25_他人様の金で食う肉は美味い
夕暮れ時のオレンジの光が市場を包む。と、そこで市場の終業を知らせる鐘が鳴った。どうやら今日の仕事はこれで終いのようだ。
シンシアさんたちに渡すポーションキャンディを包装していると、シンシアさんが隣に来て耳元で囁いた。
「ね、お嬢さん。お夕飯、一緒に食べましょうよ。たくさん働いてお腹がすいたでしょう? ご馳走するから、ね?」
するりと手を取られて、その細くしなやかな指が私の指を掠める。近くに来ると調合したハーブやお香の良い匂いがしてクラクラした。
ドゥーガンさんはというと、シンシアさんの様子を見て苦々しくため息を着いていたけれど、何も言わなかった。てっきりすぐに反対するのかと思っていたから、意外な反応だった。
「シンシア……ナンパは程々にしてくれって、いつも言ってるだろう?」
「やぁね、ナンパなんかじゃないわ。お友達として、もっとお話したいだけなのよ。冒険者なら地元の人から情報を得るのも仕事じゃなくって?」
「そりゃそうだけれど」
間に入ってくれたレイドさんは、私とビョルンさんの顔を交互に見て、こんな提案をしてくれた。
「先程のお詫びもありますし、もしよければ今日の夕食はご馳走させてもらえませんか」
私やビョルンさんが返事をする前に、リーナさんがすかさずオネダリを繰り出した。
「お肉がいい」
「分かってるよ、リーナ。この辺りに確か美味しいって有名な、魔物食レストランがあるって本で読んだんだ」
もしかして、と思ってレイドさんの手元を見てみると。やっぱりさっき見たばかりの表紙がそこにあった!
「あっ、グリオンさんの本!」
「え? あなたもグリオン氏の本を読んだことがあるんですか?」
「昨日、グリオンさんがポーションキャンディお買い上げ下さった時に頂いたんです」
昨日グリオンさんから頂いた本を見せると、レイドさんが目を見開いてガタガタ震え始めた。
「あれ? 皆さんはグリオンさんの張り紙でうちの店を知ってくださったのではなかったんですか?」
「あの張り紙、匿名だった」
「……」
グリオンさんあなた、有名人ならちゃんと名前書いてくれなきゃ困ります!
インフルエンサーの意味がないでしょうがーッ!!
……と、叫びたいところをグッと堪えて、笑顔を作る。
「そうだったんですね」
「お姉さん、ツイてるわねぇ。グリオンさんって神出鬼没だからあんまり会えないって噂なのよ?」
「グリオンさん、冒険者の中でもかなり憧れの的」
「えぇえっ!? そうなんですか!?」
突如暴かれたグリオンさんの正体に、素っ頓狂な声が出た。
「どうしましょう、ビョルンさん……私、普通に接客しちゃいましたよ……?」
「今更言ったところで、どうにもならん」
とは言いつつも、ビョルンさんもこればかりは驚いたようで、困ったように耳を下げていた。レイドさんは縋るような目で私を見て、肩を掴む。
「ぜひ、お話を伺わせてください!」
「は、はい」
あまりの気迫に圧倒された、今日の晩御飯は賑やかな食卓にありつけることとなった。
「……フン」
不機嫌そうな顔をするビョルンさんの腕を掴んで、レイドさんのところに引っ張っていく。
「他人との会食など必要ない」
「いいえ、必要です。お酒の場のビジネストークなんて、これ以上ない機会ですよ!」
それに、とビョルンさんの耳元で付け加える。
「なんたってタダ飯ですから!」
私の輝かしい笑顔を見て、彼は心底呆れたような顔をした。
レイドさんが案内してくれたのは、中央市場から少し奥まった場所にある、活気溢れる大衆食堂だった。
「ルナさん、ビョルンさん。改めて、今日は本当にごめんなさい」
レイドさんは神妙な顔つきで、エールが入った木杯を差し出してくれた。私はそれをありがたく受けとり、ビョルンさんは無言でそれに応じた。
「いえ! こちらこそ、怒鳴ってしまってすみませんでした」
「ううん、お姉さんの怒り方は正しかった。ドゥーガン、ああいう偏見を直さなきゃダメ」
「……わかっておる」
リーナさんはムッとした表情でドゥーガンさんを見る。ドゥーガンさんは眉間に皺を寄せたまま、むっすりと腕を組んでいるが、最初に感じたような敵意はもう感じなかった。
「お詫びと言ってはなんだけど、今日はご馳走させてください。この街でいちばん美味しい店だってグリオン氏の本に書いていたから、きっと気に入ってもらえると思うんだ」
「ありがとうございます、レイドさん。グリオンさんのイチオシなら、俄然楽しみですね」
「だろう? グリオンさんの味覚ほど信用できるものは無いよ!」
「あはは……」
彼の興奮した様子から、本当にグリオンさんを推していらっしゃることがよく分かる。もしかしたらグリオンさんの本はとてつもなく面白いかもしれない、と期待に胸が膨らんだ。
「料理は少し時間がかかりそうだって。だから、先にお酒を飲んで待っていよう」
「そうね、乾杯しましょ。私たちが出会った記念ってことで!」
シンシアさんが笑い、レイドさんが木杯を掲げた。
それにリーナさんと私……そしてドゥーガンさんが続く。ビョルンさんはというと、面倒くさそうな顔をしている。催促するように横っ腹を小突いてやったら、渋々木杯を掲げた。掲げると言うにはいささか低い気もしたが、今回のところは見逃してあげよう。
「乾杯!」
レイドさんの掛け声で、みんなが木杯をゴツンと合わせる。あぁこれぞゲームや物語で見た宴会のワンシーン!
「そういえば、皆さんは依頼帰りだとおっしゃっていましたよね。どんな冒険をされてきたんですか?」
市場調査というのもあるが、私のRPG脳が疼いて仕方がない。レイドさんたちは、一体どんな冒険者なのだろうとずっと気になっていた。
「ああ、今回は大変だったよ!」
レイドさんが苦笑いして、木杯を持ち直す。
「ここから南の森に住み着いた、ロックゴーレムの群れの討伐依頼だったんだ」
「ロックゴーレムは物理攻撃がほとんど効かないから、魔法による長期戦が避けられないの。レイドとドゥーガンが前衛で時間を稼いで、私が全力で高位魔法を叩き込んだのよ」
シンシアさんは、お酒を飲んでいるだけで絵になる。ずるい美人だ。そしてとても目の保養になる。ありがとうございます。
ドゥーガンさんはエールを呷り、不機嫌そうに唸った。
「あの化け物、硬いのなんの。斧がほとんど通らん!」
リーナさんが肉を齧りながら、目を輝かせて続ける。
「でも、レイドがゴーレムのコアを狙って一撃必殺。カッコよかった」
「君が召喚した妖精が、隙を作ってくれたおかげだよ、リーナ」
レイドさんはうんうんと頷きながら言った。その頬は少し赤くなりつつある。
「その戦闘で、私は魔力切れを起こしたの。でもルナちゃんのポーションキャンディを食べたら、すぐに元気になったわ。本当にありがとう」
シンシアさんからの感謝の言葉に、心から嬉しくなった。自分たちの商品が誰かの役に立っている。この実感が、行商のモチベーションを最高に高めてくれた。
「嬉しいですね、ビョルンさん」
「……フン」
耳が赤いの、分かってるんですからね。目線だけでそう言うと、彼は他所を向いてエールを呷った。
そうしているうちに、出来上がった料理がテーブルに運ばれてきた。色とりどりの野菜サラダ、白い湯気を上げている魚と魚介のバターソテー、そして一番のメインは。
「さぁ、どうぞ! ルーンデール名物ストーンホーンのステーキだ」
「うわぁ……!」
見るからに高級そうな、骨付き肉のステーキだ!
日本の食べ物で言うなら、リブロースとかトマホークステーキと呼ばれる類のものだろうか。しかも日本なら二、三人で取り分けるくらいの大きさのものが、一人分の皿に乗っている。大いにはみ出しているが。
「あ、あの……ほ、本当にこれ、ご馳走になっても宜しいのでしょうか?」
「もちろん! こちらの無礼へのお詫びとしては、ささやかすぎるくらいですよ」
レイドさんは、にこやかな笑顔でそう言ってくれた。やっぱり冒険者は懐も深くないとやっていけないのかもしれない。
ビョルンさんと私は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「では、ありがたくいただきます!」
と言ったものの、これはどうやって食べるものなのだろうか。
と、そこでビョルンさんは肉をむんずと掴んで、ド真ん中に齧り付いた。
なんという野蛮さ!
しかし、その豪快さこそがこのお肉を楽しむための流儀ということだろう。お行儀が悪い気がするけど、それが流儀だというのなら従う他ない。
大口を開けて、最も柔らかそうな肉の真ん中に歯を立てた。
「うんっっま……!!」
噛んだ瞬間溢れる肉汁に反射的に声が漏れた。いや、だってこれ、めちゃくちゃおいしい。
ちょっとレアめで柔らかい!
でも、噛みごたえがあって最高。脂身は甘く、肉はしっかりとした旨みがある。噛めば噛むほど味が出て、味が濃いはずなのに飽きがこない。
これは和牛……いや、それ以上か!?
「んぐ……このお肉、すっごく、すっごくおいしいです!」
「あらあら、ルナちゃんったらいい食べっぷりね」
脂でベタベタになった私の口を、シンシアさんはナプキンで拭いてくれる。
「私、この街に、こんなに美味しいお肉があるなんて知りませんでした」
「ルナちゃんはこの街に来て日が浅いの?」
「はい。実は遠くの故郷から、この街に来たばかりでして。まだまだ知らないことが多くて、日々勉強させて頂いています」
肉を齧ってふと故郷を思う。
おいしい肉に合わせるものといえば……そう、米。米が欲しいな。でも奢ってもらうのだから、これ以上の贅沢はできないよな。いつかこのお肉を自分で買うことが出来たのなら、その時はステーキ丼にしようと心に決めた。
でもこれは、他人様のお金で食べるからこそ美味いと感じるのかもしれない。なんて邪な考えを頭の隅に追いやりながら、ひたすら弾力のある肉を噛んだ。
レイドさんは、肉を堪能する私やビョルンさんの様子に安堵したように息をついて、自分も肉に齧り付いた。
「ストーンホーンはこの辺りによく出る魔物なんだけど、気性が荒くて討伐するのは大変なんだ」
「しかも群れで行動するから、数が多いのよ。その分、お肉が美味しいから依頼も舞い込んで来やすいってわけ」
想像していた以上に過酷な世界に、思わず頭が下がる。RPGゲームでは主人公は冒険者サイドなので、その苦労を知らなかったはずはないのだけれど。レイドさんやドゥーガンさんの腕や顔に刻まれた傷跡が、彼らの歩んだ険しい道程を示していた。
「魔物を狩ってくださる冒険者の方々には、感謝しかありません。本当にありがとうございます」
レイドさんたちに頭を深く下げる。しかし彼らは驚いたように固まってしまって動かなくなってしまった。
「あ、あの……すみません、私、もしかして失礼なことを言ってしまいましたか……?」
「いや! とんでもない! まさかお礼を言ってもらえるなんて、思ってもなくて」
「え?」
私の疑問に、シンシアさんが静かに答えてくれた。
「冒険者なんだから魔物を討伐して当然だろう、ってよく言われるの。丁寧にお礼を言ってくれるのは冒険者ギルドの受付嬢さんくらいなものよ」
「あんまり感謝、されたことない」
「えぇっ!? 皆さんに守っていただいているのに、そんなのって……」
悲しげな顔で笑うシンシアさんやリーナさん、感情を切り捨てたようなドゥーガンさんの顔を見ると胸が締め付けられる。なにか力になりたいけれど私には華々しい才能はない、結局一般市民どまりか。
「その冒険者達を支えるのも、商人ギルドの仕事だ」
ビョルンさんが静かに、しかしはっきりと言った。彼がそんなことを言うとは思っていなかったのか、みんな驚いて顔を上げている。急に視線を浴びたビョルンさんは居心地が悪そうに顔を顰めた。
「……なんだ。ただの事実だろう」
「まさかあなたから、そんな言葉が出てくるとは思わなかったので」
そんな誠に心外です、みたいな顔をされましても。
「だって。あなた、私と組むまで赤字まみれだったじゃないですか」
「やかましい」
レイドさんは私たちのやり取りに呆気にとられ、そして気が抜けたように笑った。
「あははっ! おふたりは本当に仲が良いんですねぇ」
「良くない」
「ちょっとビョルンさん。ビジネスパートナーとして、良い関係を築けるよう努力はしてくださいよ!?」
私のツッコミに対して、ビョルンさんは不満げに鼻を鳴らす。その様子を見て、レイドさんたちパーティーはまた大きく笑ったのだった。




