231_習うより慣れろ!
「ガルルルルッッ!!」
ミニベロスの三つの頭から漏れ出る、重低音の威嚇。しかしその威圧感に対して、ユニコーンは怯むどころかその瞳に苛烈な雷光を宿らせる。
「ヒヒィィィンッ!!」
前脚で激しく地面を蹴り上げ、ユニコーンが一直線にミニベロスへ突進した。額の一本角からは、バチバチと白銀の電流が激しく火花を散らし、地面を焦がす。
「グォォオッ!」
ミニベロスも負けじと三つの口から炎を吹き出し、正面から迎え撃とうとする。しかし、ユニコーンの方が優勢であることは明白だった。
「足輪が邪魔をしてる……」
ビョルンさんがミニベロスの前脚にはめた抑制の足輪。その足輪の影響でミニベロスは本来の魔力を出し切れず、ユニコーンの圧倒的な雷圧力に徐々に押し込まれていた。
「キャウンッ」
ドガンッ!! と雷撃と炎が衝突し、ミニベロスの小さな身体が岩場をガラガラと吹き飛ばされる。
「ミニベロスっ!!」
「ルナ、近寄るな。巻き込まれるぞ!」
ビョルンさんの制止の叫びが聞こえる。けれど、私の足は勝手に動いていた。
吹き飛ばされながらも、必死に踏ん張って私とブランシュさんを守ろうと立ちはだかるミニベロス。その三つの頭が、痛みに耐えながらと私を庇うように唸る。
「ビョルンさん!」
私に呼ばれたビョルンさんは顔を上げて、こちらを見る。
「ミニベロスの足輪、どうやって外すんですか!?」
足輪の魔法はビョルンさんがかけたものだ。彼なら簡単に外せるけれど、今は魔封じの鎖のせいで魔法が使えない。彼の鎖を解くよりも、ミニベロスの本来の力を解放する方が効率的だ。
ビョルンさんも私の考えを察してくれたのだろう。チッと舌打ちをしてから、大きく叫んだ。
「呪文を唱えて魔力を込めろ」
「呪文って?」
「『力を解放せよ』、それで開く。魔力を込めすぎるな」
「了解です!」
私は夢中で駆け出すと、次の突進を仕掛けようとしていたユニコーンの前に割り込み、倒れ伏すミニベロスの元へ滑り込んだ。
私は恐怖で震える指先を、ミニベロスの右前脚の足輪へ押し当てた。
「……で?」
魔力ってどうやって込めるの?
「なにをしてる! さっさとしろ!」
ビョルンさんの怒鳴り声を背に受けながら、私は焦っていた。だって私、魔法なんて使えない。ユニークスキルを使った時だって、夢中すぎてほとんど覚えてないんだもん。
「えっ、えぇっと。『力を解放せよ』!」
変化なし。
「『力を解放せよ』!」
またしても変化なし。
「ルナ! もういい、退け! 巻き込まれるぞ!」
周囲が明るくなるのは、ユニコーンによって生み出された稲妻が周囲に落ちていたからだ。木の葉が焼ける匂いがする。
「ビョルンさん、教えてください。魔力ってどうやって込めるんですか!」
私が悲鳴じみた叫びをすると、ビョルンさんは焦ったようにまた舌打ちをした。そして何を思ったのか、鎖に繋がれたまま橋から飛び降りた!
「ビョルンさん!?」
「ぐっ……!」
きっと無傷で済む高さではない。それでもビョルンさんは奥歯を食いしばって、私の元に駆け寄ってきてくれた。
「来い!」
私は彼の言葉を瞬時に理解して、ミニベロスを抱えてビョルンさんの傍に駆け寄る。
「ルナ、目を閉じろ」
ビョルンさんは短くそう言うと、ゴツン! と、額をぶつけてきた。痛みよりも先に、熱を感じる。それに彼が何をしようとしているのか、いまいちピンと来ない。
「でも、鎖のせいで魔法は使えないんじゃ……?」
「魔力操作くらい出来る。集中しろ」
すぐ近くでビョルンさんの声が聞こえて、心臓が跳ねる。そんな場合じゃないっていうのに。
「指先から腕、肩、胸……血の巡りを感じろ」
言葉に導かれるまま、私は指先に意識を集中させる。まるでビョルンさんが道標を示してくれているみたいに、するすると自然と意識が向く。
「あたたかい……?」
「そうだ。その熱を足輪に注ぐイメージを浮かべてみろ」
頷いて、私はミニベロスの足輪に再び触れた。ビョルンさんの吐息に合わせてゆっくりと呼吸をして、じんわりと温めるイメージを浮かべる。
どれくらいの時間が経ったか分からない。きっと一瞬だったと思う。目を見開くと、ビョルンさんが静かにこちらを見つめていた。今の心は、凪のように静かである。
「『力を解放せよ』」
もう一度呪文を唱える。すると、足輪がカチリと音を立てて地面に落ちた。
「下がれ」
ビョルンさんは次の出来事を予測し、私を守るように背中で庇ってくれる。私は迷わず、その大きな背中に手を伸ばした。
「グォォォオオ……!」
ケルベロスの身体から、まるで火山が噴火したかのような凄まじい熱風が吹き荒れた。突進してきていたユニコーンが、その尋常じゃない圧に動きを止める。
「グルァァァアアッ!!」
空気を打ち震わせる、地獄の門番たる本物の咆哮。超絶的なスピードで地を蹴ると、ユニコーンが角から放った白銀の雷光を、真っ向から三つの炎の息吹で力任せに打ち消した。
「雷を吹き散らした……!?」
勢いのまま跳躍したケルベロスは、ユニコーンの頭上へ前脚の爪を叩きつけた。衝撃波とともに、あの気高きユニコーンがぐらりと体勢を崩し、ドスンと岩場に膝をついた。
ケルベロスはその巨体に前脚をかけて、三つの頭で低く威圧する。それは完全にユニコーンをねじ伏せ、降参を促しているようにも見える。
しかしユニコーンは動かない。ケルベロスは三つの口から小さな火花をパチパチと散らし、ユニコーンを追い詰めようと口から炎を吐こうとした。
「ちょっと待った! そこまで!!」
私は慌てて駆け寄り、彼らの胸元に顔を埋めた。
「ありがとう、私を守ってくれたんだよね。でもユニコーンはもう降参してるから、いじめちゃダメだよ」
私の胸に顔をうずめられたミニベロスは、さっきまでの禍々しい形相が嘘みたいに消え、尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振り始めた。
「きゅうん、くぅん」
真ん中の頭が私の頬を舐め、シロとブチの頭が満足そうに喉を鳴らす。甘えたなのは、身体が大きくなったところで変わらないらしい。
「よしよし、えらいぞ〜! クロ、シロ、ブチ。がんばったねぇ」
私がわしゃわしゃと頭を撫でまわすと、ミニベロスは完全に勝ち誇った顔でユニコーンをチラ見した。ユニコーンも、自分を負かした魔獣と、それをあっさり手懐けている私を呆然とした目で見つめている。
「まったく、手間のかかる……」
ビョルンさんは地面に座り込みながら、面倒くさそうにため息をついた。岩場の混乱は収まり、暴走していたユニコーンもすっかり大人しくなっている。
「鎖を解いて欲しいが。その前に」
「はい?」
ビョルンさんは顎をしゃくってみせた。おそらくそれは、近くに寄れという合図。
「なんですか」
「別に」
来いと言いながら、そんな素っ気ない返事をするビョルンさん。私はビョルンさんの顔に手を伸ばして、その長い前髪をサラリと撫でた。
「褒めてくれてもいいんですよ?」
「誰が褒めるか、素人が」
「しかたないでしょ! 実際、素人なんだから!」
優しさの欠けらも無い言葉に、私は頬をふくらませてみせる。するとビョルンさんは、揶揄うようにクックッと笑い声をあげた。
「まぁいい。練習を積めば、いくらか使えるようになる」
素直ではない褒め言葉に、私も眉を下げて笑う。そんな私たちに甘えるように、ミニベロスが三つの頭を押し付けてきた。
「ルナ様、ビョルン様。お邪魔して申し訳ないんですが……!」
「助けてくださーい!」
頭上から声がして顔をあげると、風に巻き込まれたユウさんが巨木の枝に引っかかっており、ブランシュさんは吊り下げられた縄がこんがらがっていた。
「へ? うわぁあ! ごめんなさい、ユウさん、ブランシュさん! 今助けます!」
「手間のかかる……」
「ビョルンさんだって鎖で繋がれてるじゃないですか。鍵探さないと!」
私は立ち上がって周囲を見渡した。散々な荒れ具合だけれど、ユニコーンは落ち着いたし、偶然とはいえ悪い山賊もできた。山賊たちは枝に引っかかったり、岩場に頭から転げ落ちていたりと散々な様子だ。
「……それで? 鍵はどこにあるって?」




