206_幸運草商会特製・生姜焼きサンド
火の準備ができると、私はさっそく『特製タレ』の調合に取りかかった。ミニベロスは期待の眼差しを向けながらも、私を守ろうと足元に丸まっている。
タクさんにいただいた貴重な醤油に、日本酒によく似た白酒。そこに、市場で見つけて買い込んでおいた炎の球根をすりおろす。ピリッとした辛みと爽やかな香りが鼻を抜けた。
「そして、隠し味に……これ!」
私は先程採集したばかりの、マントラップ・フラワーの蜜をスプーン一杯分、タレの中にポタリと落とした。べっこう飴のような濃厚な甘みとコクが醤油の塩気と混ざり合い、それだけで最高の照り焼きソースのような香りが立ち上る。
「あの蜜を使うのか」
ビョルンさんがスンと鼻を鳴らして、手元を覗き込んできた。味見用のスプーンを彼に差し出して、私は得意げに笑う。
「私の予想が正しければ、きっと美味しくなるはずですよ」
「ん……悪くない」
ビョルンさんはスプーンを舐めると、機嫌良さそうに耳をあげた。どうやら気にいる味だったようだ。
私もひとさじ救って舐めてみる。豆のコクとショウガの刺激、まろやかな蜜の風味が舌を喜ばせた。
「うん、完璧!」
やはり予想通りだ。これは完璧に生姜焼きの味を再現している。いい感じだ。
熱したフライパンに、薄切りにしたアンバーボアの燻製肉と、スライスした泣き虫球根を投入する。ジューッ! という小気味いい音とともに、肉の脂が溶け出し、特有の甘い香りが周囲に広がっていく。
「よし、ここで……!」
肉と野菜に十分火が通ったところで、特製ダレを一気に回し入れる。ここは豪快に、迷いなく!
……ジュワワワワッ!!
立ち上る湯気とともに、蜜の甘さを含んだ醤油の焦げる香ばしい匂いが、ジメジメした洞窟の空気を一瞬で塗り替えていく。
「……」
ごくり。
ビョルンさんが生唾を飲み込む音が聞こえた。彼のライムグリーンの瞳はすでにフライパンに釘付けで、耳はピンと立ち上がっている。分かりやすくて本当に可愛い人……なんて思ってしまうのは、欲目かもしれない。
私は軽く炙っておいた少し硬めのパンをナイフで半分に割り、シャキシャキのレタス代わりに地下で採れる新鮮な水菜を敷いて、その上にタレがたっぷり絡んだ生姜焼きをこれでもかと挟み込んだ。
「お待たせしました! 幸運草商会特製・アンバーボアの生姜焼きサンドです!」
ビョルンさんに手渡すと、彼は大きな口で頬張った。手に余るほどのパンでも、ビョルンさんのひとくちで三分の一は消えてしまう。ザク、シャキ、と小気味良い音を立てながら咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。
「どうですか?」
口元についたタレを拭ってあげながら尋ねると、彼は満足そうに頷く。言葉はなくても、その顔は雄弁に『おいしい』を語っていた。
「きゃうん、くぅん」
「あぁ、皆にはタレがついてないお肉をあげるからね。ほら、おすわり!」
いい匂いに耐えきれなかったのか、ミニベロスが三つの頭で私のズボンの裾を引っ張る。きゅうきゅうと甘える鳴き声をするミニベロスに、炙ったアンバーボアの肉をそれぞれ食べさせてあげた。満足気にぷぅぷぅと鼻を鳴らしているのがかわいい。
ビョルンさんが食べ終わった頃。泉で鎧と身体を綺麗に洗い、すっきりとした姿で戻ってきたユウさんに、出来立てのサンドイッチを差し出した。少し焼き色のついたパンからは、まだ熱々の湯気が上がっている。
「いいんですか? 俺、さっき足手まといになったばかりなのに」
「そんなの気にしなくていいんですよ。ほら、冷めないうちにどうぞ!」
「じゃあ遠慮なく。いただきます!」
ユウさんは恐る恐る、大きな手でサンドイッチを受け取り、大口を開けて思い切りかぶりついた。
ザクッ、と小気味いいパンの音が響き、ぽたりとタレが零れ落ちる。次の瞬間、ユウさんの動きがピタリと止まった。
「……ッ!?」
ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ後、ユウさんは自分の手元にあるサンドイッチと私を、交互に何度も見つめた。その目は驚きで丸く見開かれている。
「お口に合いませんでしたか?」
「い、いやっ!そうじゃなくて!」
慌てたように首をブンブンと横に振るユウさん。
「俺の故郷の味に似てる……母さんの、弁当の味だ」
ほろり……とユウさんの頬に涙が零れた。ビョルンさんもギョッとして耳を下げ、私も慌ててユウさんの顔を覗き込む。ユウさんは涙を止めようとするけれど、涙はこぼれるばかりで止まらない。
「す、すいません。こんなとこ見せるなんて」
「いいんです。ほら、ゆっくり食べてください」
背中をさすってあげると、ユウさんはまたゆっくりとサンドイッチを頬張った。彼が食べ終わった時を見計らって、私は先程浮かんだ仮説を、恐る恐る口にした。
「ユウさんの故郷って、異世界なんじゃありませんか」
「……!」
ユウさんは驚きと、そして恐れを顕にした目で私を見た。その目からはどことなく深い悲しみすら感じた。その悲しみに寄り添いたくて、私はユウさんの傍に座った。そしてなるべく落ち着いた声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私もなんです」
「え……?」
「私も、異世界から来ました」
まっすぐとユウさんの目を見て、静かに頷いた。この世界にとって異世界人とは異質な存在。数が多いとされるこの迷宮都市でも、きっと多くの苦労があったのだろう。ユウさんは、私やタクさんとは違い寄り添ってくれるパートナーがいなかったのかもしれない。
「大丈夫。私たちは仲間ですよ」
私の言葉に戸惑っているユウさんに、ビョルンさんも静かに語りかける。
「少なくとも、我々はお前を追い出すことはない。お前の有用性を理解している」
素直じゃないけれど、どっしりと構えたビョルンさんの言葉は頼もしい。ユウさんは涙を拭って、私たちに頭を下げた。
「俺、宝条優っていいます。こっちではユウって名前で、冒険者になりました」
「私は星宮瑠奈です。ユウさんはいつからこっちの世界に?」
「半年くらい前に。会社帰りの電車で居眠りしちゃって、そしたらこっちの世界に来てたんです」
私と同じ境遇だったことに、親近感を覚える。
「それから異世界人は冒険者ギルドに来いって言われて、気づいたらこんなことに」
ユウさんは大盾を触りながら、遠い目をした。傷ついたような顔で、どこか悲しげだ。
「リチャードたちの前にも組んでいたパーティーがいたんですけど……俺じゃ守れなきれなくて、解散したんです」
「そう、だったんですね」
「異世界人だからって差別されることも多くて。リチャードたちにはほとんどタダ働き同然で雇われてたんです。だから、俺……」
ユウさんが言葉を続けようとした時、足元のミニベロスが飛び上がって牙を剥き出す。そして小さな身体からは考えられないような、低い唸り声をあげた。
「っ、下がれ!」
ビョルンさんが私を抱き抱え、大きく後退する。ユウさんは盾を構えて、襲い来る水しぶきを跳ね返した。泉の方からざぶんざぶんと水が溢れ出し、大きな魔物の頭が露になる。その姿を見て、私の背筋が凍った。頭の中が警鐘を鳴らし、今すぐ逃げろと叫ぶ。
「な、なにあれ……!!」
複数の頭を持つ大蛇が、私たちを静かに見下ろしていた。




