232_一難去ってまた一難
ミニベロスのシロが鼻をクンクンと鳴らした。そのまま岩場に頭から突っ込んで気汚れている山賊の頭目に歩み寄ると、その腰巾着をガブッと噛んで引っ張り出す。
ジャラッと音を立てて落ちたのは、いかにも不気味な黒い金属の鍵だ。
「ナイス、シロ! ビョルンさん、鍵ありましたよ!」
私が鍵を拾い上げ、ビョルンさんの元へ駆け寄ろうとした。すると、ぬっと伸びてきた白い鼻先がひとつ。そして私の手元から、軽やかな音とともに鍵が消えた。
「へ?」
呆然として視線を上げると、そこにはハーフ・エリクサー・ジェルで完全に傷が癒えたユニコーンが、満足そうにゴクンと喉を鳴らしている姿があった。
「えぇぇええ!?」
私とユウさん、ブランシュさんの叫びが岩場にこだまする。ビョルンさんはというと、言葉を失っていた。
「鍵、食べちゃったの!? 鉄だよ!? お腹壊すよ!?」
私が頭を抱えて叫ぶと、ユニコーンは「フンッ」と鼻息を吐き、自満げにたてがみを揺らした。なぜかとても誇らしげである。
「ヒヒィンッ!!」
ユニコーンは高らかにいななくと、素早い動きで私の腰帯をパクッと口でくわえ上げた。身体が宙に浮き、そのままひょいっとユニコーンの広い背中の上に担ぎ上げられる。お腹から背中にドスンと乗せられた格好だ。
「は!?」
「ルナ!?」
完全復活した聖獣の脚力は凄まじい。ユニコーンは私を背中に担ぎ上げたまま、ビョルンさんたちを一瞥すると、風のようなスピードで崩れかけた岩場を跳躍し、森の奥へと走り出したのだ。
「ガルルッ!」
足輪が外れて絶好調のミニベロスも、三つの頭から炎を吹き散らしながら、猛スピードでユニコーンの後を追いかけて走ってくる。というか。
「だ、だ、誰か止めてぇぇぇええっ!!」
あまりにも、もう、めちゃくちゃに速い! シートベルトをしていないジェットコースターみたい!
半泣きになりながら、ビョルンさんを呼んだ。でも私のパーティは誰一人として身動きができない。しかも鍵はユニコーンのお腹の中。
そして私は、自分にすっかり懐いてしまった魔獣にさらわれて、夜明けの森を爆走中。
「うぅ〜! どうしよう!」
今日だけで怒涛の展開すぎる。私は振り落とされないように必死にしがみつきながら、情けなさに涙を浮かべた。
どれくらい森の中を走ったのか。ユニコーンは岩場の隙間をぐんぐん進んでいき、切り立った山の麓にたどり着いた。お昼なのに何故かその山は分厚い雲に覆われ、遠くで落雷が鳴っている。
「ここは……?」
ユニコーンには不似合いな、暗くおどろおどろしい山に冷や汗が吹き出た。一体どこに連れてこられてしまったんだろう。
森の奥から聞こえるのは、風に木の葉が揺れる音。そしてガサガサと、何かが近づいてくる足音だった。獣なのか人間なのか、敵なのか味方なのかわからない。それでも、逃げられるわけもなくただ近づく足音を聞いていた。
「何者だ」
森の影の中から声が聞こえる。高すぎず、低すぎず。男か女か分からない、とても中性的な声だ。しかしまだ森の中から聞こえるなけで、姿が見えない。
「わ、私……私は、ルナといいます」
喉から絞り出した声で答えると、しばし沈黙が落ちる。森の中からまた足音がして、森の入口に影がさした。
「ステラが懐くなど……ありえん」
「ステラ?」
「そのユニコーンの名だ」
黒いローブのフードを被った人物が光のもとに晒される。顔は見えないけれど、背が高く、華奢な身体をしていた。その人物はスタスタと私の前まで歩いてくると、私を頭からつま先までじっくりと見やる。なんだか品定めされているようで、気分が悪い。
「山賊に襲われていたところを助けたんです」
「……ほう?」
その言葉を聞いて、相手は低い声を出した。威圧的で懐疑的な声に、私は冷や汗をかく。武器は持っていないみたいだけれど、魔術師かもしれないので油断は禁物。しかも今は、ビョルンさんもユウさんもいない。
「あなたはこの子の、なんですか」
魔獣であってもステラと名前をつけるほどに親しい仲なのだろう。大切な存在なのであれば、私には恩があるはず。つまり、敵意はないと思いたい。
「……」
黙ったままの相手からは、感情がまったく読み取れなかった。フードの下にはルビーのような深紅の瞳が、キャンドルの炎のように揺らいでいる。そしてひとつ瞬くと、私の顔を覗き込むようにぬっと見下ろしてきた。
「おまえ」
私は答えられず、ごくりと唾を飲む。相手の爪の長い指が私の頬に触れる。その手は生き物と思えないほどに冷たく、血の通っていないもののようにも感じた。
どうしよう。これ、やばいかも。
怖くなって、強く目を瞑った。視界が閉じられたことで、感覚が研ぎ澄まされてしまう。遠くから、どすんどすんと大きな振動がして、徐々に近づいているようだ。
「ルナ!」
いつもとは違う、切羽詰まった声は興奮からかうわずっている。どすん、と地面を硬いものが叩く音がして、風がびゅうっと吹いた。
「遅いです、ビョルンさん」
「無茶を言うな、馬鹿」
現れたのは、ケルベロスの背中に乗ったビョルンさんだった。鎖に巻かれたままだけれど、元気そうだ。風に煽られた前髪が揺れて、ライムグリーンの瞳が顕になる。私はローブ男から距離をとって、ビョルンさんたちに駆け寄った。
「無事か」
労るような声に安心する。しかし今は非常事態。安堵している場合じゃなかった。
「ビョルンさんこそ」
「問題ない。ブランシュの回復魔法で傷は癒えている」
首を横に振って腹部に視線を落とす。そこにはまだ、禍々しい黒い鎖が巻かれていた。ケルベロスは心配そうに、私の背中に頭を擦り付けてくる。
そんな私たちの様子をユニコーンは静かに見守っていた。ケルベロスの威嚇にも屈せず、堂々とした面持ちでローブ男の傍らに立っている。ローブ男はというと……。
「……なんだと?」
何故か、ひどく狼狽していた。目を見開き、わなわなと肩を震わせていた。まるで信じられないものを見たような反応に、疑問を抱かずにはいられない。
ビョルンさんはというと、いつになく落ち着かなさそうに耳を上げたり下げたりしている。視線も左右に動き、目が合わない。なんだか叱られた子供のようにすら見えるほど、頼りなかった。
なんだか異様な空気だ。
「貴様」
ローブ男が右手を伸ばしてきた。その手がビョルンさんの首に向かってまっすぐ伸びていることに気がついて、血の気が引いた。
ローブ男はビョルンさんにゆっくりと近づいて、そして。
「……!?」
強く、強く抱きしめたのだった。




