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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
09_迷宮都市編

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222/234

222_暗闇を照らす白い光

 急激な重力と風圧が全身を襲い、景色が猛スピードで下へと流れていく。舌を噛むなよって、こういうことですか!?


「説明不足ぅぅう!!」

 

 悲鳴を上げながら、私は風で飛ばされそうになる鑑定グラスを左手で必死に押さえ、まっすぐに迫り来る天井の蓋を見つめた。

 

「っ、でぇい!!」


 蓋の取っ手を掴み、自重を使って思い切り引っ張る。 

 ガコン! と、扉が開く音が響き、眩いばかりの黄金色の光を放ち始めた。それと同時に、下にあった石碑に劇的な変化が起きた。


「わ、わわ……!?」

  

 先ほどまでルービックキューブのようにバラバラで、色すら一致していなかった石碑の幾何学模様が、まるで精巧な歯車が噛み合ったかのように、ひとりでに回転し始めたのだ。

 

 鈍い音を立てて、乱れていた線と色が綺麗に整えられていく。

 石碑の最後のピースがカチリと組み合わさった瞬間。広間全体が大きく揺れた。


 床に刻まれていた魔術式が一斉に輝きを失い、それと同時に、闘技場の床そのものが、まるで巨大なエレベーターのように凄まじい速度で地下へと下がり始めたのだ。


「ルナさん! やりましたね!」


 足元のはるか下でユウさんが叫ぶ。ブランシュさんは私を見上げて、心配そうに胸の前で手を組んでいた。そう、彼女の心配は最もだ。


「ねぇ! これ、どうやって降りたらいいの!?」


「騒ぐな」


 ビョルンさんの声がすぐ後ろで聞こえた。と思うと、彼が私の身体をひょいと抱き上げて。そして。


「ひゃわぁぁぁあ!!!!」


 真っ逆さまに落ちていった。風魔法があるとはいえ、ジェットコースターが落ちる瞬間のような浮遊感に恐怖を感じないわけがない。私は目を瞑り、目の前の太い首に強く抱きついた。


 ビョルンさんは空中で私の身体を、壊れ物を扱うように優しく、けれど絶対に離さないという強さで横抱きに抱く。

 

 そしてそのまま、急降下する床へと着地した。衝撃はない。ストン、と穏やかな重力を感じる。彼の肩口に顔を埋めた私の耳に、ドクドクと早い心音が伝わってきた。

 

「よくやった」

 

 ビョルンさんは小さく、ほっとしたように息を吐き出すと、私を床にそっと下ろした。

 

「地下へ降りていくようだ。敵の気配はない」


「しばらくは安全、ですかね」


「あぁ。体力を温存しておけ」

  

 ユウさんとブランシュさんも、魔獣の血は被っているものの無傷だったようだ。あの狼型の魔獣たちは、仕掛けが解けたことで、煙のように跡形もなく消滅していた。

 

 ブランシュさんは笑顔を浮かべ、こちらへかけ寄ってくる。そのおっとりとした笑顔には充足感のようなものが滲んでいた。

 

「お見事です、ルナ様」


「よく気付きましたよね。ありがとうございます!」


 ユウさんも額の汗と魔獣の血を拭って、ぺこんと頭を下げてくれた。ビョルンさんはフンと鼻を鳴らしてそれから私の方を振り返る。私の手を握り、回復魔法をかけてくれる。ミニベロスも心配そうに鳴いて、足元に絡みついた。

 

「次の休暇で、魔力の流し方を教えてやる」


 ぽうっと緑色の光が手の中に収まり、ヒリヒリとした痛みがすうっと引いていく。


「へ?」


「魔力を注入する際に、血を流す必要はない」


「そうなんですか?」


 私は首を傾げる。ということは、つまり。私の血は流し損だったということで。

 

「二度と、勝用に自分の身体を切りつけるような真似はするな。次にやったら、お前の取り分から治療費を引くからな」

 

「うぐっ……わ、分かりましたよ。ケチエルフ……」

 

 ぶっきらぼうな小言に、私は少しだけホッとして、小さく笑った。ユウさんとブランシュさんも笑顔を見せてくれて、私達はなんとか(ピット)の中から抜け出したのだった。




 やがて床の動きが止まり、だだっ広い空間に出る。浅い湖のように水に満たされた空間で、ゆるやかに波が立っている。


「……冷てっ。水、ですか?」

 

 ユウさんが大盾を引きずりながら、ジャバジャバと音を立てて周囲を見回した。

 最初は、ただの浅い水たまりかと思った。けれど、緩やかだった波がにわかにざわつき始め、足首を濡らしていた水の傘が、ぐんぐんと増していく。

 

「か、鑑定!」

 

 私はすかさず鑑定グラスを構え、波打つ水面へと視線を落とした。


『水没式トラップ。現在、毎秒数十リットルのペースで地下水源から魔力水が流入中。約三分で天井まで完全に水没』


「水没トラップです! あと三分で天井まで水でいっぱいになります!」


「出口は?」

 

 ビョルンさんの問いかけに周囲を見回して、私は首を横に振った。

 

「暗くて、何も見えません……!」

 

 闘技場から降りてきたこの地下空間は、光が一切届かない底無しの暗闇だった。鑑定グラスのレンズを凝らしても、暗闇の先にあるはずの出口の正確な位置までは捉えきれない。

 

 ジャバジャバと流れ込んでくる水の音だけが不気味に反響し、どこを向いてもただ冷たい水と黒い闇が広がっているだけだ。ミニベロスを抱き上げて、なんとか水に浸からないようにする。

 

「くそっ、どっちに行けばいいんだ!?」

 

 ユウさんが焦りで声を荒らげる。水はすでに、私たちのふくらはぎを越え、膝の高さまで迫っていた。この暗闇の中で迷えば、走ることもできずに全員溺れ死ぬ。

 

 焦燥感が全員を支配しかけた、その時――。

 

「私にお任せ下さい!」

 

 凛とした、けれどどこか熱を帯びた声が暗闇を切り裂いた。


「ブランシュさん?」


 彼女は水に濡れるのも構わず、自身の聖印を両手で天高く掲げた。

 

「私の放つ光こそが、皆様を導く正義の道標です!」


 彼女が魔力を一気に解放した瞬間、視界を焼き尽くさんばかりの、苛烈で圧倒的な白い光が解き放たれた。

 

 キィィィン! と鼓膜を揺らすような魔力音が響き、ブランシュさんの放った聖なる光の奔流が、重苦しい暗闇と波立つ水面を真っ二つに割り裂くようにして、前方の闇へと突き進んでいく。


「すごい……!」


 ユウさんから感嘆の声がもれた。そして、その光のはるか遠くに、ぽっかりと口を開けた上り傾斜の通路が浮かび上がった。

 

「あそこです! 皆様、私に続いてください!」

 

 ブランシュさんが水しぶきを上げて真っ先に走り出した。いつものおっとりした彼女からは考えられないほどの、猛烈なダッシュだ。

 

「ルナ、捕まれ!」

 

「はい!」

 

 ビョルンさんが私の身体を抱え、水をかき分けてブランシュさんの後を追いかけはじめた。ミニベロスも私の腕の中に飛び込んで、くるりと腕にしがみついてきた。

 

「足を止めるな、溺れるぞ!」

 

「走ってます、走ってますから!」

 

 その後ろでは、ユウさんが重い鎧に苦戦しながらも、必死に走っていた。

 

「ブランシュさん、俺が前を行きます! 危ないですよ!」

 

「いいえ、ユウ様! 光を絶やしてはなりません、私の背中に着いてきてください!」

 

 ブランシュさんは魔力を放出し、周囲に群がろうとする水の抵抗を光の結界で弾き飛ばしながら、前を走り続ける。その姿は、暗闇を拒絶する神聖な戦乙女のようでもあり、見ていて胸がざわつくほどに危うかった。


「ビョルンさん……!」


「溺れることはない。捕まってろ」

 

 水はすでにビョルンさんの腰の高さまで達している。私の足が沈み、冷たさに切り刻まれるような感覚がした。きっとビョルンさんはもっと冷たいだろう。


「もうすぐです! 跳んでください!」

 

 ブランシュさんが通路の乾いた石床へと飛び乗る。

 ザザーーッ!! と、私たちのすぐ真後ろで、空間を完全に埋め尽くすようにして水が跳ね上がった。

 

 冷たい水しぶきを浴びながら、私たちは上り坂の通路へと転がり込んだ。ビョルンさんは私をそっと床に下ろすと、濡れた身体のままごろんと横たわる。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ! げほっ、死ぬかと思った……!」

 

 ユウさんは床にへたり込み、激しく咳き込んだ。私の腕の中から飛び降りたミニベロスが、濡れた毛をぶるぶると振って水を飛ばしている。

 

 振り返ると、私たちが今しがた駆け抜けてきたただっ広い空間は、すでに濁った水で完全に満たされ、波立つ水面がすぐ足元まで迫っていた。あと数秒遅ければ、本当に全員溺れ死んでいただろう。

 

「ブランシュさん、ありがとうございました!」

 

 ブランシュさんは衣服の裾を絞りながら、どこか満足げに、静かに微笑んでいた。

 

「お役に立ててなによりです」


 手をかざすと、光はふっと消えて静寂が包み込んだ。


「お前は光魔法の使い手なのか」


 ビョルンさんはブランシュさんに問いかける。少し硬い声だった。


「光魔法の使い手は希少だ。ギルドの連中が欲しがるのも無理はない」


「鉱山の採掘に便利なので、覚えただけなのです」


 ブランシュさんは困ったように頷くと、光の玉をいくつも発生させて、宙に放り投げた。するとぽうっと周囲が淡く光り、ぼんやりと輪郭が浮かび上がる。


「あ……!」


 中央に浮かび上がったのは、仰々しい鉄製の扉。いかにもな場所だ。つまり。


「ようやくボス部屋!!」

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