02_無愛想エルフの行商ビジネス
「はぁ……あっつ」
歩を進める事に太陽が高くなっていく。パンツスーツで野外を歩き回るのは、愚かな行為だと思い知らされる。
森の中を歩くにはパンプスは不向きで、踵を踏み潰す羽目になった。こちらの様子には目もくれず、エルフはただまっすぐ前を向いて獣道を歩き続けている。
「せめて、山道さえ切り抜ければ……」
そんな願いが叶ったのか、太陽が真上に上がる昼過ぎには開けた街道に出ることが出来た。石畳の街道を行き交う人々の姿は日本とは全く異なっていて、ここが異世界であることを再確認させられる。足を動かすのに必死で、感傷になんか浸っていられなかったが。
道沿いに咲き乱れた花からは芳醇な香りがして、色とりどりの蝶が舞い踊っている。その景色に思わず見とれてしまった。
「きれい……」
「そう珍しいものでもない。おい、人間」
エルフはぶっきらぼうに言い放って立ち止まる。カバンの中から大きな布を取り出すと、私の頭にかぶせてきた。
「うわぁっ!? なに!?」
「その珍妙な格好では怪しまれる。マントで隠せ」
「は、はい。ありがとうございます」
お礼の言葉を言っただけなのに、これまた不機嫌そうに眉を寄せた。またカバンに手を突っ込んだと思えば、こちらに何かを投げて寄越す。それは両手に余るほど大きく、真っ赤で艶やかな果物だった。
「それ以上の施しはしない」
彼はおもむろに背中から、手入れは行き届いているがどこか古びた革袋を下ろす。そして地面に藁の敷物を敷いて、その上に丁寧に選別された薬草と、地味な色のポーションを並べた。そして不思議な顔をした木彫りの彫刻も添える。エルフのセンスはよく分からない。
「仕事をする。邪魔だけはするな」
なるほど。彼は道端で物を売る行商人なのだ。
エルフは敷物に座り込むと、一切声を出さず、道行く商隊や旅人が立ち止まるのを静かに待ち始めた。
「仕事って、物を売るんですよね」
「……そうだ」
そう、彼は一言も発さないため、露店は誰の目に留まることもない。行き交う人々はみんな自分の行き先だけを見ているため、地面に座り込んだこちらの様子など気付くわけがないのだ。
「……」
私は言葉を必死に飲み込み、果物を齧った。酸っぱくてりんごのような爽やかな甘味を感じる。果物は酸味が強いけれど、食べるとなんだか元気になった気がした。
そんな中、一人の旅人が露店の前で足を止めた。
これはチャンス!
ひとつでも売ることができれば、この座り込み商法も悪くないのでは。なんて思っていたのに、エルフは旅人を睨んで、低く唸るように宣った。
「価値を理解してから買え」
「……なんだそれ」
なんだそれ!
私も心の中で旅人と共に叫んだ。
「あの」
「言うな」
「はい」
なにか言おうとした気配を察知したのか、エルフはピシャリと言い放つ。その耳はなんだか気まずそうに下がっていた。
その後も、待てど暮らせど集客はゼロ。それなのにエルフは動じた様子はなく、ただ静かに目を閉じていた。
「あぁ、もう……!」
五十人目の通行人が通り過ぎたところで、私の限界が来た。喉まで込み上げてしまった言葉が、とうとう溢れてしまった。目の前で繰り広げられるこの非効率的なビジネスに黙っていられなかったのだ。
顧客をターゲティングしていない!
商品ポーションのパッケージが地味だし見るからに不味そう!
そして何より、営業トークを全くしないのが致命的!
全てをストレートにぶつけるのを堪えて、なんとか声を絞り出す。
「あのぅ、エルフさん? さしでがましいことを申し上げるのですが……二時間で集客ゼロでは、さすがに効率が悪すぎるのでは?」
エルフはギッとこちらを睨む。けど、怖いというよりは拗ねているような感じ。
これは少し押したらいけるのでは?
「全く売れないと困りますよね? 例えば、見た目や呼び掛けの工夫を……」
「薬草やポーションの真の価値は、効果にある。価値すら見分けられぬ者を客にとるなど、商人の矜持を傷つけるだけだ」
「それはそうなんですけど。最低限の売上は確保しないと、商売なんてやっていけませんよ」
「富を求めすぎれば堕落する。そんな愚か者を数多く見てきた」
う、それは否定できないかも。
私が黙ると、エルフは畳み掛けるように言った。
「これ以上の会話は不要だ、人間」
「……はい、失礼いたしました」
冷たいライムグリーンの瞳によって、私は完全敗北した。負けた。悔しい。
私は所詮余所者で、彼のビジネスに口を出す権利はない。でも、さすがにこれはビジネスウーマンとしての矜持が黙ってないというか。
「そのポーションって、どんな効果があるんですか」
「会話は不要だと言ったはずだが」
「店員の会話も多すぎると営業の妨げになりますが、適度な賑わいは販売の促進になるそうですよ」
エルフはまた顔を顰めたが、顎をしゃくってポーションを示してみせた。まるで『手短に済ませろ』とでも言いたげな態度だが、一応話は聞いてくれるようだ。
「赤は体力回復、青は気力回復、緑は疲労回復のポーションだ」
「ほほぅ……! これがこの世界のポーションなんですね!」
「そう珍しくもない。どんな露店でも、最低限揃えられている品だ」
RPGゲームでよく見るポーションに、年甲斐もなく感動してしまう。これまでフィクションだと思っていたものが目の前にあるのだから、興奮するのも許して欲しい。
とはいえ、この街道を通っているのは、冒険者と言うよりも巡礼者や商人のように見える。彼らは冒険者用のポーションは必要としないだろう。
「あの、すこし提案させていただけますか」
「不要だ」
「そう仰らずに。聞くだけでも、ね?」
私が粘ると、エルフは面倒くさそうに欠伸をして顎をしゃくった。これはもしかして、勝手にしろということか?
「今、この街道では街に行くための旅人や巡礼者の方が多数見受けられます。この場所での効率的なビジネスを展開するために、需要に沿った商品ラインナップを……」
エルフは意外にも私の話を遮ることなく、ただ静かに聞いてくれた。長い前髪で表情が見えないけれど、納得はしてくれているようだ。
「以上が、あなたのビジネススタイルを拝見した結果、提示できる課題と改善点になります。……はい、喋りすぎました、すみません」
「よく回る口だ」
呆れ返ったような声。でも、責めるような声ではなかった。
「仕事柄、商売に関することになると熱くなってしまいまして……」
エルフの隠れていた目が少しだけ見開かれて、前髪の隙間から覗く。
「貴様も商人なのか」
「はい。私は主に食品や、食品に纏わる製品を取り扱っている商売人でした」
「……そうか」
私は食品メーカーに勤めていた営業職。形は違えど、このエルフとは近しい境遇なのかもしれない。そう思うと少し親近感が湧く。それは向こうも同じだったのか、心做しか私を見つめる視線が柔らかくなった気がした。
私たちがポツポツと会話をしていると、一人の中年男性が露店にやって来た。なんだかとても狼狽した様子で、なにかトラブルを抱えていることは一目瞭然だ。この機会を逃す手はない。
「こんにちは! なにかお困りですか? 」
私はすかさず営業トークとスマイルを見せた。エルフに余計なことをするなと怒られるかと思ったが、こちらの様子を静観することにしたようだ。
「長旅で妻が体調を崩してしまって。なにか薬は売っていないか?」
「それは大変ですね。奥様のご容態は?」
「おい」
エルフの制止を無視して、男性が引いていた馬車の中を覗き込む。そこにはぐったりとしている女性がいた。エルフと顔を見合わせると、彼はため息をついてひとつの薬草を指さした。
「この症状ならば、この薬草を煎じて飲ませればいい。即効性が高く、最も安価な薬草だ」
「その薬草の効能は、えぇと……?」
「疲労による身体の不調を軽減する。体力回復ならばこちらのポーションと組み合わせろ」
彼の言葉にすかさずアシストするように、私は薬草の値札を見た。
「薬草が銅貨五枚、ポーションが銀貨一枚です。いかがですか?」
「そうか! じゃあ薬草三束とポーションを一本貰おう、売ってくれ」
「お買上げありがとうございます」
薬草とポーションを売ることには成功した。ただ、この男性は見るからに薬草の調合には不慣れそうだ。このまま渡しても飲むのに苦労するかもしれない。
「あの、薬草を煎じてあげることってできますか?」
エルフはキョトンとした顔をする。
「なぜ俺が?」
「あなたが売ってる商品でしょう。ほら、早く煎じてあげてください」
エルフは薬草と男性を交互に見て、仕方なさそうにため息を吐いて頷く。鞄から調合道具を取り出すと乾燥した薬草を煎じ始め、瞬く間に丸薬を完成させてくれた。
「十分な水分を取らせろ。一時間後には効果が出る」
「あぁなんて優しい方々だ! ありがとう、本当に助かったよ。本当にありがとう!」
男性は満足した様子で私に硬貨を握らせ、ご婦人のところに戻って行った。手のひらに銀貨と銅貨の重みがずっしりと乗る。これが私たち二人で稼いだ初めてのお金……そう思うとなんだか感慨深かった。
「やりましたね、エルフさん! 今日初めての売上ですよ」
エルフを振り返ってガッツポーズを見せると、ふいとそっぽを向く。そして彼はマントを引き上げながら、ポツリと呟いた。
「……だ」
「え? すみません、よく聞こえなくて」
「……ビョルン、だ」
エルフ、もといビョルンさんは小さな声で告げたそれが、彼の名前だろう。そういえば、私たちはお互いの名前も知らなかった。
「申し遅れました、私は星宮瑠奈と申します! よろしくお願いします」
「……日が沈む前に引き上げるぞ」
ビョルンさんはこれまた不機嫌そうに言うと、敷物の上のものを片付け始める。革袋にすべての商品を詰め終わったあと、彼はまた街道を歩き始めた。
ビョルンさんの歩みが少し遅くなっていたことには触れない方が良い気がする。彼は不器用な人だけど、心の根は優しい人だと言わなくてもわかっていたから。




