227_深夜の急襲アンラック
カッ!と眩い光が部屋を包んだ。まるで閃光弾を間近に浴びたような煌めきに目が眩む。
「ぐあぁっ!?」
私の頭を押さえつけていた刺客が、短い悲鳴を上げて思わず両目で顔を覆う。その隙を見逃さず、私は必死に身体をねじってベッドから床へと転がり落ちた。腕の中にミニベロスを強く抱きかかえ、激しく打った肩の痛みに耐えながら壁際に身を潜める。
「ルナ様になんてことを……!」
背後から聞こえたのは、心まで凍りつくほどに冷徹で、怒りに震えた声だった。視界を真っ白に染める光の光源。そこに立っていたのは、寝巻き姿のまま拳を握るブランシュさんだ。
彼女の長い髪が、溢れ出る魔力の風に吹かれて美しく舞っている。しかし、いつものおっとりとした微笑みを湛えた瞳の奥には、底無しの暗闇よりも苛烈な『怒り』の炎が燃え盛っていた。
「小娘がっ!」
刺客は視界を奪われながら逃走を試みた。その身からどろりとした黒い霧を吹き出させ、宿屋の部屋の隅にある「影」へと溶け込もうとする。
しかし、影はあまりにも光との相性が悪い。
「させません!」
壁際も、家具の隙間も、ベッドの下すらも、すべてが太陽の真下にいるかのような圧倒的な純白の光で満たされる。刺客が纏っていた黒い霧が、ジウジウと不気味な音を立てて蒸発していく。
「クッ、ガハッ……!?」
逃げ場となる闇を完全に奪われた刺客が、まるで灼熱の砂漠に放り出された魚のように、苦悶の声を上げて床に膝をついた。ブランシュさんの光魔法は、ただの灯火ではない。闇に属する者にとっては、その身を焼く『天敵の業火』なのだ。
「お覚悟を……!」
ブランシュさんがさらに過剰な魔力を練り上げる。
「ちょ、待って、ブランシュさん!」
彼女の周囲に、鋭利なガラスの破片のような形をした光の矢が、数十発も浮遊し始めた。その圧倒的な破壊の気配に、私は恐怖のあまり息を呑む。味方だよね!? 味方なのに、威力が完全に宿屋ごと消し飛ばすレベルなのでは……!?
「『聖なる光よ、悪を浄化したまえ』」
冷酷な宣告とともに、光の矢が一斉に刺へと放たれようとした、その瞬間。
「ルナ!」
「ブランシュさん!」
ドガァァン!! と、今度は部屋の扉が凄まじい音を立てて蹴り破られた。
現れたのは、上衣を軽く羽織ったビョルンさんと、上裸のまま盾を構えたユウさん。二人の獣のような鋭い眼光が部屋の中を射抜く。
「クソ……!」
二人の突入と同時に、刺客は最後の力を振り絞って窓へと跳ぼうとした。しかし、上裸のユウさんがぬれた身体のまま猛然と踏み込み、大盾を床に叩きつける。
「逃がすか!」
ドガンッ!! と重い衝撃音が響き、至近距離で盾の圧力を浴びた刺客が大きくよろめいた。そのわずかな隙を、金色の影が駆け抜ける。
「下がってろ」
ビョルンさんだ。目にも留まらぬ速さで踏み込むと、手にした風魔法で竜巻を起こして刺客を壁に叩きつけた。
ガッ、と短い骨鳴りがして、刺客は一切の声を上げることもできずに白目をむき、床へと崩れ落ちて完全沈黙する。
「ルナ、無事か」
ビョルンさんが魔法を引っ込めて、小さく息を吐く。
「は、はい。私もブランシュさんも無事です」
ブランシュさんも安心したように、浮遊させていた光の矢をふっと霧散させた。部屋を照らしていた苛烈な閃光が収まり、元の静かな月明かりが戻ってくる。
「ユウ様、ビョルン様。感謝いたします」
ブランシュさんの手は震えていた。無理もない。眠っているところに、殺意を持つ人が突然現れたのだから。
「二人とも、ご無事でよかった」
ユウさんの言葉で張り詰めていた緊張が一気に解ける。私は座り込んで、ようやくまともな息を吸うことができた。
「……あれ?」
そこでようやく、私は助けに来てくれた二人の格好に目が釘付けになった。
ユウさんは文字通りバキバキに引き締まった上半身が完全に丸出し。ビョルンさんに至っては、薄い上衣を前ボタンも留めずに羽織っただけなので、胸元から腹筋にかけてが全開になっている。
「は、はわ……!?」
しかも二人とも、濡れた髪から水滴が滴り、身体からはホカホカと温かい湯気が立ち上っていた。心なしか、柑橘系の良い石鹸の香りが部屋に充満している。
「あ、いや、ちょうど俺は風呂上がりで……すみません、お見苦しいところを」
ユウさんはブワッと顔を赤らめて、慌ててビョルンさんの影に隠れた。ビョルンさんはというと、面倒くさそうに頭をかいた。
「俺は今から風呂に入るところだった」
「そ、そうですか……」
ブランシュさんも二人の姿を直視できずに、頬を真っ赤に染めて両手で目を抑えていた。
「も、も、申し訳ありません! 殿方の、そんな姿を見てしまうなんて!」
「い、いや! ブランシュさんのせいじゃないですよ! 俺の方こそすみません!」
わあわあと言い合いながら、ブランシュさんがユウさんに毛布を差し出し、ユウさんはすぐさま自らの腹筋を覆い隠す。異世界人とはいえ、彼はこの迷宮都市で生き抜いた冒険者だ。そりゃ、身体だって鍛えられるよね。
「っ、おい。ルナ」
「はい?」
「お前は……あぁ、クソ……」
ビョルンさんが悪態をつきながら、私の肩を掴んでグイッと自分のほうに引き寄せた。床から強引に抱き起こされる形になり、私の身体が彼の胸へと飛び込む。
「ほぎゃあ!? なに!?」
前が全開のビョルンさんの上衣のせいで、私の顔面は、彼の胸板にモフッとダイレクトに埋もれる形になってしまったのだ。
「っ……! す、すまん、わざとじゃない!」
でもなんで、急にこんなことをしたの!
私がパニックで硬直していると、ビョルンさんも自分の羽織りが全開だったことに気づき、さらに耳まで真っ赤にした。彼はさっと自分の上衣を脱いで、私の肩にかけた。
「……寝間着を晒すな。馬鹿者」
絞り出すような声に、私は自分の格好を見る。暑かったから、かなり薄着の寝間着を選んだのだった。同室はブランシュさんだけだし、いいかなーなんて思ったから。
「へ、あ、あぅ、あの」
私は顔から火が出そうなほど恥ずかしくなりながら、急いでビョルンさんの上衣を頭から被って身を隠した。足元では、何が起きたか分かっていないミニベロスが、三つの頭で不思議そうに私の顔を見上げている。
「と、とりあえず、俺、衛兵を呼んできますね」
「私もご一緒いたします」
ユウさんとブランシュさんは早々に身支度を整えたようで、刺客を引きずり、慌てた様子で部屋を出ていった。
「あの、ビョルンさん」
「刺客を送り込んだ輩は必ず見つけだす」
機嫌の悪そうな態度のまま、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らす。ミニベロスはワンと吠えて、やる気を見せた。
「はぁ……ったく、散々だ」
どすどすと歩きながら、彼は廊下に出て振り返る。
「なにしてる。さっさと俺の部屋に来い」
「うぇ!?」
予想外の言葉に慌ててミニベロスを取り落としそうになった。いや、今のビョルンさんは上に何も羽織っていないのに。部屋に、二人きりなんて、そんな、そんな!?
「馬鹿だな。別行動は危険だ。リスクヘッジをしたい」
「そ、そうですよね」
私はバカみたいに熱を持った頬を抑えて、なんとか気持ちを落ち着ける。そんな私に呆れたように、ビョルンさんはまたフンと鼻を鳴らして廊下に出た。その大きな後ろ姿を、いつものように見る。
「ぇ……?」
彼の大きな背中に刻まれた焼印を見た瞬間、全身の熱が冷めていく。それは以前、ブランシュさんと共に助けた人々に刻まれていたものと、全く同じもの。
そう、奴隷の紋章だった。




