208_新たな事件の香り
アクア・ヒュドラとの激闘を終え、私たちはダンジョン中層にある広めの休憩所にたどり着いた。
ここは魔物が立ち入らない安全地帯で、ランタンの明かりの下、他の冒険者たちもいくつか焚き火を囲んで身体を休めている。
「今日はここで仮眠を取る」
ビョルンさんは背中の大きな荷物を置いて、どっかりと座り込んだ。背中の荷物はというと、アクア・ヒュドラの素材とお肉だ。ここだけの話、ランクが高くなるほど肉質が良いらしく、美味しいらしい。ビョルンさんの魔法のおかげで保存状態も保てるということで、後で食べようと画策しているところなのだ。
「俺が見張りをするんで、二人は休んでください」
同じく背中からアクア・ヒュドラの素材を下ろしたユウさんが、そんな提案をしてくれる。しかしビョルンさんは首を横に振った。
「ヒュドラの体液でポーションを作る。それを売れば、小銭程度にはなるだろう」
「ヌシの体液ってことは、エリクサーが作れるってことですか?」
「完全なものではないがな」
エリクサーというと、ゲームとかでいうとても貴重な薬なんじゃなかったっけ。
「そんな貴重なものが作れるんですか?」
「あぁ。だが所詮劣化版だ。正規品はセレスティウムでしか取り扱いがない」
ビョルンさんは淡々と言うと、調薬器具を取り出して並べていく。私も手伝おうとしたけれど、二人から休めと言われてしまっては大人しくするしかない。
「くぅん」
背中に荷物を載せていたケルベロスが甘えるように三つの頭を私に押し付けてくる。私は荷物を下ろして、足輪を嵌めてあげた。すると大きかった身体はしゅるしゅると縮み、私の腕の中に飛び込んできた。
「寝る前にキレイにしよっか。おいで」
私は治癒魔法をかけてもらってご機嫌のミニベロスを膝に乗せて、ブラッシングをすることにした。ごわついた黒い毛を解しながら、毛並みを整える。クロ・シロ・ブチはそれぞれうっとりと目を細め、舌を出しながらお腹を見せていた。そんな様子を見て、私もなんだかウトウトとしてしまう。
「ルナさん、寝床準備できたんで寝ていいですよ」
「あ……すみません、ユウさん。ありがとうございます」
眠気まなこを擦っている私のところにユウさんがやって来て、敷いてくれたばかりの毛布を指さす。 私はお言葉に甘えて、ミニベロスと一緒に寝床に入ろうと
下品な笑い声とともに、ガシャガシャと金属音を響かせて三人組の冒険者が近づいてきた。何やら大きな荷物を引きずっていて、物騒なことこの上ない。
「おいおい、見ろよ。誰かと思えば、リチャードのところで燻ってた盾持ちじゃねえか」
中央にいるのは、無精髭を生やした体格のいい戦士だ。その目は明らかにユウさんを侮蔑している。
「……ッ」
ユウさんの身体が、一瞬でこわばった。
「リチャードに捨てられたと思ったら、今度は耳長と小娘の金魚のフンか?」
「おいおいガイル、よせよ。こいつは言葉もロクに通じねえ異世界人だぜ? リチャードたちにタダ同然で使われてたのも、この世界の常識を教えてもらう授業料みたいなもんだ」
男たちの言葉には、隠そうともしない異世界人への差別と偏見が満ちていた。周囲の冒険者たちも、関わり合いになりたくないのか、見て見ぬふりをして目を逸らしている。
「失せろ。貴様らと無駄口を叩く暇はない」
ビョルンさんが冷え切った声で言い放ち、手元に置いていた長剣の柄にそっと手をかけた。ライムグリーンの瞳が、凍りつくような威圧感を放つ。
男たちが一瞬、その気迫に気圧されて声を詰まらせた。しかし中央の男、ガイルと呼ばれた戦士は、鼻で笑ってユウさんを指差した。
「おいおい、耳長が出来損ないを庇うのか? そいつは前のパーティでも、いざって時に盾も構えず震えて仲間を危険に晒した、ただの臆病者だぜ?」
「それは……っ!」
ユウさんが悔しそうに拳を握りしめ、声を絞り出す。
「リチャードたちが、俺をわざと囮にして……指示通りに動いたのに、俺のせいにされて……!」
「ハッ! 言い訳かよ。異世界人はどいつもこいつも口だけは達者だな」
言い返そうとするユウさんの肩は項垂れている。そんな姿を見ていられなくて、私は立ち上がってユウさんの前に出た。ミニベロスも私の足元で、低い唸り声を上げながら三つの頭の牙を剥き出しにしている。
「ユウさんは臆病者なんかじゃありません。魔物のブレスを真っ向から防ぎきった、最高の盾持ちです」
「あぁ? 小娘、嘘つくならもっとマシな嘘つけよ」
「嘘じゃありません!」
私は食ってかかるが、ガイルはニヤニヤとバカにしたような笑みを浮かべるだけだ。悔しくて拳を握りしめると、後ろから肩に手を添えられた。ビョルンさんがめんどうくさそうに頭をかきながら、その大きな身体でガイルたちを見下ろす。
「これ以上、うちの前衛にケチを付けるなら決闘を申し込む」
ビョルンさんが静かに、しかし圧倒的なプレッシャーを放つと休憩所の空気が一瞬で氷点下まで下がった。
その強者のオーラに、ガイルたちは本能的な恐怖を感じたのか、引きつった顔でじりじりと後退し始めた。
「ちっ……。リチャードの言う通り、異世界人とつるむ奴はどいつもこいつも狂ってやがる。……行くぞ!」
男たちが去った後、休憩所には再び静けさが戻った。
ユウさんは深くため息をつき、自らの大盾を見つめながら静かに呟いた。
「……すみません。俺のせいで、また不快な思いをさせてしまって」
「何言ってるんですか、ユウさん」
私はユウさんの隣に立って、ポンポンと背中を叩いた。
「悪いのはあいつらです。それに、さっきビョルンさんも言ってくれたじゃないですか。『うちの前衛』って」
「……あ。そう、ですね」
ユウさんは少し耳を赤くしているビョルンさんを盗み見て、嬉しそうに微笑んだ。ビョルンさんはというと、ふいっぽそっぽを向いて、腕を組んでいる。なにか考え込んでいるようだ。
「ビョルンさん、どうしたんです?」
「奴らの跡をつけるぞ。準備しろ」
「えっ?」
ビョルンさんは広げようとしていたものを片付けて、ひとつに固める。そしてミニベロスの足輪を外して、こう命令した。
「駄犬、荷物を見張っていろ。ルナ、ユウ。まだ動けるな」
「動けますけれど、どうしたんですか?」
ビョルンさんは相変わらず言葉足らずだ。しかし彼は非効率的なことはしないし、意味の無いこともしない。
「あ、待ってくださいよ!」
ビョルンさんは振り返ることなく、先程のガイルたちが消えた方へと歩き出した。私とユウさんは慌ててその後ろについて行く。
人気のない通路まで出ると、ビョルンさんは低く唸るような声で言葉を紡いだ。
「あのガイルとかいう男の荷物を見たか」
突然の質問に、私は首を振る。ビョルンさんはまるで吐き気を堪えるような顔で言った。
「あの荷物の中身は人間だ。心臓の動く音がした」




