198_秘蔵のチャーシュー泥棒と捕獲劇
前日の海賊騒ぎもすっかり落ち着いて、穏やかな日になった十二日目の早朝。私は船の貯蔵庫で、ランタンの明かりを頼りに頭を抱えていた。
「ない……ない、ない、なーーい!」
「何の騒ぎだ」
ドスドスといつもの足音が聞こえて、怪訝な顔をしたビョルンさんが入ってきた。その足元をすり抜けて、ミニベロスが私の足元に飛びついてくる。
「ビョルンさん、事件です! 泥棒です! 今日の朝御飯用にって、昨日漬け込んでおいた魔獣肉のチャーシューが、丸ごと消えたんです!」
タクさんから頂いた醤油と海鮮出汁で作った特製ダレで漬け込んで、チャーシュー丼にしようと思っていたのに! なんならもうお米も鍋にかけてあるのに!
「なんだと?」
その瞬間、ビョルンさんのライムグリーンの瞳が、海賊と対峙した時以上に鋭くギラリと輝いた。食い物の恨みはエルフをも変えるらしい。
「我々の食料を盗むとは、命知らずな奴だな。船員たちの仕業か?」
「いえ、ドアは閉まってましたし、窓も小さすぎます。そもそも船の人達が盗む必要もありませんし……ん?」
ミニベロスは木箱の隙間に向かって、低く牙を剥いて威嚇していた。
「どうかしたの?」
私とビョルンさんは隣に並び、一緒に隙間をのぞく。そこには、まん丸い光る目がひとつ、こちらをじっと見返していた。
「キキッ!」
「えっ、なに!?」
ベッドの下から飛び出してきたのは、猫のような耳と牙をもつ一つ目の魔物だった。その口には、しっかりと私のチャーシューがくわえられている。貨物にでも紛れ込んでいた魔獣だろうか。
「食料庫によく出る泥棒魔物だ。素早くて捕まえるのに苦労するぞ」
「おのれ泥棒! 返しなさーーい!」
私は木箱を押しのけて、近くにあったシーツをバサッと広げて突撃した。しかし、相手はさすが野生の魔物、もの凄くすばしっこい!
魔物は床を蹴り、壁を走り、私の頭をポンと踏み台にして、今度は吊り下げられた籠の上へと大ジャンプを決める。
「わっ、踏まれた! ビョルンさん、捕まえて!」
「クソ、チョロチョロと……!」
ビョルンさんが軽く指先を振ると、部屋の中に小さな竜巻のような風の壁が局所的に発生した。泥棒魔物の退路が完全に断たれる。行く手を阻まれた魔物が、空中で体勢を崩した。
「今だっ!」
私はここぞとばかりにシーツを抱えてダイブした。しかし、着地した床が、波のタイミング悪く船がグワリと傾いたのだ。
「あ、れ!?」
「おい、危な……!」
おっとっと、と盛大に足をもつれさせた私は、泥棒魔物ではなくビョルンさんの胸元へと、思い切り頭から突っ込んでしまった。
ドサササッ!!
凄まじい音を立てて、私はビョルンさんを床に押し倒す形で一緒に転がった。シーツが二人の頭からすっぽりとかぶさり、視界が真っ白になる。
「う、うう……痛たた……」
「……どけ。重い」
「重いなんて、レディに失礼ですよ」
すぐ真下から、低くてちょっと苦しそうな声が聞こえた。慌ててシーツをめくると、仏頂面とご対面した。そして私の両手はビョルンさんの逞しい胸板をがっちりと掴んでしまっている。なんということでしょう、コンプライアンス案件だ。
「あ……!? ご、ごめんなさい!」
「……ったく。お前は本当に、魔物よりタチが悪い」
ビョルンさんはハァ、と深い短いため息をつくと、私の腰に手を回し、軽々と持ち上げるようにして私を床に着地させた。
相変わらずのゼロ距離。起き上がりざま、彼のライムグリーンの瞳がいたずらっぽく細められる。
「すけべ」
「はぁ!?」
思ってもみなかった言葉に、反射的に声をあげる。顔も熱くなって、額に汗が浮かんだ。
「ふ、ふふふ、不可抗力ですぅ! なんか柔らかいと思ったけど!」
「ふぅん……?」
「げぇっ、今のナシ!」
自分の発言のせいで墓穴を掘って顔が熱くなる。私がいつものように「みぞおちパンチ」を繰り出そうと拳を握りしめた。しかしその動きを見きったビョルンさんは、私の腕を捕まえてしまう。その大きな手のひらに、この人が大人の男のエルフなのだということを思い知らされて、ドキッと心臓がはねた。
「キャン!」
部屋の隅で、短い勝ち誇ったような声が響いた。見ると、ミニベロスが泥棒魔物の尻尾を前足でがっちりと踏みつけ、完全にホールドしていた。魔物の口からは、ポロッとチャーシューが落ちている。
「あ、ミニベロス! ナイス、お手柄!」
私が駆け寄って頭を撫で回すと、ミニベロスは嬉しそうにブンスカと尻尾を振った。犯人の泥棒魔物は、すっかり戦意を喪失して、耳をペタンと寝かせてブルブルと震えている。
「さて……この泥棒の処分だが」
ビョルンさんが床から立ち上がり、服の埃を払いながら歩み寄ってきた。その目が、じっと泥棒魔物のモコモコした毛並みを見つめている。
「肉の代わりに、こいつを今からローストにするか?」
「キキィーッ!?」
泥棒魔物が恐怖のあまり白目を剥きそうになった。ビョルンさん、目が本気だ。冗談に聞こえない。
「ダメですよ! 倉庫の檻にでも入れて、陸地で逃がしてあげましょう。結局、お肉は無事だったんですし」
私はリスをシーツでぐるぐる巻きにして確保し、落ちたチャーシューを回収した。幸い、包装の上から噛まれていたので無事で、安堵の息を吐く。
「ふぅ、一安心ですね」
「動いたら腹が減った」
やれやれと首を振るビョルンさんのお腹が、ぐぅと大きくなった。いたたまれなさそうに顔を背ける彼に、私は笑いを堪えながら言う。
「朝御飯、すぐに作りますから」
ビョルンさんは頷いて、シーツにくるんだ泥棒魔物を引っ掴んで倉庫を出ていった。私もミニベロスを抱き上げて、その後を追いかけた。
「はい、どうぞ! 海の魔物のチャーシュー丼です!」
私たちは船室に戻り、遅めの朝食をとっていた。タクさんに分けてもらった米もこれで最後だから、特別なものを作ろうと思っていたのだ。
奮闘により取り戻したチャーシューを薄くスライスしてお碗いっぱいに積み重ね、トップにはクックホッパー(鶏)の目玉焼きを乗せる。ビョルンさんに頼み込んで浄化魔法を使ってもらい、半熟に仕上げた。
「船でも卵が食べられるなんて、魔法さまさまですね!」
異世界には魔法があるから、食材の運搬にも融通が効くのは非常に喜ばしい。
「魔法を便利道具代わりに使うのはお前くらいだ。それもこれも、俺という魔術師が同行しているからということを忘れるなよ」
「もちろん。ビョルンさんと、ビョルンさんの魔法には頭が上がりません」
わざとらしいくらいに頭を下げると、ポコンと頭を叩かれた。ひどい、感謝の気持ちは本当なのに。
「さ、冷める前に食べましょ。いただきます!」
「いただきます」
「キャワン!」
今回の功労者であるミニベロスにも、特性のミニチャーシュー丼を作ってあげた。ミニベロスは三つの頭それぞれをお椀に突っ込んで、ガツガツもぐもぐとがっついている。そのしっぽがぷりぷり震えていて、私は彼らの背中を優しく撫でた。
私もチャーシューを一口齧って、そして目を丸めた。じゅわっと溢れる肉の油と醤油の甘み、そしてしっかりと満足感のある食感のある肉。そしてタレを吸った白米がほろりと崩れて、口のなかいっぱいに広がった。
「うぅん、おいしい! ビョルンさん、お味はどうですか?」
一方でビョルンさんはスプーンで米とチャーシューを大盛りにすくい上げて、がぶりと大きな口でかぶりついた。そして一口、二口と勢いよくかきこんで、満足そうに鼻を鳴らした。
「悪くない」
美味しいって素直に言えばいいのに。なんて、思うのも最初のうちだけだったな。今はそのへそ曲がりな言葉が、最高の褒め言葉に聞こえる。
あさひが照らし始めた船室での、ドタバタな泥棒捕獲劇。そんな運動の朝のご飯はなんだかいつもより美味しく思える。少しスリリングな船旅の中での、刺激的な朝食も悪くない。私はご飯をかきこみながら、ひとりごちたのだった。




