204_新たなパーティー、ダンジョンをゆく
ビョルンさんが灯した淡い光の球が、湿った岩肌をうっすらと浮かび上がらせる。
道は想像以上に急勾配で、一歩足を踏み外せば遥か底まで真っ逆さまだ。整備された階段や安全柵なんてものは当然なく、うっかり気を抜くと命を落としてしまいそうな危険な道。気を引き締めて、一歩一歩をしっかり地面を踏みしめた。
「ルナ、転ぶなよ」
「はい、気を付けます。おっとっと……!」
「ったく。言ってるそばから危なっかしいな、お前は」
砂利で滑って転びかけた私の腕を、ビョルンさんが掴んで引いてくれる。その大きな腕に触れていると安心した。私の腕を掴んだまま前を進むビョルンさんと、それを受け入れている私。私達の様子を見て、ユウさんが目を細めた。
「お二人って、仲がいいんですね」
彼の和やかな言葉に、私は頷いた。仲が良いか悪いかでいえば、良い方だと思うから。
「最初の頃は、どうなるかと思ったんですけどね」
「そうなんですか?」
「ビョルンさんったら、本当に言葉にするのが下手で。前だったら私の首根っこ掴んでたぐらいですよ」
そういえば最近は、前みたいに首根っこを掴まれたり、落っことされたりすることはなくなったような。細かいところで私への扱い方が変わった気がする。ビョルンさんは気まずそうに耳を垂らしながらも、私の腕を離すことはなかった。
「目を離したら、すぐに危険に突っ込むせいだ」
「そんなことありませんよ」
「ある」
有無を言わせないキッパリとした言葉に、私は頬をむぅっと膨らませてみせる。私を揶揄うビョルンさんの耳は機嫌良さそうに上がっていた。
「仲の良い人達とパーティーを組めて嬉しいです」
「前のパーティーは違ったんですか?」
私の問いかけに対して、少し悲しげに頷くユウさん。たしかに、あのメンバーを見る感じでは人間関係は良好ではなさそうだ。
「リチャードは俺が組む三組目のパーティーだったんですけどね。一番金払いが良くて、差別も少なかった」
「差別、ですか」
「リザードマンがいたでしょ。この街じゃ、人間族以外を誘うのは稀なんですよ」
リチャードという魔術師、言っちゃ悪いけど、とてもじゃないが善良な人とは思えない顔つきだった。それでもマシな部類というのなら、この街の冒険者たちはかなり排他的な人達なのだろう。
カサカサ、と不気味な音が暗闇の奥から響く。ユウさんが大盾をガチリと構え直した。
「……っ、来ます! 俺の後ろに!」
ユウさんの警告と同時に、闇を裂いて飛び出してきたのは、子牛ほどもある巨大なネズミのような魔物だった。それも三匹同時に、鋭い前歯を剥き出しにして突進してくる。
鑑定グラスを覗くと魔物のステータスが表示される。
『ジャイアント・ラット:C級モンスター 前歯と爪には猛毒を持つ』
ユウさんが凹んだ大盾を地面に突き立てるようにして構える。重苦しい衝撃音が響き、一番大きなネズミの突進が完全に止められた。ユウさんは鎧を軋ませながらも一歩も引かない。
「前歯と爪に毒があります。気を付けて!」
「ユウ、お前は左の魔物をやれ。俺は残り二体を片付ける」
ビョルンさんは私の前に立ちはだかったまま、ボサボサの髪の隙間からライムグリーンの瞳を冷徹に光らせた。
風の魔法を唱えるかと思いきや、彼は突っ込んできたネズミの脳頭頂部へ、容赦のない踏み込みから剣の柄で殴打する。ジャイアント・ラットは一撃で頭蓋を砕かれて床に転がった。
「グルルルル!」
「ぎゃわん!」
ミニベロスは牙を剥き出して、もう一匹の横腹に頭突きをして崖に蹴落とした。空中でくるりと身を翻して、すぐに私の足元にかけ戻ってくる。私は三つの頭をそれぞれ撫でて、ご褒美のお肉をわけてあげた。
「はぁ!」
ユウさんが盾でジャイアント・ラットをの爪を防いだ。ガリガリと大盾が削れる音がする。
「ぐ……このッ!」
盾で弾き返してジャイアント・ラットが怯んだ直後。ビョルンさんは息をもつかせず、魔物のの懐へ滑り込んで剣を抜く。至近距離から放たれた目に見えない刃が、ジャイアント・ラットの巨体を容赦なく真っ二つに引き裂いた。
「すごい……! 完璧なコンビネーションですね!」
私がパチパチと拍手を送ると、ユウさんは大盾を下ろしてホッとしたように笑った。
「攻撃の威力が桁違いだから、俺も安心して背中を任せられますよ」
「小僧に遅れをとるわけがなかろう」
ビョルンさんは素っ気なく鼻を鳴らして、服の埃を払う。耳が少しだけピクピクと動いているのは、きっと褒められて悪い気がしていない証拠だ。
戦闘は無事に終了。誰もがそう油断した、まさにその瞬間だった。
「うわっ、なんだこれ!?」
不意に、ユウさんの足元から、大蛇のように太くねっとりとした緑色の蔦が突き出してきた。蔦はユウさんの頑丈な金属鎧ごと、その太い両足を一瞬でがんじがらめにする。
「ユウさん!?」
「しまっ……!」
ユウさんが大盾を構え直そうとしたが、引き込む力の方が圧倒的に早かった。
暗闇の奥から現れたのは、巨大な花の形をした不魔物。それは粘着質の手液を滴らせた大きな袋状の花弁を開くと、捕らえたユウさんを鎧ごと引きずり込んで飲み込んだ。そしてそのままズルズルと凄まじい速度で崖の下へと滑り落ちていく。
「ユウさーーん!?」
私の呼ぶ声も虚しく、ユウさんを食べた魔物はあっという間に暗闇へと消えた。
「チッ、面倒な魔物がいるな。ルナ、捕まってろ」
「は、はい!」
ビョルンさんのライムグリーンの瞳に、一瞬で鋭い殺気が灯る。彼は私とミニベロスをひょいと抱えあげると、ためらうことなく、ユウさんが引きずり込まれた暗い崖の下へと向かって飛び降りた。
「ひええええええ!? ちょ、ちょおおっ!? 待って、飛び降りるの!?」
「きゃうワン!?」
私とミニベロスの悲鳴が、日の当たらない地下ダンジョンの奥深くへと、虚しくこだましていった。
「し、し、死ぬかと思った……」
数十秒後には、崖をおりきってくらい洞穴の入口にたどり着いた。しかし私はビョルンさんにしがみつきながら、ガタガタ震えた。ミニベロスもまるでバイブレーションのように身体を揺らしている。身体がまだ地面に着いている感覚がしなくて、浮遊感で気持ち悪い。
「落とすわけがないだろうが」
「そうは言っても、ですね……!」
そういう問題じゃない、と首を横に振るとビョルンさんは困ったように首を捻った。何言ってるのか分かりません、とでもいう風に。そんな白々しい態度をとる悪いエルフのお腹に、コツンと軽いパンチをお見舞いした。
「ユウを食ったのは食人植物だ。脱出できなければ、酸で溶かされるぞ」
「げぇ、物騒」
「ここは非公認の迷宮だからな。ただし」
ビョルンさんは、ニヤッと口角を上げる。
「その花の蜜は極上の素材だ。良いポーションが作れるぞ」
「ユウさんの心配は?」
「冒険者の端くれなら、自力で脱しろ……と、言いたいところだが」
ビョルンさんは私の前に出て、剣に手を掛ける。その後ろ姿はとても頼もしいけれど、ヒリヒリとした殺気を感じた。
「数が嵩むと面倒な相手だ。駄犬、ルナを守れよ」
「きゃわん!」
足元のミニベロスが得意げに吠えて、私の前に躍り出る。ビョルンさんとミニベロスの視線の先には、おどろおどろしく、毒々しい色の花弁を持つ、巨大な食人植物の群れがあった。その中のどれかが、ユウさんを食べてしまったのだろう。
「お願いします、ビョルンさん!」
「言うまでもない」
ビョルンさんは右手には剣を、左手には風魔法を起こして不敵に笑ったのだった。




