03_異世界流エネルギー補給(ただし味の保証はナシ)
その後、私たちは順調に薬草とポーションを売り捌いた。日が沈み、人通りが途絶えた街道沿いの草原で、野宿をすることとなった。
ビョルンさんは手早く焚き火を起こし、簡単な防衛線として魔法陣を描く。その手際は、彼が旅慣れた者であることを示していた。
私は何かを手伝える訳もなく、ただ近くで様子を見守っていた。野営の準備が終わったビョルンさんはどっかりと草原に座ると、革袋から先程並べていたポーションを手に取り、蓋を開けた。ポン、と小気味良い音がする。
「それって、疲労回復ポーションですよね? 今、飲むんですか?」
ポーションを一気に煽ったビョルンさんは、渋い顔をしていた。そしてしかめっ面のまま、しぶしぶといった様子で教えてくれる。
「食事よりも、効率的に栄養補給ができるからだ」
「じゃあ尚更、そんな一気に飲まなくても。吸収に悪そうですよ」
「貴様はこれを味わって飲めと言うのか」
ずい、と差し出されたのは疲労回復ポーション。深緑色の液体が入った、試験管のような瓶。ビョルンさんの目には『飲んでみろ』と試すような光があった。
『商品の効果を知るのは、ビジネス基本』だと自分に言い聞かせ、小瓶を受け取った。
「では、一口だけ……」
小瓶の口をつけ、覚悟を決めてポーションを流し込む。
「ふぎゃッ……!?」
鼻に抜ける生臭い匂い。発酵食品のようにどろりとした粘度のある液体と、ジェル状の何かが入り交じっている。さらに、時折ざらりとした砂のような食感があり、体が拒否反応を示して、思わず嘔吐く。
「うぇ……!」
しかし吹き出すなんて、そんなもったいない真似は出来ない。だってこれは銀貨一枚分の価値がある、ビョルンさんの貴重な収入源なのだから。そう、ちょっと生臭いゼリー飲料、ただのエナドリと思えば飲め……いや、無理、吐く。駄目駄目! 吐いちゃダメ! 吐いたら負けだ、星宮瑠奈!!
「ふ、うぐぅ、ううぅ〜〜〜!!」
なんとかもがき苦しみながらも飲み下した。疲労回復効果があるはずなのに、どっと疲れた。ぐったりと地面に倒れ込んで、ビョルンさんに謝罪する。
「ぜ、前言、撤回…じ、ます……! このポーションは、一気に煽るのが最も効果的な飲み方、ですぅげほっごほ!!」
「い」
「ずびまぜん……」
ビョルンさんは汚物を見るような目で見下ろして、短く呟いた。ひどい、頑張って飲んだのに。
「これを毎日、飲んでいらっしゃるんですか……?」
「野営が続くのなら、食料にも限りがある。その点ポーションは手間も少なく、エネルギーの吸収効率がいい」
旅人向けのエナジードリンクってことか。
「もしかして、こちらの世界の人にとっては美味しい味なのでしょうか」
「我々が蛮族のような言い草はやめろ」
「不味いという自覚はあるんですね……」
図星だったのか、ビョルンさんはあからさまに目を背けた。前髪で隠れてるから分からないと思っているのだろうが、そうはいきませんよ。あなたは案外わかりやすいってこと、この一日で少し掴めたんですからね。
「味の改良は検討しないんですか?」
「効果の高い薬ほど、多種の材料を使う。味の統率が取れなくて当然だ」
「まぁ……たしかに、努力義務の範疇ですけれども」
彼のいうことにも一理あるとは思う。
日本だって、苦くて飲みにくい薬は存在するわけだし、全てを飲みやすくする必要はない。ただ、これは流石に改良の余地がありそうな気がする。もう少し市場調査が必要そうだ。
思い出すと、吐き気が込み上げてきた。こんな時は口直しに限る。
ポケットの中に入れていたポーチを取りだして、いつも食べていたべっこう飴をひとつ取り出した。飴の金色が焚き火の光を受けてキラキラと輝いている。
ビョルンさんは、べっこう飴を怪訝そうな顔で見つめていた。私はべっこう飴の包み紙を剥がして、ビョルンさんに見せながら説明する。
「これは私の世界にあるキャンディです。宝石みたいでキレイでしょう」
「……くだらん」
「まぁまぁ、そんなこと仰らずに。ここはひとつ口直しってことで」
「不要だ」
私にとっての好物でも、彼にとっては見知らぬ異世界の産物なのだから警戒するのも無理はない。ならばと、彼の警戒心を解くためにもひとつ、ポイッと自分の口に含んでみせる。染み渡るような香ばしい甘さが広がって、先程の疲れがすっと溶けだしていくみたいだ。
「子供の頃からこの飴が好きで、よく祖母にねだって怒られました。大人になってなんでも買えるようになってからでも、時々どうしても食べたくなってしまって」
「……砂糖は高級品だ」
「なるほど。この世界ではお菓子は高価なものなんですね。仕入れることは難しいのですか?」
「商人ギルドのツテならば、通常価格よりはいくらか安価に手に入る。……だが」
ビョルンさんは顔をしかめる。
「俺には不要なものだ」
「そう、ですか」
無理に勧めるのも良くない。同行を許可してくれた恩人ならば尚更だ。膝を抱えて座ると、キャンディをカラコロと転がしながら焚き火を見つめた。故郷の味は、少しだけ祖母を思い出させてくれた。
「……その飴の効果は」
「え?」
「特にないなら不要だ」
裏を返せば、効果があるのなら食べてもいいということなのではなかろうか!
「ありますよ! 科学的根拠に基づいた効果です!」
遠い記憶を引っ張りだしながら、興味を引くように大袈裟に話してみせた。
「甘いものを食べると、疲労回復や脳のエネルギー補給ができると言われているんです。特に疲れている時に甘味を摂取すると、頭がスッキリしたりするんですよ!」
つい勢い込んで説明したが、少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。その一心で、こう締めくくった。
「つまり、このキャンディは今日一日中歩いたビョルンさんの疲れを緩和してくれると、思います」
ビョルンさんは数秒間、こちらを真剣な顔を見つめていたが、黙ったまま右手を差し出した。
その意図を理解して、急いで包みを外したべっこう飴を彼の冷たい手のひらに乗せる。ビョルンさんはそれを素直に口に含んだ。一瞬飴を睨んだのは、威嚇のつもりだったのかもしれない。
「い、いかがですか……?」
ビョルンさんは口の中で飴を転がし、ゆっくりと目を閉じた。カラコロと軽い音が鳴る。
「……甘い」
「そりゃお菓子なので」
「女子供が好みそうな味だ」
ビョルンさんの張り詰めていた表情が、ほんのわずかだが和らいだ気がした。よかった、どうやらお気に召したらしい。
「まだもう少し残っているので、食べたかったら言ってくださいね」
「不要だ」
「あ、はい」
先程の穏やかな顔はどこへやら、ピシャリと冷たく言われて、またしても反射的に答えてしまった。
「これは貴様の故郷の味なのだろう。そう易々と他人に分け与える必要はない」
もしかして、キャンディの残りが少ないことを気にしてくれている……? しかもこの世界に無いものだから、再度手に入れるのは難しいことまで考えてくれたというのだろうか。
「大丈夫ですよ。ビョルンさんには特別サービスですから」
ビョルンさんはふん、と鼻を鳴らして、剣を抱えて座り直した。彼の頬は、焚き火の熱だけではない、微かな暖かさを持っているように見えた。
「火の番はしてやる。さっさと寝ろ」
「はい、ありがとうございます」
ビョルンさんの気遣いに素直に頭を下げる。正直なところクタクタで、すぐにでも横になりたかった。だから、ビョルンさんの申し出は非常にありがたい。
「おやすみなさい、ビョルンさん」
ビョルンさんは答えなかったが、一瞥だけ向けてくれた。不器用だけれど、この人なら安心して任せられる。
私は再度お辞儀をしてから地面に横たわり、焚き火の爆ぜる音を聴きながら、私はマントを深く被り直して目を閉じた。背中で、ビョルンさんが剣を抱え直す小さな衣擦れの音がした気がした。




