233_謎の男の真意とは?
「おまえぇええーー! 生きてたのかよぉおーっ!」
静寂をぶち破るハイテンションな叫び声とともに、ローブ男はビョルンさんを抱きしめたまま、その巨体をぶんぶんと左右に激しく揺さぶり始めた。ぐわっと開かれた口から尖った犬歯が覗く。
「おい、離れろ。 揺らすな!」
ビョルンさんがいつになく焦ったように叫んだ。しかしローブ男は一向に離れる気配がない。
「水臭いこというなって。なぁ、兄弟!」
「兄弟?」
私の問いには答えず、男は感極まった様子でバシバシとビョルンさんの背中を叩いた。その拍子に深いフードがばさりと頭から落ちる。
「ゼノン、おい、はなせ」
「ヤだね!」
ゼノンと呼ばれた男。そしてフードの下から現れたのは、透き通るような白い肌に、月光を切り取ったような白銀の髪。そしてルビーのように怪しく輝く深紅の瞳と、エルフのそれより少し短く尖った耳。でもなんだか、エルフとは違う気がする。
おどろおどろしい雰囲気を纏っていたはずの男は、前言撤回と言わんばかりに超絶陽気な笑顔を振りまいている。
「もういいだろう」
ビョルンさんが本気で嫌そうに顔を歪めて押し返すが、ゼノンさんはまったく意に介さず、ワハハと楽しそうに笑い飛ばした。
喜ぶ主人を見て喜ぶユニコーンのステラが「良い仕事したでしょ?」と言いたげに胸を張る。そうだ、大事なことを忘れていた!
「あ、あのぅ……喜んでるところ申し訳ないんですけど、そちらのステラさんが……ビョルンさんたちの鎖の鍵を食べちゃったんです!」
「ん? 鍵を……食べた?」
ゼノンさんは一瞬だけパチクリと目を丸くすると、次の瞬間、お腹を抱えて大爆笑し始めた。
「ぶははは! ステラ、お前なぁ。鍵なんて食っちまったのか!」
思ってもなかった反応に、慌てて私はゼノンさんに尋ねる。
「笑い事じゃないです。お腹壊しちゃいますよ!」
「へーきへーき! 魔獣の胃袋を舐めちゃいけねぇよ、こいつらの胃袋はダークホールさ」
ゼノンは陽気におどけて見せると、私の前まで軽やかなステップで歩み寄ってきた。そして、私の右手を恭しく取って、まぶしいほどの満面の笑顔を向けてくる。
「はじめまして、可愛いお嬢さん! 俺様はゼノン! お名前を聞いてもいいかな?」
きっと悪い人ではないと直感した。なので、私は笑みを見せて頭を下げる。
「ありがとうございます。私はビョルンさんのビジネスパートナー、ルナと申します」
「そうかそうか……って、はぁあ!?」
ゼノンさんは大きく目を見開いて仰け反る。
「おま、お前! また人間なんかと組んでんのか!?」
「……俺の勝手だろ」
ゼノンさんの言葉に少しの引っ掛かりを思いつつも、笑顔は崩さない。ビョルンさんを見ると、彼は本当に居心地が悪そうに視線を右往左往させている。
「お友達いたんですね?」
「どういう意味だ」
ビョルンさんが文句を言いたげに、キッと睨んでくるけど怖くない。なんだか情けない顔をしているせいだろうか。
「いや〜! こんな不愛想坊ちゃんの面倒を見てくれる美人がいるなんてなぁ! 嬉しいぜ」
ゼノンさんはニコニコと笑顔を浮かべて、私の手の甲に唇を落とした。キザな振る舞いだけど、その中性的で美しい顔立ちと堂々とした姿からとても絵になる。
「昔からこいつは不器用でさぁ。酒を飲むとすぐ俺様に抱きついてよ、しくしく泣くような泣き上戸で」
「余計なことを喋るな」
ビョルンの長耳が、熟したトマトみたいに真っ赤に染まっている。すごい、あのビョルンさんが完全に押されまくっている……!
「おっと、怒られちゃった。昔の可愛い坊ちゃんはどこへやら、すっかり反抗期だねぇ」
「兄貴ヅラをするな、馬鹿者」
私は感動して二人のやり取りを見ていたけれど、彼の少し尖った耳が気になってじっと見つめてしまった。その視線に気づいたゼノンさんは、少し怪しげに口角をあげる。
「ルナちゃんは俺様の耳が気になるのか?」
「えっ!? すみません! 不躾なことをしてしまって」
「いいよいいよ。俺様は吸血鬼なんだ。ボーッとしてると齧っちゃうかも?」
ゼノンさんは一歩大きく私に近づいて、大きく口を開けた。尖った二本の牙が光を受けてギラギラと輝く。
と、そこでビョルンさんがゼノンさんに思い切り、頭突きをした!
「いってぇえええ!」
「戯れがすぎる」
ビョルンさんはフン、と鼻を鳴らして、うずくまったゼノンさんを見下ろす。しかしゼノンさんはその戯れすら嬉しいようで、ニコニコと笑顔を崩さない。
「いい連れができてよかったじゃねぇか」
「あと二人いる。助力を頼みたい」
「まだ二人もいんのか! 賑やかだねぇ」
ゼノンさんは膝についた土を払って、パチンと指を鳴らした。その音と同時に、ビョルンさんに巻きついていた鎖がいとも簡単にちぎれる。地面にジャラジャラと音を立てた鎖を鬱陶しそうに蹴り飛ばし、ビョルンさんは私に手を伸ばした。
「ルナ」
彼の大きな手が私の頬に触れる。
「ゼノンの戯れに付き合う必要はないぞ」
壊れ物に触れるように優しい触れ合いに、私は照れくさくなってはにかむ。そんな私たちの様子を、ゼノンさんは腕を組んで見守っていた。
「んじゃ、残りのお友達も迎えに行くか」
そう言うとゼノンさんはなにやら呪文を唱える。そして彼の頭上に、おおきな緑色の魔法陣が出現した。と思いきや。
「わぁあああ!?」
「きゃあ!?」
頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。木の葉に埋もれたユウさんとブランシュさんが上から降ってきたのだ。
「ユウさん、ブランシュさん!」
鎖に絡まったままのユウさんと、縄が解けかかったブランシュさん。二人に駆け寄って様子を見たが、大きな怪我はないようで安心した。
「おーおー! こりゃまた、いいメンツを揃えたな」
ゼノンさんはまたしても指を鳴らして、二人の拘束を解いてくれる。状況を理解していないユウさんとブランシュさんは、ゼノンさんを訝しげに見ていた。
「こいつは俺の腐れ縁だ。敵ではない」
ビョルンさんは終始機嫌が悪そうに、眉間に皺を寄せている。対照的にゼノンさんはとても機嫌が良さそうだ。それだけでも二人の関係性がうかがえる。
「さて、愉快なパーティーが揃ったようだし、我が屋敷へとご案内しよう!」
こうして私達は、吸血鬼のゼノンさんと出会ったのだった。




