205_甘い蜜と苦い失態
ビョルンさんが地面を蹴ると同時に、食人植物の群れが一斉に動いた。大蛇のような蔦が何十本も、鞭のような鋭い音を立てて押し寄せてくる。
「ひぇっ!?」
「ぎゃうワン!」
ミニベロスが私の前に躍り出て、迫り来る蔦を鋭い牙で噛みちぎり、激しく頭を振って引きちぎっていく。
「『風よ、切り裂け』」
ビョルンさんが左手を軽く一振りすると、竜巻が幾重にも生み出され、野菜でも切るかのように蔦をスパスパと細切れにしていった。ビョルンさんは一歩も引かずに剣を構え直す。
「ルナ、鑑定グラスでユウを呑んだ個体を探せ。形が歪になっているか、魔力の流れが乱れているはずだ」
「わかりました!」
私は鑑定グラスを覗き込み、毒々しい花弁の群れを凝視した。群れの少し奥、ひときわ大きく膨らんだ個体のステータスが表示される。
『マントラップ・フラワー(変異種): B級モンスター。現在、胃袋に高密度の金属を内包中』
「ビョルンさん、一番奥にいる紫色の個体です! あいつのお腹の中にユウさんがいます!」
「了解」
ビョルンさんは凄まじい脚力で地面を蹴った。襲いかかってくる蔦をひらりひらりとかわし、ターゲットの目の前へと着地する。
マントラップ・フラワーは外敵の接近を察知し、ユウさんを消化中の大きな袋状の花弁をさらに固く閉じようとした。
「させるか」
ビョルンさんの左手から放たれた強烈な空気の塊が、マントラップの結合部へと叩きつけられ、無理やりその口を抉じ開けた。
ネチャァ……と嫌な音を立てて開いた花弁の奥、ドロドロとした緑色の消化液の中に、ユウさんの鎧の姿が見えた。ケホッと空気を吐く音がした。良かった、生きてる。
「ユウさん!!」
「ったく、手のかかる……」
そう言いながらも、ビョルンさんは迷うことなく空いた左手をマントラップのネバつくお腹の中へと突っ込んだ。そして、ユウさんの鎧の襟首をがっしりと掴む。
「ふんッ!!」
短い気合の掛け声とともに、ビョルンさんが腕に力を込めた。大盾を持った重装備の人間一人を、まるで池から魚でも釣り上げるかのような勢いで、一気に引きずり出したのだ。
激しい水音とともに、頭からつま先まで粘着質の液体でベトベトになったユウさんが、地面へと転がり出た。
「ぶはっ!! げほっ、ごほっ……! た、助かった……!?」
ユウさんは激しく咳き込みながら四つん過いになり、大きく空気を吸い込んだ。間一髪で引きずり出されたおかげで、中身のユウさん自身は無傷のようだ。
「ユウさん、大丈夫ですか!?」
「ルナさん……! すみません、完全に油断しました。あの中、息ができなくて本当に死ぬかと……」
ユウさんは情けない声を上げながら、顔についた粘液を手でゴシゴシと拭っている。何はともあれ、五体満足で本当に良かった。
「ふん、手のかかる小僧だ。一歩遅ければ、鎧ごと綺麗な骨になるところだったぞ」
「ワゥ、ワン!」
ミニベロスたちはユウさんの周りをぐるぐると回りながら、無事を喜ぶように尻尾を振っている。断ち切られた蔦を掴んで、ブンブンと振り回していた。
ビョルンさんは腕についた粘液をひどく嫌そうに振り払う。その後に剣を引き抜き、マントラップ・フラワーの根元を一閃して完全に沈黙させた。
「ありがとうございます、商会長……」
ユウさんが申し訳なさそうに、ベトベトの顔でビョルンさんを見上げた。ビョルンさんはフイッとそっぽを向いて、切り裂いたマントラップ・フラワーの残骸へと歩み寄ってしまう。
「勘違いするな。素材採集のついでだ」
そんな素直じゃないことを言いながら、手際よく持参の小瓶を取り出し、破れた袋の底から黄金色に輝く液体を流し込んでいく。
「綺麗な蜜ですねぇ。花弁の色とは比べ物にならないくらい」
「食人植物の蜜は貴重だ。だがその味はどんな蜜にも勝る。舐めるか」
「やった!」
私はビョルンさんの隣にしゃがみこんで、蜜壷に人差し指を突っ込む。そしてペロリと一口。
「んん!?」
口の中に広がるのはメープルシロップのような香ばしさと、べっこう飴のような砂糖の甘さ。キャラメルのように舌に絡みつく粘度の高い蜜に、私は思わず頬を染める。
「ユウさんも食べてみてください。おいしいですよ!」
「え、えぇ?」
戸惑いながらも、ユウさんは恐る恐る蜜をひと掬いして口に含む。そして目をかっぴらいて、顔を上気させる。
「うまい……!」
「ね、こんな楽しみ方もあるんですね」
私が元気づけるように言うと、ユウさんはしょんぼりと肩を落とした。
「すみません、手間をかけさせてしまって」
情けないと思っているのか、彼の手は小さく震えている。私はそんなユウさんの背中をポンポンと叩いて慰めた。
「気にしないでください。私達はパーティなので」
「でも商会長に武器を抜かせるなんて、護衛失格です」
きっとビョルンさんの態度に、不安を煽られてしまったのだろう。彼はパーティを追われてまもない身、デリケートな状態だ。
「大丈夫ですよ。ビョルンさんてば素直じゃなくて。こう見えてもユウさんが連れ去られた時、本当はすごく焦った顔をして崖から飛び降りたんですから」
「え? 本当ですか?」
ぱちくりと目を瞬かせるユウさん。
「ビョルンさんは仲間を見捨てたりしません、絶対に」
私は力強く頷いた。ビョルンさんはというと、気まずそうにしながらも、尖ったエルフの耳をほんのり赤く染めている。本当に、どこまでも素直じゃないんだから。
「水の流れる音がする。水場で休息するぞ」
「やった! ご飯にしましょう!」
「お前は食うことばかりだな」
「ビョルンさんには言われたくありません!」
私が頬を膨らませてみせると、ビョルンさんは喉を鳴らして笑う。そしてぽすぽすと頭を撫でて、洞窟のさらに奥に向かって歩き始めた。私はユウさんを見上げて、ひとつ頷く。
「ユウさんもお疲れでしょう。ちょっと休憩しませんとね」
「ありがとうございます」
ユウさんはどこか苦い顔をして頷いた。さっきは励ましてみたけれど、やっぱりまだ早々の失態を気にしているのかもしれない。なにか元気づけられるものを食べて貰うほうがいいよな、と私はひとりごちた。
「さっさと行くぞ」
「はーい!」
ビョルンさんが振り返って私たちを呼ぶ。私は鞄の紐を握り直して、ミニベロスと一緒にビョルンさんを追いかけた。ユウさんも大盾を背負い直して、私たちの後ろを付いてきてくれる。私たちは暗くてジメジメした洞窟の中を迷いなく進んだのだった。
「わぁ……!」
洞窟を抜けた先は、神秘的な泉が湧き出ていた。とても静かな場所で、先程までの魔物の気配もしない。安全な場所だと判断して、私は荷物を下ろした。
「ユウ、さっさと身を清めろ。魔物の体液は魔物を惹きつける」
「は、はい! すぐに流します!」
ユウさんはビョルンさんの言葉に頷いて、慌てて装備を外し始めた。私は近くにある枝を集めて、火を起こせる場所を作る。ビョルンさんはというと、周囲を警戒しながら剣の手入れを始めた。
「わぅ!」
「ありがと。いい子だねぇ」
ミニベロスも手伝ってくれたおかげで、焚き火の準備は整った。
「ビョルンさん、火つけてください」
「ん」
ビョルンさんなパチンと指を鳴らすと、焚き火に小さな火が灯る。私はふうふうと息を吹きかけて、火を膨らませた。
「ねぇ、ビョルンさん」
「なんだ」
「ユウさん、大丈夫でしょうか」
ビョルンさんは耳を下げて、頭をガシガシとかく。そして気まずそうに、泉で装備を洗うユウさんの後ろ姿を見つめた。
「パーティを追い出されてからすぐに同行してもらいましたけれど、きっと疲れてるんじゃないかなと思って」
「……かもしれんな」
ふすん、と鼻を鳴らすビョルンさん。
「だから、歓迎会をしようと思って」
「こんな野営地で?」
「ふふ、ここで良いモノがあります」
私が取り出したのは、タクさんに頂いた醤油である。そして市場で買った日本酒のような白酒。
「それにですね、異世界人が多いおかげでそれっぽい味の調味料が売られてたんです」
「いつの間にそんなものを買ったんだ」
呆れたように肩を竦めて、口角をあげた。そして私の考えを察したのか鞄の中からアンバーボアの燻製肉を取り出して、私の手に収める。
「泣き虫球根と炒めて、サンドイッチにしましょうか」
「ん」
ビョルンさんの耳がひょこんと跳ねた。この食いしん坊エルフを満足させることができるのなら、きっとユウさんも喜んでくれるに違いない。
「よしっ、じゃあ早速作っていきますよ!」




