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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
08_異世界の船旅編

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190/246

190_海の危険と思い出

 異世界の船旅は過酷だけど、日本では見ることができない景色がたくさんある。クジラのような巨大な魔物が悠々と泳いでいる様子を、甲板から眺めていた。腕の中のミニベロスは潮風の匂いを嗅ぐように、フンフンと鼻を鳴らしている。


「気分はどうだ」


「もうずいぶん回復しましたよ。ありがとうございます」


 ビョルンさんが甲板に上がってきて、私たちの隣に並んだ。この船は補給のために一度港に停泊するらしい。今晩は陸の寝床で一息つけそうだ。


「港って、どんなところなんでしょうね?」


「小さな離島だ。期待はするな」


 素っ気なく言うと、面倒くさそうに欠伸をするビョルンさん。彼はこの大きく揺れる船の中でも、普段通りの様子だ。特に疲れた様子もみられない。


「ビョルンさんは船旅に慣れているんですか?」


「いや、慣れているわけじゃない」


 ビョルンさんは昔を懐かしむように目を細めて、小さく首を横に振った。


「まだ北部に魔王が迫っていなかった頃。幼い頃に両親と北国に出かけたことがある。氷だらけの海を進む船でな、乗り心地は最悪だった」


 最悪、と言いながらも彼の口角は上がっている。きっと大切な思い出なのだろう。彼が進んで過去の話をしてくれてうれしい。


「北国ってどんなところなんですか?」


「この国よりも排他的な国だ。父の故郷があった、ということしか知らない。今はもう魔王の配下に堕ちて滅亡した」


「あ……えっと、そうだったんですね。ごめんなさい」


 なんてことだ、質問を失敗してしまったらしい。俯いて視線を下げると、ミニベロスがしっぽを下げて心配そうにキューンと鳴く。


「構わん。もう百年以上の話だ。父の故郷というだけで、特段思い入れはない」


 ビョルンさんは『気にするな』と言うように、私の頭 をガシガシと乱暴に撫でた。


「ただ、あの国の飯は美味かった。もしまだあの国があれば、お前にも食わせてやりたかったが」


「北国のごはん? 何を食べていたんですか?」


 食事の話題に、わかりやすく気分が上昇する。


「海の魔獣の肉だ。油が乗っているが赤身の質が良い肉でな。ローストにするか、シチューにするのが美味い」


 ビョルンさんはクックッと喉で笑った。食事に頓着のない彼が思い出話をするほどに美味しいお肉なんて、興味があるに決まってる。


「もう食べられないのは残念ですねぇ」


「繁殖期になるとこの海域にも出ると言われているが、もう長年見かけていない。国とともに絶滅したのかもしれん」


 ビョルンさんが海を見てため息をついた。私も彼の隣に並び、水平線を見る。すると、広報の船乗りたちがなんだか騒がしいことに気がついた。


「どうしたんでしょう?」


「魔物が船の下に潜った! このまま奴が浮上すれば船が沈むぞ!」


「えぇっ!?」


 突然の異常事態に、思わず悲鳴にも似た声が出た。出航してまだ三日も経っていないのに、沈没の危機だなんて笑えない。ビョルンさんを見上げると、彼は面倒くさそうに頭をかいてため息をついた。そしてなぜか急に上着を脱ぎ始める。


「えっ!? ビョルンさんっ!?」


「海の藻屑になりたくなければ大人しくしてろ。いいか、顔を出すなよ」


 ビョルンさんはそう言うと、私の額に手を添えて保護魔法をかけてくれた。そして壁に立てかけてあった(モリ)を手に取る。まさかこの人、海に潜って魔獣を退治するつもりなのでは?


「ビョルンさん、ちょっと待って!?」


 しかしビョルンさんは私の制止を振り切って、海に飛び込んでしまった。それと同時に、ゴウンと大きく船が揺れて、近くにあった柱にしがみつく。水面からバリバリと稲妻があがって、ぐるぐると洗濯機みたいな渦巻きが起こった。海水がざぶんと甲板に


「うわっ、うわわわ……!」


 右に、左に船体が大きく揺れて、下手なジェットコースターよりも酷い横揺れに振り回される。


「キュウ〜ッ!」


「あ、ちょっと! ダメダメっ!」


 甲板を滑って転がっていきそうなミニベロスを捕まえたけれど、正直回復していた船酔いが悪化した。目を回しながら柱にしがみついていると、船乗りたちから歓声が上がりはじめる。『やったぞ!』とか『すごい!』とかのけたたましい歓声が割れんばかりに響いて、頭が痛い。


「うぅぅ、なんなの……?」


「終わった」


 トン、と甲板の板がきしんで、見上げるとずぶ濡れのビョルンさんが立っていた。濡れた前髪をかきあげて、鬱陶(うっとう)しそうに髪を束ねる。私はずぶ濡れになりながら、甲板でひっくり返ってビョルンさんを見上げた。


「終わったって、なにが」


「船を沈められる前に魔獣を倒した。水揚げして肉を分けてもらえばいい」


 そう言ったビョルンさんの顔は晴れやかで、どことなく嬉しそうだ。私は吐き気を抑えながらも、ビョルンさんに尋ねる。


「ご機嫌がよろしいようで?」


「先程話した魔獣だった」


「え? 北国の?」


「そうだ。これで北国のシチューが作れる」


 フフン、と得意げに笑うビョルンさんは私を甲板から起こしてくれた。グラグラするから私はその大きな胸板に額を押し付けて、何とか吐き気に耐える。とても磯臭い。


「シチュー……」


 この頭痛を引きずって、脂の乗った肉なんて食べられるだろうか。心配になってビョルンさんを見上げると、困ったように首を竦めて見せた。


「体力をつけるためにも食った方がいい。調理はしてやる、部屋で寝てろ」


「陸地にあがりたいです」


「はぁ……わかった。今晩は陸で宿を取ってやる」


 ぽんぽんと子供をあやすように言うと、ビョルンさんは濡れた身体のまま甲板を歩き去っていった。汽笛が響きわたり、水平線の向こうに小さな島が見える。私はずぶ濡れになった身体を潮風に預けながら、船の行く先を見ていたのだった。

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