226_商会の稼ぎ頭
翌日から、我が『幸運草商会』の貸倉庫は、さながら最先端の製薬工場のようになった。
ビョルンさんが大釜の前で完璧な魔力コントロールを披露し、ハーフ・エリクサーの原液を量産。それをベースに、皆の知恵を組み合わせて、三つの革新的な新商品を開発したのだ。
ということで、翌日。
露店にテーブルを置き、普段取り扱っているポーションを並べる。魔力、体力、気力の回復ポーションはダンジョンに潜る冒険者たちにとって必需品だ。
「よし。ではこれからデモンストレーションをしてみます! ユウさん、ブランシュさん。よろしくお願いします!」
興味津々な顔を見せるユウさんとブランシュさんの前に、私はドン! と、大きな木箱を置いてみせる。ミニベロスは足元で短い尾を振り、期待の目でこちらを見上げていた。
「まず一つ目。これは『ハーフ・エリクサー・ジェル』です」
スプレータイプの小瓶に詰めた、清涼感のある青色のボトルを机にのせた。
「ジェルタイプのポーション、ですか?」
「はい。傷口に沁みないように配合を工夫してみました。一瞬で出血が止まって、傷が塞がります。冒険者の戦線復帰率の上昇を見込めるんです」
ユウさんが試しに、痛々しい手のささくれにジェルを塗ってみる。すると一瞬のうちに滲んだ血が消えて、傷口が塞がった。
「おぉ……!? スッと痛みが引いてく! しかも痛くない!」
「保湿成分の配合を増やしてみたんです。トゲトゲ草の朝露を入れて、粘度を増やすことで痛みを減らしたんです。でも、ベタつかないので装備品も汚れない!」
「お洗濯係にも優しいですし、これならすぐに剣を抜くこともできますね!」
ブランシュさんもニコニコと笑い、ジェルを瓶に詰めてくれる。本当はスプレータイプにしたかったけれど、この世界には霧吹きが普及してないので没案となった。
「次は『ハーフ・エリクサー・軟膏』です。こちらは女性冒険者や、働く女性に向けた商品です」
次に取り出したのは、小さな木の器を満たした白いクリーム。クリームをひとさじ手に取り、ブランシュさんの手に置いてみせた。
「まぁ、いい香り!」
「保湿効果と香り付けのために、お花の蜜を混ぜてみたんです。これなら好みに合わせてバリエーションも増やせますよ」
ブランシュさんは頬を染めて、クリームの匂いを嗅ぐ。クリームの匂いはニワトコ花の蜜を入れて、滑らかさが出るように工夫した。もう一つは男性にも使えるように、香木でウッディな香りを付けて、男女兼用の豊富なバリエーションで挑む。
「ビョルンさんの好きな匂いって、結構落ち着いた香りなんですね」
「森の育ちだからな」
香木での香り付けを提案したのはビョルンさんだった。さすが長寿のエルフ、こういう時の知識量は頼りになる。
「最後は湿布だろ」
「『ハーフ・エリクサー・湿布』です!」
これは日本にも一般的に流通している冷湿布をベースに作ってみた。テープ式で収縮
「捻挫や筋肉痛、打ち身に効果があります。これは試作を配って反応を見るしかないですね」
「ジェルを買いにきたんだが、まだ在庫あるか? パーティ用に見繕ってくれ!」
「クリームが欲しいの。おひとつ頂けるかしら?」
販売を開始するや否や、幸運草商会の店頭は連日、押し寄せる人々で大賑わいとなった。
ポーションのように「戦闘中に飲む」必要がなく、手軽に扱えるこのシリーズは、またたく間に口コミで拡散。冒険者ギルドだけでなく、一般の領民や職人たちまでがこぞって買い求めるようになり、店の前には毎朝長蛇の列ができた。
「いやぁ! この湿布、本当に凄いよ。大盾を構え続けてバキバキだった肩が、一晩で軽くなったんだ」
「お役に立ててなによりですわ。お気をつけていってらっしゃいませ」
ブランシュさんは天使のような微笑みを浮かべ、冒険者の手を握る。
「このクリーム、匂いがたくさんあっていいわぁ。毎日使い分けてるの」
「ありがとうございます!」
ユウさんがニコニコと笑顔を返しながら、夫人に商品を手渡した。
こうしてユウさんとブランシュさんも店を手伝ってくれ、商会の売上高は信じられない角度で右肩上がりに跳ね上がっていった。
「商人ギルドからの呼び出し?」
商品を売り出してから一ヶ月。私たちの露店に、商人ギルドからの使いが送り込まれた。その日の晩、私とビョルンさんは商人ギルドの門をくぐる。
商人ギルド長は私たちを一瞥し、執務机に置いた書類を渡すと満足そうに頷いた。
「これほどの短期間で、これほど革新的かつ実用的な流通網を作り上げるとは。幸運草商会を認めざるを得ない」
呼び出された商人ギルドの応接室で、厳格な面持ちのギルド長から手渡されたのは、金色の縁取りがされた重厚な羊皮紙。つまり『上級交易権認定証』だった。
「これさえあれば……!」
王都、そして目的地である鉱業都市での自由な営業・店舗展開が可能になる。つまり、私たちが次の目的地へ進むための、最高級の「切符」を手に入れたのだ。
「当然の結果だ」
ビョルンさんがぶっきらぼうながらも、嬉しそうに頷く。彼が私の前でこんなふうに感情を顕にすることも、珍しくなくなってきたように思える。
「これで鉱業都市に向かえますね」
これでビョルンさんにかけられた『呪い』を解くための第一段階はクリアできた。彼の役に立てたことが素直に嬉しくて、私はビョルンさんの腕をポンポンと叩く。
「さ、明日には鉱業都市に向かいましょう。止まってる暇はありませんよ!」
「その前に帳簿仕事が残ってる」
「うっ、そうでした。一週間はかかるかなぁ……」
そんなことをボヤきながらも、私の心は踊っていた。迷宮都市での商いは楽しかったけれど、やっぱり旅がしたい。新しい街への旅は、素直に楽しみだった。
鉱業都市に出発する前日。私たちはそれぞれの荷まとめを終えると、明くる日の旅立ちに備えて早々に眠りにつくことにした。
「おやすみなさい、ブランシュさん」
「はい。おやすみなさいませ、ルナ様」
私とブランシュさんは同室だ。眠る前の挨拶をして、寝床に戻る。街の喧騒もすっかり静まり返り、宿の一室には規則正しい呼吸音だけが満ちていた。
私はベッドの中で、これまでの激動の日々を思い返しながら、深い眠りへと落ちていく……その、寸前だった。
「…………みぃ」
私の枕元で丸くなって寝ていたはずのミニベロスが、不意に小さな、けれど低く警戒するような声を漏らした。三つの頭が一斉に、音もなく持ち上がる。
「どうかした?」
この子たちは時々、悪夢にうなされることがある。最近忙しくて、あまり構ってあげられなかったから、赤ちゃん返りしてしまったのかも。
私は起き上がってミニベロスを抱きかかえようとした。その直後、寝室の温度が不自然に下がったような寒気がする。
「ん……?」
月明かりが差し込む窓の隙間から、まるで星が煌めくような光が見えた。しかし一瞬のことで、なんなのか分からない。
「ギャウウ!!」
ミニベロスが大声で吠えた。驚きよりも先に、頭を掴まれた衝撃でベッドに沈む。
「なっ……!?」
何とか首を捻って見上げると、夜の闇のような、漆黒の衣をまとった人影が、私の頭を押さえつけていた。
完全に気配を絶ったその人物は、手にした逆刃の短刀をギラリと月光に反射させながら、まっすぐに私を見下ろしていた。
押さえつけられているせいで声が出せない。心臓がバクバクと跳ねて、耳元でうるさく叫んでいる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!
冷酷な殺意を孕んだ刃が、容赦なく私の胸元へと振り下ろされようとした、その瞬間――!




