211_故郷のごちそう
「スキヤキ……? それがお前たちの郷土料理なのか」
「はい。私たちの国のごちそうですよ。今日はゆうさんのパーティ加入のお祝いです」
『ごちそう』と聞いて、ビョルンさんは機嫌良さそうにフン、と鼻を鳴らす。ライムグリーンの瞳はすでに鍋の中の肉に釘付け。完全に「早く食わせろ」のモードになっていた。
「さあユウさん、ビョルンさん、お肉が硬くならないうちにどうぞ! この大きな温泉卵の黄身を、こうして崩して……」
私がスプーンで巨大な温泉卵の真ん中を突くと、ぷるんとした白身の中から、信じられないほど濃厚な、オレンジ色に近い黄金の黄身がとろりと溢れ出した。それが甘辛いタレと混ざり合い、鍋の中で至高のソースへと変化していく。
ユウさんがゴクリと喉を鳴らし、ビョルンさんの耳がぴょこんと上がる。ケルベロスはヨダレを垂らして、足元には水溜まりができていた。
「さぁ、ご飯にしましょう!」
私は黄身がたっぷりかかったところを掬って、木椀に盛りつけた。本当はお米があったら良かったんだけど、贅沢は言っていられない。それにお米がなくても、ふたりはとても嬉しそうだった。
「っ、いただきます!」
「……いただきます」
ユウさんとビョルンさんは同時に手を合わせて、フォークを握る。ユウさんはタレの染みたヒュドラ肉を一枚持ち上げ、とろとろの黄身をたっぷりと絡めて口に運んだ。
「……っ!?」
ユウさんの動きがピタリと止まる。次の瞬間、彼は両手で頭を抱えて、声を震わせた。
「う、うますぎる……! なんだこれ、肉が、肉が口の中で噛まなくても溶けていく……!?」
目に涙を浮かべて、ユウさんは何度も頷いた。肉の旨味を噛み締めるようにゆっくりと咀嚼して、ごくんと飲み込む。
「醤油のコクと肉の脂を、とろっとした卵が全部包み込んで……マイルドなのに、ものすっごく濃厚で……あぁ! 俺、本当にこの世界に来て一番幸せです!」
「……大袈裟だ」
ユウさんを鼻で笑いながら、同じようにお肉を口に運んだビョルンさんが動きを止めた。ボサボサの髪の間から覗くエルフの耳が、喜びを隠しきれずにひょこんと上がる。美味しい物を食べた時の合図だ。
「悪くない」
そんなことを言いながらも、ビョルンさんは既にもう一枚の肉に齧り付いていた。卵に浄化魔法をかける時は散々文句を言われたけれど、なんだかんだ受け入れてくれるあたり、お人好しが隠し切れていない気がする。
「ごちそうなんですから、味わって食べてくださいね」
「はい、味わってまふ!」
口いっぱいに頬張って頷くユウさん。彼におかわりを注いであげると、満面の笑みを見せてくれた。よかった、美味しいものを食べて元気が出たみたいだ。
ビョルンさんとユウさんは次から次へとフォークを動かし、ものすごい勢いですき焼きを口に放り込んでいく。そんなに気に入ってくれて、命がけで不気味な魔物から卵を採ってきた甲斐があったというものだ。
「ワン! くぅん、きゅぅん」
「あ、ごめんね。みんなにはタレなしでじっくり焼いたヒュドラのお肉だよ。ゆっくり食べてね」
「わふわふぅ!」
我慢の限界に達して、きゅうきゅう鳴いていたケルベロスたちに、味付けなしの焼き肉を器に入れてあげる。すると三つの頭が競い合うようにして、ハグハグと肉を貪り始めた。満足そうにぷすぷすと鼻を鳴らしている。
「よしよし、いい子だね」
私が三つの頭を撫でていると、ユウさんは不思議そうな顔をした。
「ルナさんはケルベロスと仲がいいんですね」
「この子達が賢くて、人懐っこいんですよ。ね、クロ・シロ・ブチ」
私がケルベロスのそれぞれの名前を呼びながら喉元の毛を撫でてあげると、きゅるきゅると子犬のように鳴いた。この子達は大きくても、小さくても性格は変わらない。そんな私たちを、ユウさんは微笑んで見守ってくれた。
ケルベロスの食事が落ち着いてから、ようやく自分のお椀を手にした。ビョルンさんはがっついていたけれど、私が食べ始めるとゆっくりと咀嚼するようになった。
「いただきますっ!」
つやつやに光る一枚の肉に、はぐっと食らいつく。そして頭上に稲妻が光った。
「んぅ……!」
口に入れた瞬間、とろける脂がじゅわりと溶けだし、噛む必要さえないくらいに柔らかな肉が舌を喜ばせる。蜜の甘さと醤油の旨みを存分にまとった肉は、それはもう極上で脳まで蕩けそうになった。
「おいっしい……!」
語彙力まで霧散してしまって、私は自然に溢れる笑みを抑えるように口元に手を当てる。
「こうして美味しいお肉を食べられるのも、ビョルンさんとユウさんのおかげです」
「いやいや! こんなに美味しく料理してくれたルナさんの功績も大きいですよ!」
私がお礼を言うと、ユウさんが慌てて付け加えてくれた。ビョルンさんはというと、『当然だ』とでも言うようにどこか誇らしげだ。
「アクア・ヒュドラは討伐数が少ないので、肉を口にする機会も少ない。一般の市場には渡ることなどありえん」
「つまり?」
「二度目の機会ははそう簡単には得られない。味わって食え」
「ははぁ、ありがたく頂戴いたします」
私は木椀を恭しく掲げると、ビョルンさんは呆れたように私の腹を小突いた。痛くないけどくすぐったくて、笑いがこぼれてしまった。
そうして一杯目のお椀が空になった時、どこからが威勢のいい腹の音が聞こえる。
ぐうぅうぅ……。
「お、俺じゃないですよ」
弁明しようと首を横に振るユウさん。ついでにビョルンさんも小さく首を振っていたので、犯人は二人ではならしい。
では、誰の?
三人で振り返ると、先程まで眠っていたはずのアメジストがこちらをじっと見つめていた。




