193_備えあれば憂いなし
騒々しい朝食を終えて店を出た私たちは、大通りの店を眺めながら歩いた。屋台で焼いている魚介の匂い、怪しいポーション屋のハーブの香り。冒険者御用達の鍛冶屋が鉄を打つ音、魚屋の客寄せの声。
「ポーションの在庫は十分ですし、販売プランを考えないといけませんね。向こうでパーティーを雇うなら、資金はあるに越したことないですから」
賑わっている通りには冒険者の装いをしている者が多く、この街が迷宮都市への経由地であることが伺える。
「冒険者用のポーションを売らないと」
私の言葉に、ビョルンさんは面倒くさそうに欠伸で返事をする。つられてカバンの中のミニベロスも三頭それぞれ小さな口をめいっぱい開けて欠伸をした。
「近くにダンジョンがある。そこで素材集めでもするか」
「どんな素材があるんですか?」
「この島の奥地は火山地帯だ。そこに生息する薬草で、火傷に効くポーションが作成できる。仕入れておいて損はないはずだ」
「じゃあ早速行きましょう!」
「だが、その前に」
ビョルンさんは立ち止まって、道沿いの店に向かって顎をしゃくった。
「物資補給のために停泊してる。俺たちもそうするべきだ」
彼が立ち止まったのは服飾品を扱う雑貨店だ。あまりにも不似合いなチョイスに首を傾げる。そして思いついた答えに、あっと声を上げた。
「お洋服欲しいんですか?」
「馬鹿言え。お前の装備を整える」
「え? あっ、ちょっと! 待ってくださいよ!」
ビョルンさんは呆れたように肩をすくめると、私の答えを待たずに店の中に入っていく。ドスドスと迷いなく進む後ろ姿を追いかけるように、店のドアをくぐったのだった。
「わぁ……」
店内は雑多に並べられた装備品が溢れんばかりに陳列されていて、不思議なお香の香りがする。店主と思しき男がパイプの煙をふかしてこちらを一瞥したが、何も言わずに窓の外に視線を戻した。
ミニベロスはお腹がいっぱいになったのか、カバンの中で大人しく眠っている。本当にこの子は手のかからないいい子だ。私は戸口の近くにカバンを下ろして、ミニベロスをそっと寝かせてあげた。
「ここから先は寒暖差が激しい地域になる。朝晩は冷え込むが、昼は地熱でかなり気温が上がるぞ」
「過酷な環境になりそうですね」
覚悟していなかったわけではないけれど、改めて言われると緊張する。
「地形に適したローブとブーツを見繕ってやる。お前のギルド服では厳しいだろう」
ビョルンさんはローブを掛けているクローゼットを指さして、私を呼んだ。私はその背中の後ろから顔を出して、ローブを見る。茶色系から黒色系、ネイビー、時々鮮やかな色のローブも混じっている。
「これなんかどうでしょう?」
私が黒のローブを手に取ると、ビョルンさんは首を横に振って棚に戻す。
「それは加護が弱すぎる」
「そ、そうなんですか……?」
「見ればわかる」
「わかりませんよ、さすがに。そもそもなんですか、加護って」
正直なところ、無造作に並べられたローブはせいぜい色くらいしか変わらないように見えるのだが。加護なんてどこをどう見たらいいんだろう。
「お前のスカーフにも付いているだろう。魔物の攻撃を受けてもダメージを減らしたり、体力を回復させる効果のある補助魔法を一般的に『加護』と呼ぶんだ」
つまり、ゲームの装備品のステータスみたいなものか。昔、手に取ったRPGゲームの記憶を引っ張り出しながら頷く。
「これから行くのは迷宮都市と鉱業都市。薄っぺらな布では身を守れん」
そこで一度言葉を区切り、ビョルンさんは少しからかいの声音を乗せて言った。
「お前は殊更、危なっかしいからな」
「悪かったですね、ドジで」
ビョルンさんの腕をポコン、と叩いて抗議してみせると、ビョルンさんはおかしそうに喉を鳴らして笑った。まったく、この意地悪エルフは私をからかうのがお好きらしい。
「ビョルンさんの装備には何の加護がついているんです?」
「俺のローブには風魔法と、調薬の加護がついてる。それ以外は特に必要を感じない」
「調薬の加護なんかもあるんですね。私にはどんな加護がついていた方がいいと思います?」
なんだか楽しくなってウキウキで尋ねるが、ビョルンさんの答えは淡白かつ夢のないものだった。
「防御力」
「即答ですか」
ビョルンさんの堂々と、そしてはっきりと告げられた言葉にガックリと肩を落とす。本当はもっと華々しいものがいいのに。
「……これは、いいな」
「なんですか?」
ビョルンさんがふと目を止めた橙色のローブを覗き込む。色鮮やかで、可愛らしいポンチョのような形をしている。と、そこで店主が私たちに声をかけた。
「『鑑定』と『防御力』の両方を補う優れものだ。あんたら、商人だろ。使い道は多いだろうさ」
ビョルンさんは頷いて、私の頭にポンチョを被せた。乱暴な手つきでポンポンと頭や肩を叩いて、様子を見ている。私はされるがままビョルンさんを見上げて、彼が満足するのを待った。
「着心地は」
「いいですよ。素材も柔らかくて」
「ブーツはこっちを合わせろ。縫製も悪くない上に、『体力上昇』の加護がついている。要するに、疲れにくくなるということだ」
差し出された革のブーツはとても大きいように見えたが、履いてみるととてもしっくり馴染む。分厚い靴底は熱を通さず、安定感もあって歩きやすい。
「どうだ?」
ビョルンさんは期待を込めた目で私を見下ろした。なんだか楽しそうな彼に、私も嬉しくなって頷いた。
「とても気に入りました」
「そうか。店主、これをくれ。それからその脇に置いているナイフも」
「あいよ」
ビョルンさんは財布を取り出しながら、店主のカウンターに鞘入りのナイフをドンと大きな音を立てて置いた。
なかなか高価そうなものだけど、ビョルンさんが一目惚れでもしたのだろうか。私はビョルンさんが手早く勘定を済ませるのを見ながら、のんきにそんなことを考えていた。
「行くぞ」
ビョルンさんは買ったものを小脇に抱えると、またしてもドスドスと足音を立てて出ていってしまった。私は慌ててミニベロスを抱き上げると、店主にお辞儀をして店をあとにした。ポンチョが風に舞ってドアに挟まれないように気をつけながら。
「ルナ、お前のものだ」
おもむろに振り返ったビョルンさんが放ったのは、先ほど購入したナイフだ。慌てて受け取って彼を見上げると、ビョルンさんは少し意地悪な顔をしていた。
「いいか、この三日でお前を鍛えてやる。そのためにも、ダンジョンに潜るぞ」
「……へ?」




