207_鉄の防御と三つ首大蛇
「っ、鑑定!」
私は鑑定グラスで目を凝らし、その巨大な質量に焦点を合わせた。水飛沫の向こうで、ぬらぬらと青黒く光る大蛇の首が四つ、五つと蠢いている。
『アクア・ヒュドラ:A級モンスター。高い再生能力を持ち、口から高圧の水流を吐き出す』
「アクア・ヒュドラ……! A級上位の魔物です!」
「ちっ、ダンジョンのヌシが飯の匂いにつられたか。駄犬、来い!」
ミニベロスは三つの頭を同時に縦に振り、私の前に立ちはだかって威嚇の声を上げた。ビョルンさんが足輪を外し、本来の大きな三つ首の魔獣の姿へと戻る。
「グルァァァッ!」
ケルベロスは咆哮を上げながら、アクア・ヒュドラの一つの頭に食らいつく。鋭い爪でヒュドラの大きな鱗を引っ掻き、大きな金属音を立てた。
三つ首の獣と三つ首の蛇が絡み合い、激しい水飛沫を上げる。岩にぶつかる音が響き、アクア・ヒュドラがケルベロスの身体にガブリと噛み付いた。
「……っ!」
私はケルベロスが傷つく姿を見ていられなくて、両手で目を覆う。
「駄犬、戻ってこい!」
ビョルンさんが駆け寄り、ケルベロスに噛み付いた首に剣を突き立てた。アクア・ヒュドラは空気の漏れる音で威嚇して、ケルベロスから離れる。怪我を負ったケルベロスに駆け寄り、私は彼らの首を撫でた。
「ルナ!」
アクア・ヒュドラの一つの頭が、獲物を定めたように激しく鎌首をもたげ、信じられない速度でこちらへと突進してきた。その巨大な顎が、岩陰の私を引き裂こうと迫る。ビョルンさんが私の名前を呼ぶが、間に合わない。
「させるかぁあっ!!」
凄まじい金属音とともに、突進の軌道が強引にねじ曲げられた。
「ユウさん!」
「ルナさん、下がっててください!」
彼は重厚な大盾を地面に深く突き立て、全身の体重を乗せて大蛇の牙を真っ向から弾き返していた。
「ぐ、うおおおおおッ!」
鎧を軋ませながらも、ユウさんは一歩も後ろへ引かない。ユウさんの咆哮に応えるように、ヒュドラの生き残った三つの頭が同時に大きく口を開け、胸元を青白く発光させた。
まともに喰らえば、大盾ごと身体を粉砕されかねない一撃。しかしそれを受け止めた彼の大盾が、黄金の光を放ち始める。それはまさに、私がユニークスキルを発動した時と同じ光だった。
「これ以上の侵入は、断固として拒絶する……! 発動せよ、『ファイアウォール』!!」
ガシャアアアアアン!!!
洞窟内に、まるで巨大な鋼鉄の建造物が閉まるような、重厚な駆動音が鳴り響いた。ユウさんの大盾を中心に展開されたのは、幾重にも組み合わさった光のハニカム構造。強固な『防火扉』のような防壁が、私たちと魔物の間を完全に分断したのだ。
ヒュドラの放った凶悪な三条の水流ブレスが、その光の防火扉へと真正面から激突する。激しい水飛沫と衝撃波が周囲の岩肌を砕くが、ユウさんの防壁はヒビ一つ入らない。
「ここまでの力を隠していたとはな」
さすがのビョルンさんも、その圧倒的な防御力に目を見張っている。水流は光の壁にぶつかった瞬間にすべて霧散し、ユウさんの足元から後ろへは、水一滴すら通さない。
「はは……これくらいは、させてもらわないと!」
ユウさんは大盾を支えながら、不敵に笑ってみせた。
「敵の攻撃は完全にブロックしました! 今です、カウンターを!」
「言われずとも」
ビョルンさんがふっと口角を上げる。防火扉の隙間から、風のようにすり抜けて跳躍した。
「『風よ、切り裂け』!」
ビョルンさんが両手で構えた剣を振り下ろすと、洞窟全体を震わせるほどの巨大な竜巻が巻き起こった。それはヒュドラの巨体を容赦なく巻き込み、すべての首と巨大な胴体を、文字通り一瞬でズタズタの細切れに粉砕していった。
「うわ、うわわわっ!?」
ボタボタとヒュドラだった肉塊が泉へと降ってきて、私は思わず悲鳴をあげた。静寂が、再び神秘的な泉の周りへと戻ってくる。
「はぁ、はぁ……やった、のか……?」
ユウさんが【ファイアウォール】を解除すると、光の防火扉が粒子となって消えていむた。それと同時に張り詰めていた緊張が切れたのか、ユウさんはその場にガクッと膝をつく。
「ユウさん!」
私は急いで駆け寄り、彼の肩を支えた。
「大丈夫ですか!?」
私の言葉に頷くユウさん。
「あんなに頼もしい壁、見たことありませんよ。本当にすごかったです!」
「はい、でも、ちょっと腰が抜けちゃったみたいで……情けないな」
「グルゥ」
ケルベロスもユウさんのを称えるように、彼の頬を三つの頭で代わる代わるペロペロと舐め回している。完全に仲間として認めた証拠だ。
「大した度胸だ」
ビョルンさんが剣についた血を払いながら、歩み寄ってきた。ボサボサの髪の間から覗くライムグリーンの瞳は優しくユウさんを見つめている。
「あのヒュドラの一撃を、真っ向受け止めるとはな。並の冒険者でも装備を投げ出して逃げ出すところだ。今後も励めよ」
「商会長……! ありがとうございます! 俺、役に立ちます!」
褒められたユウさんは嬉しそうに笑い、礼儀正しく頭を下げた。
「さ、これで本当に障害はなくなりましたね! ってことで、アクア・ヒュドラの素材を頂いちゃいましょう!」
「はい!」
私の陽気な声に答えるように、ユウさんも拳をあげる。私たちの脳天気な様子にビョルンさんは呆れるように肩を竦めた。
地下のジメジメした暗闇の中、私たちの笑い声が優しく響く。不当な扱いに傷ついていた異世界人の盾持ちは、今、この場所で最高の居場所を見つけたのだ。




