210_温玉のせって、なんか特別感あるよね
「ひゃああああああ!?」
前略。私とビョルンさんは、卵を抱えてダンジョンの中を爆走していた。
休憩所からさほど離れていないところに、ハーピーの巣はあった。ビョルンさんは気配で察していたのだろう。その岩棚に巣があり、大きくて青い卵をひとつ、無事に手に入れることができた。の、だが。
運悪く、親鳥が戻ってきてしまったのだ。
ハーピーとは、巨大な猛禽類の身体を持った魔物だった。そこまではいい。問題は、その首から上が、生々しい『人間の女性の生首』にそっくりなことだった。そのおぞましい魔物が、鳴き声をあげ、爪をむきだして追いかけてくる。
「鳥じゃなくて、人間!? いや、鳥!? 顔が怖すぎるんですけど!?」
「言っただろう、ハーピーだと。上半身は女、下半身は鳥の魔物だ」
「聞いてません! もっと可愛い感じの、ちょっと大きめの雷鳥的な魔物想像してました!」
「魔物に可愛らしさを求めるな」
走りながら私が叫んだ瞬間、一羽のハーピーが大きく口を開けた。
ギギャァァァァッッ!!!
「……!?」
脳を直接かきむしられるような、凄まじい奇声が岩壁に反響する。まるで黒板に爪を立てた時に出る音みたいな、不快な不協和音だ。耳の奥がキーンと痛くなり、立っていられなくなるほどの精神攻撃。私は思わず耳を塞いでその場にうずくまった。
「ルナ!」
ビョルンさんは剣を引き抜くと、私を背中に庇うように前に出た。エルフの鋭い耳はこういう音波に弱そうなのに、彼は眉ひとつ動かさない。ビョルンさんの精神力の強さゆえだろうか。
ギシャァァッ!
侵入者を排除するため、上空から三羽のハーピーが一斉に急降下してきた。
人間離れした鋭い肉食鳥の爪が、ビョルンさんの顔面めがけて突き出される。しかし、ビョルンさんの動きの方が遥かに早かった。
「『風よ、吹き荒べ』!」
短い詠唱とともに剣を真横に一閃すると、大きな竜巻がたちのぼり、襲いかかったハーピーたちをまとめて叩き落とした。ドサドサと地面に落ちた彼女たちは、気絶したように動かなくなる。
「無事か」
「は、はい! 卵は無事です!」
私の返答に、不満そうなビョルンさん。
「ええと、私も無事です。お陰様で」
少し照れくさいので、視線を下げて頷いてみせる。するとビョルンさんの耳がひょこんとあがり、機嫌良さそうに揺れた。
「群れが本格的に怒り出す前に、ずらかるぞ」
上空を見上げると、仲間をやられた無数のハーピーたちが、顔を真っ赤にして髪を振り乱し、今にも総攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だ。怖すぎる。夜に見たら絶対にうなされる。
「捕まってろ」
「へ、わぁあっ!?」
ビョルンさんは私をひょいと抱えあげると、風のように走り出した。
背後から数十羽のハーピーによる、鼓膜が破れそうな大合唱の奇声が追いかけてくる。私たちは脱兎のごとく通路を走り抜け、ハーピーの生息地を後にしたのだった。
「ってことがあって、遅くなりました」
安全地帯に戻り、ケルベロスとユウさんのところに戻る。ボロボロになった私とビョルンさんを見て、ゆうさんは驚いたように目を丸めた。
「お疲れ様でした。食料調達に行ってたなんて思いませんでしたよ」
「ダンジョンでは、栄養のあるご飯を食べて欲しいですからね。それに……」
言葉を区切って、まだ気を失っている女性を見る。ケルベロスが守るように三つの頭をもたげ、足の下で匿ってくれていた。
「辛いことがあった時は、美味しいものを食べたくなるじゃないですか」
「そうですね。俺、なにか手伝いましょうか?」
「ちょうど良かった。アクア・ヒュドラのお肉を切るのを手伝ってください!」
「了解!」
私とユウさんは顔を見合せて笑い合うと、手際よく夕食の準備を始めた。私が持参した大きめの鍋を火にかける。休憩所の一角に、じわじわと温かい熱気が広がり始めた。
そして次に取り出したのは、アクア・ヒュドラの霜降り肉。上級魔物の肉だけあって、白く美しいサシが入っている。ユウさんはナイフで、贅沢に少し厚めにスライスしていく。ナイフの切れ味もさることながら、肉の脂がちょうどよく、すうっと刃が通る。
「うわ、柔らかいな。高級和牛みたいだ」
「サシがいい感じですよね。きっと美味しいですよ」
ユウさんが信じられないものを見るような目で、肉塊を見つめている。
「こっちでは何を食べてたんですか?」
ユウさんの顔が曇る。
「魔物肉はあまり食べなかったんですよ。売った方が金になるからって」
たしかに、それはそうだよなと納得する。
「それにこっちのご飯はなんだか味気なくて。ルナさんたちに会うまで、食べる楽しみなんて忘れてましたよ」
「そうだったんですね……」
ユウさんはこの世界でかなり苦労したのだろう。その大きな手のタコや傷が、その苦労を物語っているようだった。だからこそ、私はユウさんに楽しい思い出を作ってほしい。
「ねぇ、ユウさん。これを見てください!」
私がカバンから取り出したのは、さっき命がけで獲ってきたハーピーの卵だ。私の手に余るほどの大きな卵、それは青くツヤツヤで、なかなかの重さがある。
「ご安心ください。卵はちゃんと浄化済みです。食べてもお腹は壊さないし、呪われることもないそうです」
「呪い……は、怖いけど。大丈夫そうなら良かったです。それをどうするんですか? さすがに生食はできないですよね」
「ビョルンさん曰く、さすがに日は通した方がいいって言ってました。だから温泉卵にして鍋に乗せようと思ったんです」
「温泉卵」
ユウさんの目がキラリと輝く。わかる、温玉のせってなんか特別感あるよね。
「実はヒュドラを倒したあの泉の奥、実はちょうどいい湯加減の熱泉が湧き出てたんです。戻る前に、あそこにしばらく卵を浸けておいたんですよ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてみる。
「生食できないのなら、ちょっとした工夫をすればいい。名付けて『地底温泉卵』!」
「おぉー!」
私が卵を掲げると、ユウさんがぱちぱちと拍手をしてくれた。ビョルンさんだったら絶対に得られない反応に、私は気分が上がる。これなら料理にも身が入るというというものだ。
「まずはタレ作りから!」
タクさんにいただいた貴重な醤油に、白酒、臨時の隠し味としてマントラップ・フラワーの蜜をたっぷりと混ぜ合わせる。特製の『割りした』だ。
熱したフライパンにヒュドラの脂身を滑らせ、まずは肉だけを数枚、ジューッと焼き上げる。香ばしい肉の香りが立ち上ったところで、泣き虫球根と野草を投入。具材に満遍なく火が通ったのを確認して、割りしたを回し入れた。
ジュ……ジュワァァッ!!!
甘辛い醤油の焦げるいい匂いが、ジメジメした休憩所の空気を一瞬で支配する。ケルベロスの鼻がひくひくと動いて、私の背中に擦り付けてきた。
「わわ、ちょっと待ってね。あなたたちにはタレがついてないお肉をあげるから」
「きゅうん」
ぷすぷすと切なげに鼻を鳴らす三つの頭を撫でて、最後の仕上げに取り掛かる。
「よし、ユウさんには大役をお願いしましょう。そこにこの卵を割ってみてください」
「えっ、俺でいいんですか」
「もちろん!殻が硬いので気をつけて」
オイシイトコロは今回は譲ってあげよう。
大役を任されたユウさんはごくりと喉を鳴らし、神妙な顔で頷いた。
「い、いきます!」
ユウさんが言われた通りに青い殻をコンコンと叩き、器の上でパカッと割る。
中からとろんと飛び出してきたのは、白身がうっすらと白濁し、黄身が絶妙な半熟状態になった、完璧な温泉卵だった。しかも通常の卵の五倍はある大きさで、大きな鍋の上でも主役級の存在感を放っている。
「うわあぁ……! いい火加減ですね!」
「ほんとですね! 完璧!」
喜びのあまり私とユウさんはハイタッチをした。彼の笑顔は最初に会った時に比べて、とても明るかった。
「さてさて、そろそろいいかな……って、わぁ!」
ビョルンさんを呼ぼうとして振り返る。しかし彼の名前を呼ぶ前に、すぐ後ろに立っていた。
「腹が減った」
素直すぎる言葉に吹き出しそうになりながら、私は鍋を指さす。ダンジョン攻略中だって、ご馳走を食べたって許されるはず。だから、わたしはじしんまんまんにこたえた。
「今完成したところです。『異世界風スキヤキ・地底温泉玉子のせ』!」




