201_異世界のお約束展開
「お前をパーティーから追放する!」
冒険者ギルドの重厚な木製の扉を押し開けた瞬間、鼓膜を震わせた怒号。私たちは顔を見合わせ、その場に立ち止まった。私の足元で、ミニベロスの三つの頭も同時にピクンと耳を立て、警戒するように動きを止めた。
「なんか、フィクションみたいなセリフが聞こえたような。……あれ、ビョルンさん?」
異世界の洗礼をここへ来てまた浴びるとは思わなかった。どことなくビョルンさんの顔色が悪い気がして、私は彼の顔を下から覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
首を横に振るけれど、その言葉にいつもの覇気はない。その場を離れることも考えたけれど、ビョルンさんは騒ぎの中心を静かに見つめていた。
ギルド内は酒場も併設されているようで、朝からエール片手に盛り上がっている冒険者たちでごった返していたが、中央の案内板の前だけは奇妙な空白地帯ができていた。
最初の声の主は、いかにも育ちが良いと言わんばかりの、仕立ての良いローブを着たキザな魔術師の男だった。その後ろには、これまた派手な軽鎧を着た剣士の男と、男にぴったり寄り添う踊り子の美女。そして後ろから静かに、しかし冷たい目で見ている盗賊風のリザードマンがいた。
「いいか、ユウ。お前のような地味な盾役は我がパーティーにはもう必要ないんだよ」
そして追放を言い渡されているのは、一人の泥だらけの青年だった。ユウと呼ばれた青年は、悔しそうに拳を握りしめ、言葉を失って俯いてしまった。
傷だらけの無骨な大盾を背負い、装備している鎧もあちこちが凹んでいる。完全に前衛、それも頑丈さだけが取り柄のような重戦士だ。
「攻撃魔法も使えない、ただ攻撃を受けるだけの木偶の坊が、僕たちの取り分を等分に持っていくのが我慢ならなくてね。もっと火力のある前衛を雇うことにしたんだ」
「ま、待ってくれよ、リチャード。俺が前線で魔物の注意を引かないと、君たちの魔法の詠唱時間が稼げないだろ。下層の魔物は足が速いんだ、盾がいないと全滅するぞ!」
「うるさい。荷物をまとめてさっさと失せろ!」
魔術師がユウの腕を振り払い、手荒く突き放す。周りの冒険者たちは、関わり合いになりたくないのか、あるいはよくある光景なのか、ニヤニヤとニヒルな笑みを浮かべて見物しているだけだ。
「彼ら、大丈夫でしょうか」
心配になった私がぽつりと言葉を漏らすと、隣のビョルンさんがフンと鼻を鳴らした。
「よくある話だ。自分の実力を過信した魔術師が、一番重要な前衛の価値を理解できずに切り捨てる。あのパーティ、近いうちに迷宮の餌になるだろうな」
「ですよねぇ」
戦闘に明るくない私でもわかる。盾役は戦闘でも重要なポジションであり、度胸と技術を要する仕事であるはず。こんな風に蔑ろにされていいはずがない。
とはいえ、他所のパーティー事情に口を出すことはできないので、私はビョルンさんの隣に並んで静かに様子を見守ることにした。
「鎧の傷はすべて正面、肝が据わってる証拠だ。盾の削れ具合から見ても、相当な数の猛攻を一人で受け止めてきた証拠だ。足腰の立ち方もブレがない」
ビョルンさんは腕を組み、ユウの凹んだ鎧や、背負っている大盾の傷のつき方をじっと見つめている。
「つまり?」
「悪くない。いや、むしろ掘り出し物だろう」
しかし、ビョルンさんの顔はなんだか晴れない。先程からずっとどこか苦しそうで、ミニベロスも心配そうな顔で見上げている。私はビョルンさんの目の前に回り、そのライムグリーンの瞳をまっすぐ見据えた。
「ビョルンさんとの相性はどうですか? ほら、前衛と後衛で組むなら、相性って大事でしょ?」
ビョルンさんは一瞬驚いたように目を見開いた後、ふっと口角を上げて頷いてくれる。ようやく笑顔を見せてくれて、私も胸を撫で下ろした。
「こちらに食らいつく程度の能はありそうだ。合わせてやってもいい」
素直じゃない返答だけど、それが肯定の意であることは明白だ。
「なら決まりですね。あの盾持ちを前衛にスカウトしましょう!」
「きゃうワン!」
ミニベロスも短いしっぽを振り、喜ぶように跳ね回る。私は項垂れている冒険者、ユウさんに駆け寄って声をかけた。こういう時、商社で営業担当になっていて良かったと思う。
「はじめまして。今、少しお時間よろしいでしょうか?」
「え……!?」
ユウさんは驚いて顔を上げ、立ち去ろうとしていた彼らの元パーティーもこちらを振り返った。私は彼らの動揺をものともせず、堂々と胸を張って商談を始めた。
「わたくし、『幸運草商会』の相談役、ルナと申します。クリスタニアに向かうにあたり、前衛を雇いたいと考えておりまして」
「は、はぁ」
戸惑っているユウさんに、にこりと微笑んで一歩分の距離を詰める。
「我が商会長が、あなたの才能を見込んで前衛をお任せしたいと仰っているんです」
商会長、と紹介されたビョルンさんは居心地悪そうに腕を組んで、フンと鼻を鳴らす。少しふてぶてしい態度だが、逆に『それっぽさ』は出たかもしれない。ビョルンさんは懐から革袋を取り出し、手のひらに乗せてみせる。私は彼の言葉を代弁するように、ユウさんへの説得を続けた。
「お賃金は出来高制。さらに、前金で金貨十枚差し上げます! いかがですか?」
冒険者を雇うにあたり、相場は金貨三枚程度と聞いている。つまりこれは破格の商談だ。
「ハッハハハ! おい、あんたら正気か」
私の声に言葉を返したのはユウさんではなく、リチャードと呼ばれた魔術師だった。彼のパーティーメンバーもこちらを睨みつけるような、非難の目を向けてきた。私は笑顔を崩さないまま、ユウさんを見つめる。
「彼らとのご関係は?」
「え、えぇと……さっき、追い出されて」
「ではあなたはフリーランスの冒険者なのですね。魔術師とパーティ経験のある盾持ちを探していたので、我々はとても運が良かったようです」
「っ、おい!」
無視されたことに腹を立てたのか、リチャードは私たちの間に割り込んできた。
「……なにか?」
「無視してんじゃねぇ。こんな役たたず一人に金貨十枚だと? ここらの相場ってもんを知らねぇド素人が調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「失礼。『幸運草商会』は才能のある冒険者を囲うために資金は惜しみませんので」
『幸運草』商会はビョルンさんの大切な収入源。ここでブランド価値を落とすようなミスはできない。特に、人目をはばからずパーティメンバーを貶めるような冒険者に舐められるなんてことはあってはいけないのだ。
「とはいえ、急にこんなお話をしても困りますよね。三日ほどこの街に滞在する予定ですので、引き受ける気になったら、我々のところに来てください。では」
私はユウさんにお辞儀をして、ビョルンさんの元に戻ろうとした。しかし私の態度が気に食わなかったのか、リチャードが私の腕を掴んだ。もちろんすぐにたたき落としたけれど、それを彼らは攻撃と受け取ったのか武器に手をかける。
「あれ」
気の抜けた声が出てしまった。隣を見ると、ユウさんは驚いた表情で私を見ていた。うん、これ私がやらかしたな。
「はぁ……ルナ、お前ってやつは」
ビョルンさんは呆れたように、しかし楽しそうに私の名前を呼んだ。そして私の隣に並び、リチャード達を鋭い眼光で見下ろした。その目は爛々としており、やる気で満ちている。
「まぁいい。しばらく船に缶詰にされていたんだ。準備運動にはちょうど良い」
ゴキ、と指を鳴らすビョルンさんは、ユウさんを見て言った。
「雇って欲しければ気骨を見せろ」
そしてリチャードたちに視線を戻して、臨戦態勢の彼らの様子に舌を打った。面倒くさそうに欠伸をしたあと、スッと冷えた声で開戦の合図を告げる。
「冒険者たるもの……一度武器に手をかけた以上、無様を晒すなよ」




