225_幸運草商会・商品開発部!
地下のじめついた空気から解放され、地上に出たときの爽やかな風は、私たちが死線を越えてきたことを実感させてくれた。
拠点に戻ると、ブランシュさんとユウさんには宿で休んでもらい、私とビョルンさんは貸倉庫で早速レシピの再現に取り掛かる。
実験台に向かうのは、ビョルンさんただ一人。彼はあの短い時間で、魔力配合の比率から加熱のタイミングまで完璧に脳内に刻み込んでいた。
「おい、ルナ。高純度魔力水を注げ。……あぁ、そこだ」
ビョルンさんが手際よく、釜に入れた薬液をかき混ぜていく。
普段は剣を振るう大きな手が、繊細に、しかし迷いなく薬液を調整していく様子は、まるで熟練の錬金術師のようだ。私は横から、商会長として必要な魔力水を注ぎ足す。
やがて、大釜の中からボコボコと不気味な紫色の気泡が消え、宝石のように透き通った、美しい青色の液体が完成した。
「……できたぞ。これがハーフ・エリクサーだ」
「きれい、ですね……!」
小さな小瓶に詰め替えられた青い液体を、私は夕日に透かしてうっとりと眺めた。これで、いつか私がいなくなっても、我が幸運草商会の看板商品は担保されたようなものだ。
「よし、あとはこれをどうプロモーションするか……」
鑑定グラスをのぞき込むと、瓶の中でちゃぷんと液体が揺れる。
「毒味するのか」
「鑑定しながら毒味するのが、一番効率的ですよ」
ふふん、と鼻を鳴らしながら、小瓶の液体をちびりと口に含む。スッキリとしたハーブの清涼感を期待した。
その瞬間。
「ふぎゃッ!?」
血を吐くかと思うほどの衝撃が走った。
不味い。いや、不味いなんてレベルじゃない。口に含んだ瞬間、度数九十六パーセントの最強スピリッツをストレートで流し込まれたような、猛烈な熱さと痛みが駆け抜けた。いやでも、苦労して手に入れたレシピ、そしてビョルンさんが作ってくれたせっかくのポーション。吐き出すわけにはいかない。でも、でも……!
「おい、失敗か!?」
「ごほっ、げほっ、か、辛ッ!! 痛ッ!! 喉が焼ける!!」
「見せてみろ。……いや、口内に問題は無い」
「ヒリヒリするぅ!」
涙目で叫ぶ私に、ビョルンさんは心配そうに眉を下げて、口の中をチェックしてくれた。幸いにも火傷はしていないみたいだが、ビリビリヒリヒリと痺れが残る。
「うぅう……ビョルンさんがせっかく作ってくれたのに、飲めなくてごめんなさい」
作ってくれたビョルンさん、そしてレシピ集めに奔走してくれたユウさんとブランシュさんに申し訳なくて、私はガックリと肩を落とす。私を慰めるように、ビョルンさんはわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
「良薬口に苦しと言うだろう。多少の不都合は我慢するはずだが」
「多少じゃないんです……戦闘中にこれを飲んだら、傷が治る前にショック死するか、あまりの辛さに戦闘不能になりますよ! 」
ぐう、と唸って黙るビョルンさん。
「だから、ここからは私の頑張りどころです。絶対、絶対売れる商品にしてみせます!」
私は手を握り、ビョルンさんに向かって高らかに宣言した。私は幸運草商会のアドバイザー。雇われている以上、成果を出さなければならない。ビョルンさんの力になることが、私の役目なのだから。
まずは、ちびっ子から大人まで大人気、そして私とビョルンさんの初の共同作品、「ポーションキャンディ」にして、味をごまかす作戦に出た。蜜でコーティングすれば、あの地獄のアルコール感も薄れるはず!
「よし、ハーフ・エリクサー液に砂糖と樹蜜を混ぜて、煮詰めて……」
カチャカチャと実験器具をいじっていると、ビョルンさんが警戒を露わに動いた。
「ルナ、下がれ」
「え?」
ドガァァァァンッ!!
激しい爆音とともに鍋が消し飛び、爆風で扉が蝶番ごと景気よく吹き飛ぶ。
「おえっ、げほごほ……!」
顔面を真っ黒な煤で汚した私とビョルンさんが、呆然と佇む。私の頭の上で、避難させていたミニベロスが「きゅ、きゅう……」と怯えたように鳴いていた。急激に熱された糖分が、濃縮された魔力が大爆発を起こしたのだ。ポーションキャンディ化は失敗した。
「じゃあ、スープとか、普通の料理に混ぜて薄めるのはどうですか!?」
顔を洗った私は、今度は特性のシチューにハーフ・エリクサーを数滴混ぜてみた。これなら味もまろやかになるはず!
「よし、鑑定!」
出来上がったシチューを、さっそく鑑定グラスで覗き込んでみる。しかしその結果に、またしても肩を落とした。
『ハーフ・エリクサー入りスープ:物理的負傷の回復率が五十パーセントから三パーセントに激減』
「つまり?」
ビョルンさんが促すが、私は首を横に振った。ミニベロスがぺろりと舌を出してスープを飲むが、「みぃ……」と情けなく鳴いてそっぽを向いてしまう。
「ただの、ほんのりアルコール臭い野菜のシチューってことです。料理に混ぜると、効果が打ち消されてしまうみたいですね」
ガクッと机に突っ伏す。
薄めれば効果が消え、手を加えようとすれば爆発する。しかし、原液のままだと『喉を焼く最強のアルコール』の味である。
「うぅ、どうすればいいのこれ!?」
頭を抱える私を、ビョルンさんは腕を組んだまま、どこか困ったように見ていた。
幸運草商会の未来をかけた超大物商品。この致命的な「不味さ(攻撃力)」を前に、私たちは完全に立ち往生してしまったのだった。
その日の晩。私は寝巻きに着替えて、宿のテーブルに突っ伏した。煤けてしまった作業服は洗濯中だ。隣では、ビョルンさんがハーブティーを啜りながら、思案を巡らしている。
「ルナ様、大丈夫ですか?」
そんな私たちの沈んだ様子を心配したブランシュさんが声をかけてくれる。
「あ、ユウさん、ブランシュさん……。うう、大丈夫じゃないです。これを見てください」
私は涙目で、テーブルの上に並んだ青い小瓶に入った、魔女特製のハーフ・エリクサーを指差した。
「せっかくビョルンさんが完璧に再現してくれたのに、これ、飲むと喉が焼けただれるくらい強烈なアルコールみたいに不味いんです! キャンディにしようとしたら爆発するし、料理に混ぜたら効果がゴミになっちゃうしで、もうお手上げで……」
「それは困りましたね……せっかく素晴らしいお薬なのに、飲めないのでは意味がありませんもの」
ブランシュさんが上品に頬に手を当てて困り顔をする。
「飲めない……」
ユウさんは私の説明を聞いて、ふむ、と顎に手を当てて小瓶を見つめた。彼は、少し考えるような仕草を見せた後、ぽんと手を叩いた。
「ルナさん。それ、スピリッツに近いっていうんなら、傷口に塗るのはどうですか? ほら、アルコール消毒みたいな」
「え?」
ユウさんの口から飛び出したあまりにも盲点な提案に、私だけでなく、ビョルンさんまでもがピクリと耳を動かした。
「ぬ、塗る……? 飲むんじゃなくて、ぶっかけるってことですか!?」
「そうです! 僕たち前衛って、戦闘中にポーションをゴクゴク飲む暇がないことも多いんですよ。これだけ強いアルコール感があるなら、傷口に直接ぶっかければ、消毒と一緒に傷も治るんじゃないかって。……あ、でも、めちゃくちゃ沁みて痛そうですけど」
ユウさんは苦笑いしながら自分の腕をさする。
しかし、その言葉は私の脳内に電撃のような閃きをもたらした。私はユウさんの手を取って、感謝を意を示した。
「それ……大アリです! ありがとうございます!」
「え、本当ですか!? アリですか!?」
「はい! 飲めないなら、塗ればいいんですよ!」
私は頷くと、ビョルンさんを振り返った。
「染みないようにする工夫、できませんか!?」
ビョルンさんは顎の髭を触りながら、少し考え込む。すると次に口を開いたのはブランシュさんだった。
「塗布剤として、軟膏にするのはいかがでしょう?」
「軟膏!」
私の頭の中で、またしてもポン! と、豆電球が光った。ドラッグストアの陳列棚に並ぶラインナップを思い出した。
「軟膏であれば冒険者たちの傷薬としてだけじゃなくて、ギルドで働く人達にも商品展開できます。湿布やハンドクリームにすれば、もっと簡単に使える!」
「おぉ! なるほど!」
ユウさんも手を叩いた。現代日本を知る彼ならば、イメージしやすいだろう。ビョルンさんは小首を傾げていたが、納得はしてくれたようだ。
「任せる。何をすればいい」
その目はキラキラと輝いて、期待に満ち溢れている。私は頷いて、親指を立てた。
「ふふ、明日からも忙しくなりますよ。覚悟してください!」
こうして幸運草商会の新ブランド、『ハーフ・エリクサーシリーズ』が開発されたのである。このシリーズは後々幸運草商会の稼ぎ頭となり、トラブルメーカーにもなるのだが、それはもう少し先のお話。




