまった。
「ちょ、ビョルンさん!? それって、私をビジネスパートナーとして認めてくれたってことですよね!?」
「やかましい」
「もう、待ってくださいよー!」
私は緩む口角を抑えられないまま、ビョルンさんの大きな背中を追いかけた。ビョルンさんは心底鬱陶しそうにしていたが、その歩みがいつもより遅いことに私は気づいている。
素直じゃないにも程があるでしょう、このツンデレエルフ!




