203_陽光が届かぬ場所
「改めまして、よろしくお願いします、ユウさん」
私たちは冒険者ギルドを後にして、大通りを歩いた。冒険者ギルドでの騒ぎを聞きつけたのか、どことなく遠巻きで見られている気がする。その視線を避けながら、私は改めてユウさんに挨拶をした。
「私は『幸運草商会』の相談役、ルナと申します。この子は小さなケルベロス、ちっちゃいサイズだから、ミニベロスって呼んでます」
「きゃうん」
ミニベロスは得意げに鳴いて、ユウさんの足元に頭を押し付ける。
「こちらは商会長のビョルンさんです」
ビョルンさんは少し頭を下げて、ユウさんをまっすぐに見た。ハーフアップが落ち着かなくなったのか、いつものボサボサスタイルに戻っている。これでは商会長としての威厳もないではないか。
「あの、助けてくださってありがとうございます。俺、どうしたらいいかわかんなくて」
それでもユウさんは敬意を払って、私たちに礼儀正しく頭を下げてくれる。追放されるなんて何事かと思ったけれど、いい人そうでよかった。私は胸を撫で下ろして、金貨の入った革袋を取り出す。
「前金の金貨十枚です。我々の目的はクリスタニアへ向かうことです。あなたには道中の護衛をお願いしたい」
「なるほど。行商人の山賊被害もよく聞きますから、前衛がいた方がいいですよね」
ユウさんは納得したように、しかし少しまだ曇ったまま頷いた。きっと相場よりも多い前金に戸惑っているんだろう。これからともに旅をする仲間なのだから、その不安は解消してあげたい。
私たちは大通りの隙間にある路地裏に入り、誰も周りにいないことを確認して立ち止まった。
「フェアにいきましょう。私たちの目的をお話します」
私は一呼吸置いて、ユウさんの目を見つめる。そして彼を動揺させないよう、極めて冷静に話した。
「私たちはエリザベス・フィッツィガルディ様の命を受けて、この島で起こっている行方不明事件を追っているんです」
「行方不明事件?」
ユウさんは私の言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げた。そして困ったように眉を寄せて、ポリポリと頬をかいた。
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや。実はこの迷宮都市だと行方不明なんてよくある話なんで」
ユウさんは路地裏を歩き出して、私たちを導くように前を行く。私とビョルンさんは顔を見合せて、大人しくユウさんについていく。
路地裏から出たのは、地下に続く通路だった。アンダーグラウンドというやつか。不気味な雰囲気にごくりと唾を飲む。
「光よ」
ユウさんが呪文を唱えると、まるでフットライトのように階段の下部分が淡く灯った。なんだかどこからが、重低音が響くような振動も聞こえる。
「足元暗いんで、気をつけて」
ユウさんは真っ直ぐ暗闇の先を見据えて、迷いなく進んで言った。私達は戸惑いながらも、ゆっくりと階段をおりた。
「この島は狭いけど、多くの冒険者たちが住んでる。本当に多くの人たちが。だから毎日誰が死んだとか、消えたとか。そういうことをいちいち考えるのは少ないんです」
ユウさんは淡々といい、そして諦めたように言った。
「この街の掟は弱肉強食。弱いものは死に方も選べない」
その目はなんだか悲しげにも見える。彼はいったいその目で何を見たんだろう。気になるけれど、まだ踏み込める間柄ではない。いつか、聞けるようになるといいな。そう思いながら、ユウさんの背中を追いかけた。
カツン、カツンと、ユウさんのブーツが階段を叩く音が、湿った地下通路に冷たく反響する。
下へ降りるにつれて、空気の質が変わっていくのが分かった。地上の喧騒が完全にシャットアウトされ、代わりに満ちてきたのは、肌にベッタリと張り付くような湿気。迷宮独特の、あの胸がざわつく空気を感じた。
「ユウさん、ここって?」
「ここはただの地下通路じゃないんです」
ユウさんは階段を降りきったところで立ち止まり、手元の明かりで前方を開いた。
そこにあったのは、人工的な石造りの通路ではなく、切り立った岩肌が剥き出しになった巨大な天然の空洞。その切り立った崖から覗き込むと、遥か下に灰色の建造物が見えた。まるで人の営みがある集落のようにも思える。
「うわぁ、高い……!」
足がすくんで思わず後ずさる。すると背後からビョルンさんが肩を回して支えてくれた。まるで守るみたいに。
「ありがとうございます」
「別に」
彼の耳は困ったように下がっている。それが照れ隠しであることは言うまでもない。緩みそうになる口角を引き締めながら、ユウさんのほうに向き直った。
「この街の地下は、網の目のように未登録の迷宮が広がっています。ギルドが把握しているのは、安全が確保されたほんの一部だけ」
「じゃあ、この奥にあるのって」
「非公認の迷宮です。ここで死んだ人は地上に戻れない」
足元では、ミニベロスのクロとブチが低い姿勢で周囲の暗闇を警戒し、シロだけが不安そうに私の足元にすり寄ってくる。
「ふん。おもしろい」
ビョルンさんはボサボサの髪の間からライムグリーンの瞳をギラリと光らせた。こういう時の彼の横顔は、先程の穏やかなものと違って、ゾッとするほど鋭い。
「光の届かぬ迷宮の底に作られた、不適合者どもの吹き溜まりか。地上のギルドが『行方不明』として処理した人間が、迷宮に流れている可能性は高いな」
「はい。それにこの迷宮の奥には集落もあります。表で情報収集するよりずっと効率的ですよ」
ユウさんは大盾の紐をきつく締め直し、迷いのない目で暗闇の先を見据えた。
「ただ……ここから先は魔物も多いし、地上の迷宮以上に危険な無法地帯です。本当に、行くんですか?」
改めて問いかけられ、私は一瞬だけ身震いした。だけど、隣で不敵に口角を上げる我が商会長と、頼もしい前衛のユウさん、そして一生懸命に私を守ろうとしてくれているミニベロスがいるのだ。
「もちろんです。ここで引き返したら、商会の名が廃ります。それに、気になることは山積みですしね」
私は気合を入れ直し、元気よく答えた。行方不明者のこと、そしてこの街で頻繁に行われる異世界人召喚のこと。それらの謎が、日に当たらない地下に隠されている可能性は高い。
「了解! 俺が先頭を行きます、二人とも離れないでください」
ユウさんが大盾を前に掲げ、迷宮へと足を踏み入れる。それは我々の契約が成立した合図でもあった。
太陽が届かない、魔物と無法者が蠢く暗闇の底。その最奥を目指して、私たちの新たな挑戦が幕を開けたのだった。




