212_大人の事情
見事なプラチナブロンドの髪の隙間から、アメジストの瞳がじっとこちらの鍋を見つめている。
お互いに見つめ合うこと数秒。彼女はハッと我に返ったように両手で顔を覆うと、耳まで真っ赤にして毛布の中にうずくまってしまった。
「お、お恥ずかしいところを……。忘れてください……!」
「いえいえ! 気にしないでください。あんな狭い袋の中に閉じ込められていたんですから、お腹が空くのは当然ですよ」
私は新しく用意した木椀に、熱々のヒュドラ肉と野草、そしてとろとろの温泉卵をたっぷり絡めて盛り付けた。フォークを添えて、彼女の前にそっと差し出す。
「はい、どうぞ! 卵にはちゃんと火が通っていますから、安心してくださいね」
「……これは、いったい?」
おずおずと顔をのぞかせた彼女は、見たこともない甘辛い匂いのする料理を不思議そうに見つめた。しかし空腹に耐えかねたのか、上品な手つきで肉を一口分、フォークで口へと運んだ。
「……っ!?」
次の瞬間には、女性うっとりと両頬を手で押さえていた。その気品ある顔立ちが、美味しさのあまりとろけるように緩んでいく。
「美味しい……! こんなにも身も心もとろけてしまいそうな素晴らしいお料理、食べたことがありません!」
彼女は夢中で二口、三口とすき焼きを頬張り、少し落ち着いたところで名残惜しそうに器を置いた。そして、毛布を整えて私たちに向かって深々と頭を下げた。
「申し遅れました。私はブランシュ。……かつてクリスタニアにあった王国の末裔です。無法者たちに囚われていた私を救っていただき、心より感謝いたします」
「クリスタニアの王国の末裔……!?」
ユウさんが驚きに目を見張る。ビョルンさんはライムグリーンの瞳を鋭く細め、静かに問いかけた。
「行方不明者事件の裏にギルドの役人が絡んでいるとガイルたちが言っていたが……その出自が原因か」
ビョルンさんの言葉に、ブランシュさんは悲しげに、しかし強い怒りを宿した目で視線を落とした。そして、小さく頷く。
「私は、この島の平穏を取り戻したいのです」
ぎゅっと手を握り、悔しさを滲ませた。
「祖父の代で、我が一族がクリスタニアの権利を失いました。その後は唯一、とあるドワーフの一族が私を育ててくれました。しかし今、彼らは危機に瀕しています」
「危機って?」
身を乗り出して尋ねたのはユウさんだった。ブランシュさんは手にぐっと力を込め、涙を堪えた目で私たちを見る。
「クリスタニアの採掘権を握る、ある悪徳貴族の仕業です。彼らはクリスタニアに眠る富を独占するため、このダンジョンで人々を誘拐し、秘密裏に連行しては強制労働を強いているのです」
「強制労働……っ!?」
ユウさんが息を呑む。ビョルンさんは静かに耳を傾けながらも、疑問を口にした。
「その強制労働と、お前の言うドワーフとの関係は?」
「あの強欲な貴族たちは彼らの高い鍛冶技術と体力を利用するために、私の育ての親であるドワーフたちまでをも捕らえ、過酷な環境で酷使しているのです……!」
アメジストの瞳から、一筋の涙がはらはらと零れ落ちる。
「彼らは、私にとって本当の家族なのです。どうしても、みんなを助けたい……! 」
涙を零して願うその姿は切実で、とても痛ましい。見ているこちらの胸までも苦しくなるようだ。
「私は状況を打開する手がかりを探そうとしました。ですが、先程の冒険者たちに突然襲われたんです」
「十中八九、お前を狙った犯行だろうな。労働力を得る上に目障りな前任者の末裔を消せる。これ以上都合の良いこともないだろう」
「冒険者をよこしたってことは、その貴族は冒険者ギルドとも繋がりがあるってことですよね?」
私の疑問に、ビョルンさんは即座に、ユウさんはしばらく考えてから静かに頷いた。
「俺……全然気づかなかった。冒険者ギルドにいたのに」
「冒険者の多くの方が無関係であることは理解しております。現にあなたがたは信用できる方だと思いましたから」
ブランシュさんは首を横に振って、ユウさんの手を取った。その白い指が、ユウさんの大きな手のひらに重なる。ブランシュさんはユウさんを見て、優しく微笑んだ。その笑みはとても美しく、どんなに強靭な心の持ち主であっても傾いてしまうだろうと思えるほど。同じ女性である私も、ドキドキしてしまうんだから。
「俺、放っておけません」
ユウさんがガタガタと小刻みに震えながら、拳を強く握りしめた。その目は、これまでにないほどの激しい怒りで燃え上がっている。かつて仲間に裏切られ、理不尽に使い捨てられそうになったユウさんだからこそ、囚われた人々の苦しみが他人事とは思えないのだろう。
「元パーティに見捨てられた俺を、ルナさんたちが助けてくれたみたいに。今度は俺が、この盾で困っている人を守りたい」
「本当、ですか?」
ブランシュさんが驚いたように目を見開く。
私はそっとブランシュさんの隣に移動すると、涙を拭えるように清潔なハンカチを差し出しながら、にっこりと笑いかけた。
「元より私たちの目的は、このクリスタニアでの行方不明事件の調査です。因果関係を明らかにして、強制労働刺せられている人を助けましょう!」
「ありがとうございます……!」
ブランシュさんはハンカチを受け取り、今度は嬉し涙を浮かべて何度も深く頭を下げた。
残るは、このパーティの最大戦力であるエルフの元A級冒険者。私とユウさんは、固唾を呑んでビョルンさんの顔を見上げる。
「ビョルンさん……あの」
ユウさんがおそるおそる声をかけると、ビョルンさんは心底めんどくさそうに大きなため息をつき、ガシガシと頭をかいた。
「はぁ……」
彼だってなんだかんだ文句言って、協力してくれる。そう思ったのに。
「我々の仕事は調査のみだ。事件解決は仕事に含まれていない」
「えっ?」
思いもよらなかった返事に、私とユウさんは固まってしまった。私は立ち上がって、ビョルンさんを見下ろした。しかし彼は落ち着きを払って、私たちを諭すように言う。
「貴族が絡んでいるのが厄介だ。我々に命令を下したのはフィッツぃガィルディ公爵家。このクリスタニアを現在収めているのはマキシマ卿だ。しかもマキシマ卿は勇者の関係者。敵に回せば、奴隷解放どころかこちらが奴隷に落とされるぞ」
「そんな……」
「嗅ぎ回っていること自体、危険な橋になる。一度フィッツィガルディに連絡を取り、指示を待つ。フィッツィガルディとて、無計画な介入は望まないはずだ」
ビョルンさんは私たちを諭すように言う。彼とてこの答えを出すのは簡単だったわけじゃない。それがわかっているからこそ、私は静かに引き下がった。いわゆる、大人の事情というやつだ。自分が負いきれない責任を背負うべきではない。それはエリザベスさんの為でもある。
しかし、まだ付き合いの浅いユウさんやブランシュさんにとって、ビョルンさんの言葉は拒絶も同然だ。薄暗い闇が彼らの中に巣食うことになるなんて、私は予想すらしていなかった。




