209_麻袋のお姫様
「に、人間……っ!?」
私の言葉に、ユウさんが息を呑む。
「酷く怯えた脈を打っていた。……あの引きずり方だ、まともな扱いではないだろう」
ビョルンさんは足音を一切立てずに、暗い通路を迷わずに進んでいく。
「どうして人間を袋に入れて運んでるんでしょう?」
私が尋ねると、ビョルンさんは機嫌悪そうに舌打ちをした。
「ダンジョン内での拉致は珍しくもない。おおかた、奴隷の密輸だろう」
「ど、奴隷……むぐっ」
私が驚いて声をあげようとしたら、ビョルンさんの指に阻まれた。いや、でも、だって。思ってもみなかった言葉が出てきちゃったんだもの。
「この世界に……いるんですか? その、見かけたことがなくて」
ユウさんは私の代わりに質問してくれる。ビョルンさんは苦しげな顔のまま、小さく頷いた。
「表向きには禁止されている。だがこの島では貴族の目が届きにくいせいで、無法者が好き勝手しているんだろう」
「もしかして、行方不明者事件って」
ビョルンさんは静かに頷いた。まるで彼にはこの答えが見えていたかのような、確信めいた表情だった。
「ユウ、構えろ。だが音は立てるな」
「は、はい!」
ユウさんは慌てて大盾の位置を調整し、金属が擦れ合う音を最小限に抑える。さすが冒険者というか、こういう時の気配を殺して波風を立てない動きは驚くほど上手かった。
私たちは通路の曲がり角に身を潜め、前方を行くガイルたちの様子を窺う。少し開けた行き止まりの小部屋で、ガイルたちが大きな麻袋を床にドサリと投げ落とした。袋の中からくぐもった若い女性の呻き声が聞こえる。
「おい、静かにしろ!」
ガイルが苛立ったように袋を蹴りつけた。
「なぁガイル、本当にこいつを『狂い斑の迷路』に運ぶだけで大金が貰えるのか?」
仲間のひとりが不安そうに周囲を見回しながら尋ねる。ガイルは無精髭をガリガリとかきながら、下品に笑った。
「あぁ。ギルドの裏の上級役人が絡んでる仕事だ。だが詳しいことは聞くな。命が惜しけりゃな」
ガイルたちは懐から水筒を取り出して、大きく煽る。私たちは物陰に隠れながら、顔を見合せた。このまま放っておくことはできないし、なにより人命優先だ。
「どうしますか?」
「決まってる」
ビョルンさんは得意げにフンと鼻を鳴らして私の頭をポンと撫でた。それは私に対する待機の合図。私は静かに頷いて、物陰に隠れる。ビョルンさんならきっと大丈夫だと信じているから。
「行くぞ」
ビョルンさんが飛び出すと同時に、凄まじい風圧が小部屋を吹き抜けた。
「なっ、お前らはさっきの――!」
「ユウ!」
「はいっ!」
ガイルが武器を抜くより早く、ユウさんが弾かれたように飛び出した。ユウさんは通路を完全に塞ぐ形で盾を構え、ガイルたちの退路を塞ぐ。逃げ道を失った男たちに、ビョルンさんの剣が容赦なく襲いかかった。
「ひぃっ!?」
風の魔力をまとった見事な峰打ちが、ガイルの仲間の腹部へと正確に叩き込まれ、二人が一瞬で白目を剥いて卒倒した。
「退け!」
「逃がすか!」
残されたガイルが慌てて逃げようとするが、ユウさんの縦に弾かれて、尻もちをつく。最後の抵抗としてガイルはがむしゃらに剣を振り回すが、ビョルンさんはそれを余裕の表情でかわし、冷酷な目でガイルの首筋に刃を突き立てる。
「動くな。まだ首は繋がっていたいだろう?」
「ひっ、あ、あぁ……」
ガイルは完全に腰を抜かし、その場にへたり込んだ。鮮やかなコンビネーションに、拍手を送る。
「ルナ、袋を確認しろ」
「はい!」
ビョルンさんの声に弾かれたように飛び出し、急いで麻袋の紐を解こうとした。
「う、硬い」
「俺が切りますよ。下がっててください」
私の腕で解くには縄が硬かったので、ユウさんがナイフで切ってくれる。そして、麻袋の中から出てきたのは……。
「わぁ……!?」
物語に出てくる、お姫様のような女性だった。艶やかな絹のようなプラチナブロンド、長い睫毛が縁取るアメジストの瞳。はらはらと涙を流しながら恐怖に身体を震わせている彼女は、ユウさんを見て彼に抱きついた。
「大丈夫です、もう安全ですよ。俺たちはあなたの味方です」
ユウさんが優しく声をかけると、その女性は震えながら言った。
「私、この人達に突然襲われて……長い間、この袋の中に入れられていて……」
「そうだったんですね。怖かったでしょう」
ユウさんは戸惑いながらも、女性を落ち着かせるように優しい声を出した。手の置き所がわからず彷徨っているが。
「とにかく、先程の安全地帯に戻りましょう。休息が必要ですよ」
私が駆け寄って女性の肩に毛布をかけると、彼女は張り詰めていた糸が切れたように、その場に倒れてしまった。ユウさんに一旦任せて、私はビョルンさんを見上げる。
「戻る前に状況整理だ。おい、ガイルと言ったな」
ビョルンさんが歩を進めて剣の先をガイルの喉元に食い込ませる。あと数ミリで流血沙汰だ。ライムグリーンの瞳は、これまでにないほどの怒りで燃え上がっていた。
「ギルドが絡んでいるというのは、どういう意味だ」
「お、俺は本当に、ただ運搬を頼まれただけだ! ギルドの役人から『セレスティウムからの荷物を運べば金貨百枚くれてやる』って吹き込まれて」
「……身の程知らずの強欲どもが」
ビョルンさんは冷たく吐き捨てると、ガイルの首筋を剣の柄で強く殴りつけ、完全に気絶させた。
「こいつら、どうしましょう。役人に突き出しますか?」
「黒幕がギルド関係者ならば、役人もグルだろう。突き出したとても、こちらが陥れられるだけだ」
「そんな……」
「とにかく、今はこの女の話を聞くしかあるまい。休息所に戻る」
ビョルンさんはそれだけ言うと、足早に立ち去ろうとする。私はビョルンさんの後ろ姿を見て、なぜか不安が芽生えてしまう。どこか苦しそうなのだ。
「ユウさん、先に戻っていただけますか」
「え? はい、わかりました」
ユウさんに女性を預けて、私はビョルンさんの後を追いかけた。
「ビョルンさん!」
私は休憩所から続く通路を進むビョルンさんを呼び止めた。彼は私の声を無視したりしない。律儀にも足を止めて、振り返ってくれる。
「なんだ」
「あの、大丈夫ですか。調子が良くないみたいだから」
ビョルンさんは少し驚いたように目を見開き、諦めたように大きく息を吐いた。ガシガシと頭をかき、私を見下ろす。
「問題ない」
嘘だ。ビョルンさんは存外わかりやすい。今だって耳が元気なく垂れている。
しかしそんなことを指摘しても、きっと彼ははぐらかすだけだろう。だったら私だって考えがある。
「えいっ」
「は?」
私は背伸びをしてビョルンさんの頭に手を置いた。猫背になっていても、かろうじて届く距離感。かかとが地面から離れてプルプル震える。
「いつものお返し、です」
わたしはニッと笑顔を見せた。ビョルンさんは言葉の代わりに温もりをくれる。だから私もそのお返しがしたい。
「ったく、お前は……」
心底呆れ返った声を出すビョルンさん。でも耳はほんのり赤くなって、ひょこんと上がっていた。
「とにかく休憩しましょう。あのアクア・ヒュドラって食べられますかね?」
「浄化して、火を通せば大体の魔物は食える。毒もない」
「いいですね。じゃあ今日はすき焼きにしましょう」
私が元気よく言うと、ビョルンさんは未知の単語を子供のように繰り返す。そんなあどけない表情も見せるなんて、きっとユウさんが見たら驚くだろうな。
「スキヤキ?」
「私の故郷の郷土料理です。本当はクックホッパーの卵があったらいいんだけどなぁ」
「ハーピーなら、どうだ。卵はクックホッパーに似た味がする」
「お! じゃあそれで代用しましょう!」
「採集に行くぞ。ついてこい」
「はいっ!」
ハーピーって魔物、どんなのか知らないけれど、ビョルンさんが言うならきっと大丈夫だろう。そんな楽観的な考えで、いつものようにビョルンさんの背中を追いかけた。
そしてこの後、どんな魔物なのかちゃんと聞いておかなかったことを後悔することとなる。




