192_無法地帯の朝食
港町の朝は早い。私達は『覚醒と保温ポーション』を箱に詰めて、行き交う釣り人たちに売り捌いた。ポルタ・サレほどの売上は無いものの、売れ行きは上々だ。
「おい、行商人!」
突然呼ばれて立ち止まると、冒険者パーティと思われる四人組に囲まれた。ビョルンさんは不躾な冒険者たちに顔を顰めて、私とミニベロスの前に出る。
「なにか用か」
「ポーションを寄越せ。体力回復と傷薬、人数分だ」
「承知しました、お待ちくださいね」
私は営業スマイルを作って、木箱の中からポーションを人数分見繕った。横柄な態度を不満に思わないわけではないが、これは仕事だということで割り切った。とはいえ、なんだか夢が崩れてしまう気がしないでもない。RPGゲームの中の冒険者はヒーローのような存在だったから。
「ポーション一本、銀貨一枚です。八本なので、銀貨八枚ですね」
「はぁ? 高くね? 前の行商人は銅貨五枚だったぞ」
文句があるなら他に行ってくれていいですよ。そう言いたいのをグッと堪えたけれど、ビョルンさんは素直すぎるので私の心の内を代弁してくれた。
「安易な値引きはしない。文句があるなら他を当たれ」
いつもならビョルンさんに文句を言うところだけど、今回は脳内でガッツポーズをしていた。冒険者たちは値引き交渉が失敗して不満そうだ。それでも財布から銀貨を取り出すと、私の手に叩きつけるように置いていった。
「この辺りの冒険者は質が悪い。気をつけろ」
ビョルンさんは冒険者たちの後ろ姿を睨みながら、低く唸るように言った。
「この辺りはダンジョンが多く、冒険者も集まりやすい。ただ、この近辺は役人の目が届かん無法地帯だ」
「無法地帯……」
物騒な言葉に、ミニベロスと一緒に身体を震わせる。
「盗賊ギルドやギャングもいる地帯だ。まぁ、たかが行商人に目を付けることはないだろう」
「だといいんですけれど」
「滞在期間はあと三日ある。慣れろ」
ビョルンさんはそう言うと、ずんずんと前を歩いていってしまった。私たちが乗っている船は運搬船であり、いくつかの街に数日滞在するタイプの船らしい。私たちはこのおっかない街であと三日間生き延びなければならないのだ。
私たちは酒場に入り、遅めの朝食を取っていた。賑やかな酒場には冒険者たちが酒を飲んで入り浸っており、大きな声で談笑している。
「はい、おまちどお」
スープの中には蠢く小魚が入っていて、正直食欲はそそられない。ビョルンさんはナイフを持つと、その魚にトドメをさした。
「うわっ、びっくりした」
「鮮度が落ちると不味くなる。さっさと食え」
「うぅ、なんかまだ動いてる……」
私はスプーンでかき混ぜながら、小魚をすくい上げる。やっぱり色が進まなくて、こっそりミニベロスに食べさせてあげた。三つの頭で取り合いながらも、ペロリと完食したミニベロスは、けぷっと小さくゲップをする。
スープ自体はどろっとしたクラムチャウダーのようで美味しいんだけど、ジャリっとした食感が少し気持ち悪い。異世界の、しかも無法地帯の食事に慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「おい、もう一回言ってみろ!」
突如、酒場に怒号が響き渡り、先程までの賑やかさが潮のように引いた。私はびっくりしてビョルンさんの傍に身を寄せ、ビョルンさんは眉を寄せてスプーンを置いた。
「うちのパーティーがなんだって?」
そう叫んだのは、大柄で斧を背負った戦士だ。こちらはかなり大きくて、巨人の血が入っているのかもしれない。
「本当のことだろ。図星をつかれたからって、怒るなよ」
冒険者に答えたのは、黒いフードを被った冒険者だった。彼は戦士を冷静に見つめている。ただ、少し煽るような、嘲笑的な笑みを浮かべていた。
戦士は怒り狂っており、今にも殴り合いが勃発しそうだ。しかし驚くことに、周囲の客は諌めるどころか興奮したように木杯でテーブルを叩く。
「おい、嬢ちゃん。どっちに賭ける?」
「えぇっ?」
店員までもが私に聞いてくる始末に、私は開いた口が塞がらない。ビョルンさんを見上げると、首を傾げて銀貨一枚を店員に差し出した。
「右の冒険者に」
「どーも!」
ビョルンさんが賭けたのは、いかにも軟弱そうな冒険者の方だ。観客たちは戦士に賭けているし、私も勝つのは戦士だと思う。というか、ギャンブルは良くない!
「まぁ見てろ」
文句を言おうとした私の頭に、ポンと手を置いて黙らせるビョルンさん。私はミニベロスを抱き上げて、固唾を飲んで戦況を見守った。
「うおお!」
戦士が吠えて、冒険者の胸ぐらを掴む。そして軽々と持ち上げると、ドカン! とテーブルに叩きつけた。エールが飛び散り、木杯が私の足元に転がってくる。観客たちは歓声を上げて喜び、足を鳴らして盛り上げた。
「あーあ、銀貨一枚が……」
「まだ終わってない」
ビョルンさんは首を振って、床に蹲った冒険者を顎でしゃくった。たしかに彼の目はまだ強い光を放っている。この喧嘩はまだ終わっていない。
「っ、この……!」
冒険者は背後から大男の背中に飛びついて、ヘッドロックを仕掛けた。冒険者の細い腕が、大男の太い首を絞めあげる。
「おい! さっさと振りほどけ!」
観客のひとりが戦士に叫ぶ。しかし戦士は顔を赤くして、バタバタともがくだけで抜け出すことができない。そのうち口の端から泡を吹き、白目を向いてバッタリと倒れてしまった。
「ほんとに買っちゃった……!」
私の声がシンとした酒場に響いて、慌てて口を塞いだ。観客たちはぽかんと口を開けて、冒険者を見つめている。意外な結末で終わったけれど、この場の騒動は収まったようだ。これで穏やかな朝食に戻れる。
しかしそう思った私は、まだまだ浅はかだったらしい。
「おい! いくら賭けたと思ってんだ!」
観客の中から、一人の酔っぱらいが立ち上がって野次を飛ばす。それに続いて一人、もう一人と野次が増えた。冒険者はくるりと振り返ると、一人目の酔っ払いに近づいて……。
「うるさい」
パンチをした。重い拳で、一発ドカンと。
「……っ、の野郎ぉお!」
鼻っ柱を折られた酔っ払いが、鼻血を出しながら冒険者に掴みかかる。それに便乗するように、周囲の観客が冒険者に向かって飛び出した。あっという間にその場は乱闘になり、エールやらスープやら肉やらが飛び散るカオス空間になってしまった。
「えっ、えぇぇ!?」
「無法地帯名物、酔っ払い共のダンスパーティーだ。楽しめ」
ビョルンさんは眉間に皺を寄せたまま、木杯を煽った。その中身はただの果実ジュースだけど。
「エルフは静寂を尊ぶものじゃなかったんですか?」
「飯を食うためだ。我慢するしかあるまい」
「はぁ……朝ごはんくらい、ゆっくり食べたいなぁ」
乱闘に明け暮れる客を眺めながら、私は磯臭いスープを飲み下す。その塩気でしたがビリビリとして、私は木杯のエールを一気に煽るのだった。




