26_薄いエールは誰のせい?
エールが何杯か空いた頃。ドゥーガンさんは飲み干したエールの木杯を、テーブルに乱暴に置いた。
「それにしても、ここのエールは薄いな。こんな酒ではまったく酔えん!」
「仕方がないよ。ここ最近はどこもそうだ。水で薄めないと商売にならないんだよ」
この世界のエールとは日本のラガービールやホワイトビールに近い味わいなのかと思っていたが、もしかしてそうじゃなかったのか。軽くてスッキリした飲み口だけど、たしかにアルコールの含量は少し物足りないかもしれない。
「言われてみれば、商人ギルドで飲んだものよりも薄いような?」
「商人ギルドが、そんな貧乏臭い真似をするわけがなかろう。これは詐欺と同じだ」
「ちょっとドゥーガン」
レイドさんは店員の目を気にして、ドゥーガンさんを押しとどめた。シンシアさんもドゥーガンさんを窘め、リーナさんもうんうんと頷いた。
「レイドの言う通りよ、ドゥーガン。今のルーンデールじゃ、エールもお肉も前みたいに楽しめないの。我慢しなくちゃ」
「以前は違ったということですか?」
ふと疑問を口にすると、レイドさんは野菜のソテーを飲み込んでから律儀に答えてくれる。
「ルーンデールはこの王国で最も辺境だけど、商業都市としてとても栄えていたんだ」
「あの頃は良かったわねぇ。冒険者もたくさんこの街にいて、商人やキャラバンも毎日大騒ぎしていたものよ」
今でも栄えている方だと思っていたのに、これ以上の賑わいだったなんて少し予想外だった。だけど繁盛している街にしては、中央市場の人々の顔にどこか元気がなかったような気もする。
「どうして、この街は変わってしまったんですか?」
レイドさんは少し身を屈ませて、低く囁くように言った。
「ここ一年で税が重くなったんだ。今この街にかけられている税金は、およそ以前の倍だよ」
「そ、そんなに……!?」
「それに伴って、僕たち冒険者に支払われる代金も減ってしまってね。今じゃ金儲けにならないからって、あまり冒険者も寄り付かなくなってしまったんだ」
「そのせいで魔物を討伐できる機会が減って、農作物や漁港にダメージが出る。そうしたら」
「商品の値段が上がって、さらに支出が増えると」
「そう。さすがルナちゃんね」
シンシアさんは、子供にするように私の頭を撫でてくれた。
「正直なところ、ポーションが銀貨数枚で買えるだけでもありがたいの。この領内じゃ、ポーションは銀貨五枚以上するのが普通なのよ」
そ、そうだったのかー!
そういえば市場の価格を調査するのも、このルーンデール内だけで他の都市のことは考えていなかった!
まぁ、その値段のおかげで購買意欲が促進されたのならひとまずはいいんだけれども。ビョルンさんは私の動揺なんて気付かないかのように、シレッと涼しい顔で肉を口に運んでいた。
まったくもう、こっちの気も知らないで。
「材料調達や調合を外注していないので、この価格で提供できているんです。ね、ビョルンさん」
「まぁ、すごい! 二人ならうちのパーティでも大歓迎よ。どうかしら?」
「冒険には興味あるんですが、私は低ステータスなので……」
「あら残念。気が変わったらいつでも言ってね?ステータスだけじゃ分からないこともあるもの」
シンシアさんが言うと説得力ある。ただ、これ以上ステータスについての話題を振られるのは、色々と面倒そうなので無理やり話題転換をしよう。少し声を潜めて、確認するように尋ねた。
「お話は戻るんですが。税が重くなったのって……やっぱり、領主様の奥様が変わったことが影響していらっしゃるんですよね?」
「あぁ、そうみたいだ。商人の間でも知れ渡っていることなんだね」
レイドさんは再度エールを呷った。シンシアさんは追加のお酒を店員に頼みながら、レイドさんに提案する。
「ねぇレイド、そろそろ活動拠点を移した方がいいんじゃない?」
「そうはいっても、僕らが離れたらそれこそ魔物討伐の人員がいなくなってしまうだろう? そうなったら犠牲になるのは、壁外に住む人達だ。見捨てることは出来ないよ」
レイドさんは少し頬を赤くしながら、またお酒を煽った。ペースが上がっているようだけれど大丈夫なんだろうか。
「領主様、前は良い人だった」
リーナさんはその可愛らしい顔を嫌悪に歪ませて、吐き捨てるように言った。
「でも、乗り換えたの」
「乗り換えた?」
「新しい女に。その時はまだ、奥様と結婚してたのに」
「えぇっ!?」
じゃあ、今の領主夫妻って略奪婚だったの!?
そんな感想が喉まででかかったので、思わず自分の口を抑えた。
「前の奥様はとてもお優しくて、聡明な方だったわ」
「王都の良いとこのお嬢様だといったか?」
「エリザベス様は公爵家のお嬢様なんだ。本来ならこの辺境にいらっしゃるのが奇跡なくらい、尊い人だったんだよ。僕ら冒険者たちにも、敬意を払ってくださる人だった」
……ん?待った、エリザベス?
教会にいたあのシスター・エリザベスの顔が思い浮かんだ。いや、同名の可能性だってある。エリザベスなんて、ファンタジー小説の中ではよく出てくる名前だし。早とちりは良くない、と吹き出しかけたエールを無理矢理飲み下した。
「でも……エリザベス様、いなくなった」
「そうねぇ。どうしてなのかしら?」
「確かなことは言われていないけど、エリザベス様が今の奥様に毒を盛ったって噂されていたよ。だから追放されたんだってさ。真偽は誰にも分からないけどね」
『追放』という重い言葉に、空気の温度が下がった気がする。
「追放されたというのは、一体どこへ?」
ビョルンさんも同じ疑問を思ったのか、静かにレイドさんに問いかけた。
「実は誰も知らないんですよ。ギルドでも噂が噂を呼んじゃって、どれが本当なのか分からない」
毒殺未遂の真偽はどうあれ、この地を支えた優秀な管理者をそんな非情な目に合わせるなんて、伯爵はどれほど冷徹な人なんだろう。
「エリザベス様、そんな悪いことしない。悪いのは新しい女」
「どうしてそう思うんですか?」
「あの女……新しい女は異端の者。この世界とは違う場所から呼び寄せられた」
思ってもみなかった言葉に、すっと身体から温度が消える。リーナさんは召喚士だから、異世界人の召喚について詳しいのだろうか。
「異世界人か。まったく頭にくる連中だ。チートスキルがどうのと、ひけらかしおって」
「彼らがすごい才能を持っているのは、本当のことだよ」
「だからと言って、ワシらをこき下ろす権利は無い!」
シンシアさんも困ったような顔をして、ドゥーガンさんに続いた。
「彼ら、本当に上級魔法をポンポン出しちゃうんだものねぇ」
「普通は呼んじゃいけない召喚獣まで呼ぶ。しかもペットみたいにする。許せない」
どうやら異世界人は快く思われていないみたいだ。
『この世界を脅かす危険因子』
エリザベスさんの冷たい声を思い出す。私はこの世界では異端な存在、『本来あってはいけない』異物。
たとえ優れたスキルがあったとしても、その存在自体がこの世界にデメリットをもたらしてしまう存在なのだとしたら。
「おい」
そんな薄暗い思考を遮るように、ビョルンさんが私の近くのテーブルを指で叩く。
「ビジネストークはどうした」
そうだ、聞きたい情報はそれだけじゃなかった。私はもっと知りたい、この世界を、この世界を生きる人々のことを。
「ま、まぁまぁ! 湿っぽいお話はこれくらいにして。是非とも皆さんの冒険譚の続きが聞きたいのですが、いかがでしょうか?」
レイドさんたちはキョトンとした後、破顔した。やっぱり彼らには、笑顔や明るい顔がよく似合う。
「そうだね。せっかくの料理なのに、湿っぽい話じゃ台無しだ」
「じゃあこういう話題はどお? レイドとドゥーガンがサキュバスに悩殺されちゃった時の話!」
「ふふっ、あの時のレイド、おもしろかったな」
「ちょ、ちょっとシンシアさん、リーナさん!? その事についてはもう謝ったろう!?」
きゃあきゃあと楽しそうなシンシアさんとリーナさん、焦ったようなレイドさんやドゥーガンさん。コロコロと表情を変えながら、これまで彼らが歩んだ冒険ストーリーをたくさん聞かせてくれた。
その話が終わる頃には、テーブルの皿はすっかり空になり、木杯のタワーが出来上がっていた。
「本日は本当にありがとうございました。ごちそうさまでした!」
丸くなったお腹を擦りながら、レイドさんたちパーティーに深々と頭を下げた。レイドさんは酔いつぶれてしまって、リーナさんやシンシアさんにもたれかかっていた。
「レイド、酒臭い」
「まったく懲りない子ねぇ。お酒は程々にしないとっていつも言ってるのに」
ビョルンさんは懐から丸薬の小包みを取り出すと、リーナさんに手渡した。
「明日の朝、一錠飲ませてやればいい。二日酔いで剣が握れんという事態は避けられるはずだ」
リーナさんは丸薬を受け取って、にこりと天使のように笑った。
「ありがとう。やっぱりあなた、良い人」
「一飯の恩だ。それ以上でも以下でもない」
素直じゃないエルフはそう言って、背を向けてしまった。シンシアさんはにこやかに笑い、手を振ってくれる。
「ルナちゃん、ビョルン君。今日は本当に楽しかったわ、またご一緒させてちょうだいね」
「ありがとうございます、シンシアさん。皆さんも、どうか良い夜をお過ごしください」
シンシアさんたちが冒険者ギルドの中に消えていくまで、手を振って見送る。
「じゃあ私たちも帰りましょうか」
と、くるりと後ろを振り向けば見慣れた商人ギルドの入口。
「商人ギルドのお向いが冒険者ギルドだったなんて。なんとも効率的な立地ですね」
「地図を確認しておけと言っただろう」
呆れたようにため息をついたビョルンさんは、コツンと私の額を小突いた。さっき私が彼の腹を小突いたお返しだろうか。
お酒が入って気分もいいし、今日はなんだかいい夢見れそうだな。なんて鼻歌を歌いながら商人ギルドの扉に手をかける。と、その時。
「おい、小娘」
「ひゃいっ!?」
背後から低い声で話かけられて、気の抜けた声が出た。振り向くと、誰もいない?
「おい」
「は、はい! すみません!」
少し視線を下げると、これまたいっそう不機嫌なドワーフの赤ら顔があった。ドゥーガンさんがその立派な口髭をフサフサと触りながら、なにかいいたげにこちらを見上げてきた。
「どうかしましたか?」
「おぬし、エリザベス様の行方を気にしておったな」
ぎくり、と肩がはねる。
「何か知っているのか」
ビョルンさんは一際低い声で尋ねると、ドゥーガンさんはひとつ頷いた。
「エリザベス様は我々が駆け出しの頃、仕事をくださった恩人でもある。言われなき中傷を浴び、さぞやご傷心なのだろう。おいたわしや」
ドワーフは義理堅い種族だと聞いたことがあるが、特にドゥーガンさんはエリザベスさんに大きな恩を感じているのだということは、その口ぶりから見て取れた。
「エリザベス様は、この街の教会にいる。それだけ伝えておいてやる」
彼の目はしっかりと私を見据えている。この情報を私に伝えたということは、今日一日で彼からの信頼を勝ち取ったということだろう。
「ありがとうございます、ドゥーガンさん」
「……うむ」
目を見返しながらお礼伝えると、彼は深く頷き静かに冒険者ギルドに戻って行った。
「やっぱり私たちの知るエリザベスさんと、以前の領主夫人は同一人物と考えて間違い無さそうですね」
ドゥーガンさんのおかげで、エリザベスさんにまつわる情報が出揃った。婚約者に裏切られた令嬢、毒、異世界人。要素がまるで蜘蛛の糸のように繋がっていく。
「どうした」
ビョルンさんは急に立ち止まった私を振り返り、怪訝そうに問いかけた。
「明日、エリザベスさんに会いに行きましょう」
「は?」
ビョルンさんは気の抜けた返事をして、目を丸めた。
「なぜそうなる」
「エリザベスさんとお話がしたいんです。レイドさんやドゥーガンさんたちのおかげで、どうしてあの人が異世界人を憎んでいたのか分かったので」
元々この領地を治めていた人が、異世界人への怨恨だけであのような凶行に走るわけがない。なにか隠していることがあるはずだ。
それが異世界人召喚に関係があるか分からないけれど、直感的に私はエリザベスさんに会わなければならないと感じていた。
「まだ目を覚ましていないと聞くが」
「叩き起します」
教会で眠っているエリザベスさんには、さすがにそろそろ起きてもらわなければ困る。
私の返答に、ビョルンさんは深く、それはもう深くため息を吐いた。そして眉間を指で抑えながら、まるで父が娘に注意深く言い聞かせるような口ぶりで言う。
「くれぐれも無謀なことはするな。いいな」
「はい!」
私はビョルンさんの言葉に力強く頷き、ギルドの玄関扉を押し開けた。




