02_はじめまして、エルフさん
第2話です。
最近流行り(?)の異世界転生に巻き込まれたOL
02_はじめまして、エルフさん
私の叫び声が、静寂な森に響き渡った。
私は反射的に後ずさり、目の前のエルフのコスプレをした男?から距離を取ろうとしたが、まだ頭がアルコールでぼんやりして定まらない。しかし、ここで醜態を晒すのは社会人としてあるまじき愚行、そして目の前の相手の信用を失ってはならないと直感で判断する。
なんとか居住まいを正して、まるで取引先と対面するかのように、男にお辞儀をしてみせた。
「え、えーっと……ごめんなさい。あなたは、その…コスプレ?の方…?」
男は私の言葉を完全に無視した。流石にコスプレは直球すぎたか?
彼はボサボサの小麦色の長髪からのぞく尖ったエルフの耳はひくひく揺れていて、私の声を精密に拾っているようだ。その動きから彼の耳が作り物などではなく、男の体の一部であるということを悟った。……悟ったけれど、なぜ目の前にそんなエルフがいるのか情報が足りなすぎる。
「この地に彗星が落ちたのは、五分前だ」
男が指さした私の足元の草原には、不可解な模様が描かれていた。それはまるで宇宙人が残したミステリーサークルを連想させ、なんだか不気味に思える。
「異世界からの召喚の際、彗星が落ちるのが通説だ。つまり貴様はその召喚の儀によって導かれた異世界人ということになる」
「い、異世界……!?」
「そうだ。ここ最近流行してるらしい」
「流行ってんの?」
「道端や街で転がっているのをよく見る」
「よく見るんだ?」
「さすがに、こんな森の中で呑気に眠ってるのは貴様が初めてだが」
「望んでこんな場所にいた訳ではないんですけれども」
思わず声が裏返った私に、エルフは心底煩わしそうにため息をついた。マンガでよく見る定番の展開だけど、まさか最近自分が流行り(?)の異世界転生に巻き込まれるなんて…いや、待った。それじゃあ、私…。
「元の世界で死んじゃったってこと?」
「それは知らん」
「どうやって帰ったらいいの!?」
「それも知らん」
エルフは面倒くさそうに、しかし律儀に答えてくれた。このエルフ、話し方はぶっきらぼうだが意外と悪い人(エルフ?)ではないんじゃなかろうか。
とにもかくにも、目下の最優先事項は生存の確保と安全な街への移動だ。そしてその為には確実に協力者が必要、そう、今ちょうど都合よく私の目の前にいるエルフとか。
「あ、あのう」
「気安く話しかけるな、人間」
そんな殺生な。
エルフの冷たいライムグリーンの目がこちらを睨む。だけど怖気付いている場合ではない、なんせこちらは命がかかっているのだから。
「あなたはこの辺りに詳しいお方…ですよね? 私を安全な街まで案内するなんていう、『契約』を結んでくれたりは……」
ギロリと眼光が強くなる。知らない男の人に睨まれた恐怖で膝がガタガタ震える。それでもなんとか立ち直って深々と頭を下げた。
「報酬は、私が持っている貴金属でなにとぞご容赦を!即時決済します!」
私はあえてブランドロゴが見えるように腕時計を差し出したが、エルフの表情は微動だにしない。結構値が張った腕時計だし、通貨の異なる貴金属としての価値も高いはず。なのにエルフは一瞥すらしなかった。
「断る。ただの金属の塊など価値を感じない」
「交渉の余地なし……!!」
落胆しながらも、そりゃそうか、とも思った。彼にとって私はどこから来たかも分からない他人で、珍妙な格好をした怪しい異邦人。しかも対価に差し出したのは、よくわからない異世界の金属の塊。
彼が私に手を差し伸べる必要なんて全くないし、普通なら憲兵(この世界にいるのかどうかは知らないけど)にでも突き出してしまうだろう。ガックリと肩を落として座り込んだ私に目もくれず、エルフはマントを翻して背を向けた。
「お前の身を守るのは、俺の利益にならない」
「おっしゃる通りで……」
「ただし」
エルフは、私の背後にある巨大な蜘蛛の巣を一瞥した。その巣のおぞましさに気を失ってしまいたかったが、今気を失えば確実に詰むので根性で正気を保った。なんか茂みの向こうで無数の目がこちらを窺っている気もするし、カサカサと足音が聞こえる気がする。いや、気のせい、気のせい。
「この森は危険だ。冒険者はともかく、戦闘経験のない者ならば尚更死亡率が極めて高い」
えぇ、そうでしょうとも。きっと今あなたに置いていかれたら私は大蜘蛛の朝ごはんにでもなっていることでしょうよ。
神にも縋るような目を向けると、エルフは深く、それはもう深くため息をついた。
「俺の後ろを歩くのは自由だ。ただし、距離を保て。俺は『護衛』はしない。自力で生存しろ」
エルフは私の返事を待たず、音もなく森の奥へ歩き出した。10メートルほど進んだ後、エルフは振り返って叫んだ。
「聞こえなかったのか!俺は貴様を護衛しない。そこで死にたいのなら勝手にしろ」
「わ、わかっています!聞こえてます!すぐ行きます!」
「……ふん」
エルフは鼻を鳴らして、また獣道を歩き始めた。
私は急いで地面に散らばった私物をカバンに押し込んで立ち上がった。
その背中はどこまでも頑なで、一切の妥協を許さない鉄の壁のようだった。けれど、私がついてこれないほどの速度では歩かなかった。今走ったら、きっとすぐに隣に並ぶことができるだろう。
パンプスで獣道を歩くのはそれなりに辛いけれど、泣き言なんて言っていられない。きっとあのエルフは私を待ってくれないし、助けてもくれない。
「でも」
これは最も効率的な危機回避ルートだ。きっと完全に見捨てられることもないんじゃないかな。
そんな淡い期待を胸に、エルフの背中を追いかけるように獣道を走っていった。
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※次回更新は1月3日18時です




