202_冒険者ギルドの洗礼
ビョルンさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、リチャードの後ろにいた軽鎧の剣士が低く唸って突進してきた。容赦なく、ビョルンさんの頭を狙った横薙ぎの一閃。
「下がってろ」
ビョルンさんは私を背中に庇うように前に出ると、そのまま剣士の腕を掴み、肉がねじ切れるような勢いで逆方向に捻りあげた。
「がはっ!?」
悲鳴を上げる剣士の顎に、ビョルンさんは強烈な肘鉄を食らわせる。あの細身の身体のどこにそんな質量があるのか、金属鎧を着た大男の身体が軽々と宙を舞った。
次に躍り出たのは、パーティメンバーのリザードマンだった。長い尻尾で叩きつけるような攻撃を繰り出したが、ビョルンさんはその重い攻撃を左手で真正面から受けた。ドスン、と鈍い音がする。
「ふんッ!」
リザードマンはもう一度、さらに勢いをつけてしっぽを振り下ろした。しかしビョルンさんはその勢いをものともせず、懐に入り込んで頭突きを食らわせた。
「ぐ……っ!」
「どうした石頭。これで終いか」
硬い鱗に覆われている頭部を抑えて、リザードマンはよろめいた。ビョルンさんの煽りを受けて、咄嗟に鋭い爪を向き出す。
「ビョルンさん、危ないっ!」
私は思わず叫んでしまったけれど、ビョルンさんにとってその爪は脅威ですらなかった。しゃがんで避けると、リザードマンの細い足を蹴り飛ばす。体勢を崩したところで、ビョルンさんはその柔らかそうな腹に膝を叩き込んで、リザードマンを撃沈させた。
「こ、このっ……!『集え、炎よ』!」
リチャードが顔を真っ赤にして呪文を唱えた。炎の弾がビョルンさんの鼻先を掠める。一瞬で間合いを詰めると、その綺麗な顔面へ容赦のない右ストレートを叩き込んだ。
ドゴォッ! と、エルフが放ったとは思えない重苦しい破壊音が酒場に響き渡った。リチャードは鼻血を派手に吹き出しながら、後ろの酒場エリアへと弾け飛んでいく。
「うわぁ、痛そう」
ご愁傷様です、と手を合わせた。しかしそんな悠長なことをしていられたのも束の間。ここからがこの迷宮都市の本番だった。
吹き飛んだリチャードの身体が、朝から熱心にエールを煽っていた巨漢の冒険者たちのテーブルを直撃したのだ。派手な音を立てて、酒瓶と山盛りの料理が四散する。
「おいコラァ!! 俺の飯が台無しじゃねぇか!!」
頭からスープを被ったモヒカンの巨漢が、怒髪天を突く勢いで立ち上がった。それを皮切りに、周囲の荒くれ者たちが一斉に声をあげる。
「あぁっ、すみません。今弁償を……」
「待て」
こればかりはこちらに非がある。代金を支払おうとする私を、ビョルンさんは手で制した。なにか雲行きがおかしい。私は素直に頭を引っ込める。
「あのツラ、いけ好かねぇと思ってたぜ」
「迷宮都市の冒険者ギルドは他とはちげぇんだよ。洗礼ってもんを受けさせてやるよ!」
一瞬にして、ギルド内にいた十数人の冒険者たちの導火線に火がついた。日頃のストレス発散と言わんばかりの、完全な八つ当たりの大乱闘が勃発する。男たちが一斉にビョルンさん目掛けて殺到した。
「ちょっと、なんでそうなるの!?」
ちゃんと弁償しようとおもってたのに!
私とミニベロスは、慌てて案内板の影へと隠れる。そこへ、飛んできた木製の丸椅子をガチンと大盾で弾きながら、ユウさんが滑り込んできた。
「俺の後ろに!」
ユウさんは私とミニベロスを庇うようにして大盾をガチリと構える。床に沈めたはずのリザードマンが、どさくさに紛れてビョルンさんの死角からナイフを突き出そうとした。
「やめろっ!」
ユウさんが大盾を構えて突撃した。重戦士とは思えない踏み込みの鋭さで、リザードマンに強烈なシールドバッシュを叩き込む。リザードマンは今度こそ白目を剥いて、壁の掲示板まで吹っ飛んで張り付いた。死角のカバーとして、これ以上ない完璧な仕事だ。
「ありがとうございます、ユウさん」
「いえ、これぐらいはしないと。その、仲間だったけど……もう、今は違うみたいだから」
悲しげに言うユウさん。それを見たビョルンさんは、大乱闘の最中だというのにこちらに向かってきて、ユウさんの肩を叩いた。
「悪くない腕だ、盾持ち」
ビョルンさんのライムグリーンの目が光った。襲いかかってくる荒くれ者たちを分からせてやる側の目つきだ。
「まとめてかかってこい。のろまども」
挑発的な言葉を発すると、モヒカン男が雄叫びと共に戦鎚を振り下ろした。ビョルンさんは刃の側面に掌を当てて軌道を逸らし、そのまま男の懐へ滑り込む。
ドスン、と重い正拳突きが男のみぞおちを打ち抜いた。モヒカン男は声も出せずに崩れ落ちて、ゲームオーバーだ。
さらに左右から迫る大剣とメイスの軌道を完全に見切り、流れるような体術で次々と相手の武器を奪っては、文字通り素手で冒険者たちを撃沈させていく。
「化け物か、このエルフ……!」
「ひるむな、囲んで叩け!」
怯む冒険者たちに対し、ビョルンさんは一切の手加減を捨てていた。目にも留まらぬ速さの回し蹴りが二人の男の顎を同時に捉えて弾き飛ばし、背後から組み付こうとした大男を綺麗な一本背負いで床に叩きつける。石畳の床にクモの巣状のヒビが入った。
「すごい……!」
ユウさんの目が期待に瞬いた。私はすかさず、ビョルンさんの長所を売り込む。
「うちのビョルンさん、商才はイマイチですけど武術は一流なんです」
「え、でも商会長なんですよね?」
「あはは、まぁ、一応……」
私の説明に、ユウさんは不思議そうに首を傾げていた。確かに最初は戸惑うよな、なんて苦笑い。
そんな私たちの隙をつこうと、一人の小柄な短剣使いが踊り出てくる。ユウさんは盾を構えているので防御は間に合わない。ならば、私のできることはなにか。
近くに転がっていた重たい鉄製のスキレットを両手で掴み、思い切りその男の側頭部目掛けてフルスイングする。
「こんのーっ! えいやぁ!」
ギルド内に、荘厳な銅鑼のような音が鳴り響いた。
「ぎゃあっ!?」
男は綺麗な放物線を描いて横に回転し、そのまま床に突っ伏してピクピクと痙攣する。どうやら一撃で意識を持っていけたらしい。
「よしっ! クリーンヒット!」
「よくやった」
「ワン!」
ビョルンさんは少し笑みを浮かべて、ミニベロスは得意げに笑った。暴力なんて本当はいけないことだけど、ビョルンさんの役に立てたのは嬉しい。私はミニベロスの三つの頭をそれぞれ撫でて、ビョルンさんが冒険者たちを沈めるのを見守った。
「終わったぞ」
ビョルンさんの一声で顔をあげる。気がつけば、あれほど騒がしかったギルド内には私たち以外動くものはいなくなっていた。
床には、二十人近い冒険者たちが、折り重なるようにして呻き声を上げながら這いつくばっている。立っているのは、大盾を構えたユウさんと、スキレットを握りしめた私、そして中央で一人、服の埃を気怠げに払っているビョルンさんだけだった。
ビョルンさんは転がっているリチャードの頭を踏みつけないように避けながら、ドスドスとこちらに歩いてくる。そしてユウさんの大盾を、コンコンと指先で叩いた。
「合格だ。お前の盾、気に入った」
「あ、ありがとうございます」
迷宮都市の冒険者ギルドを初日で完全制圧。
幸運草商会半ば強引とはいえ、頼もしい前衛を獲得したのだっただった。




