184_エルフの幸運草商会
アールを無事にポルタ・サレの警備兵へと引き渡し、嵐のような夜が明けた。そして翌日、五人の魔術師への引き継ぎという怒涛の一ヶ月に終わりを告げた。
「次はどうする」
研究室にて魔術師たちをルーンデールに送り出す準備をしながら、ビョルンさんは私に問いかける。
「アールが言っていたことも気になりますし……クリスタニアに行きたいんですけれど、ビジネスプランと移動手段が課題ですね」
「ビジネスプランか」
ビョルンさんはなんだか複雑そうな顔をして、黙りこくってしまう。その様子が苦しげに見えて、私は場を和ませるように笑ってみせた。
「大丈夫ですよ。これまでだって上手くいったんですから」
ビョルンさんの胸を叩くと、彼は耳を上げてふっと笑みを零した。その笑みから私への信頼を感じてしまい、ちょっと頬が熱くなる。
……って、いけない、いけない。そんなことしてる場合じゃないってば。
そう自分に言い聞かせて、私は準備を再開しようとした。その時、研究室の扉を軽くトントンと叩く音がする。来客の予定はなかったはずだけど、と不思議に思いながら扉を開けると、少し懐かしい顔が笑顔で飛び出してきた。
「やあやあ、おふたりさん! お疲れさんやでーっ!」
「グリオンさん!」
相変わらず突然の登場だけど、彼に会えたのはとても嬉しい。グリオンさんと軽いハグをすると、ビョルンさんがまたしても咳払いをした。混ぜてもらえなくてヤキモチを焼いてるんだろうか。
「聞いたで、聞いたで。ビョルン兄さん、商会立ち上げるらしいやないかっ! で? その商会のお名前は?」
グリオンさんが嬉々として投げかけてきた問いに、私とビョルンさんは同時に顔を見合わせる。
「そういえばビョルンさん、何にしたんですか?」
「……そういうのはお前の管轄だろう」
「えぇっ!?」
気まずそうにそっぽを向いたビョルンさんに、私は開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと、まさか何も考えてなかったんですか」
むっつりと黙り込んでしまうビョルンさん。頑固な彼はこういう時が面倒だ。私はトントンと彼の胸を突いて抗議する。
「これからあなたが運営する商会なんですよ。自分で決めないと」
「せやで、ビョルン兄さん。ルナちゃんだって母ちゃんやないんやから、いつまでも甘えたらあかん!」
「……やかましい」
むくれた表情のままビョルンさんは腕を組んで、首を傾げた。しかしやはり何も思いつかなかったのか、眉間にシワが濃くなるばかりだ。いつまでも答えが出そうにないので、しかたなく助け舟を出す。
「覚えやすい物の方がいいですよね。なにか好きなものの名前にするとか?」
「ビョルン兄さんの好きなモン言うたら……」
グリオンさんはそう言って、私の顔を見つめる。どんぐりみたいな大きな目で見つめられ、私は首を傾げた。
「ん?」
「え?」
二人して首を傾げていると、ビョルンさんは短くため息をつく。そして薬草棚から小さな緑色の葉を取り出して、私の手のひらに置いた。それは私の世界の四つ葉のクローバーのように見える。
「……幸運草」
「幸運草! なんだか縁起も良さそうだし、いいですね!」
「ったく、素直やないなぁ、兄さんは!」
グリオンさんは腕を組んでガハハ!と笑う。なにやら隠していそうだけれど、今は問い詰めないでおこう。
「じゃあ、ビョルンさんの幸運草商会ってことで」
なんだかとても可愛らしい名前で、とても気に入った。覚えやすいし、演技も良さそうだし、ビョルンさんにしては良いチョイスだと思う。
「んじゃ、その幸運草商会さんの初仕事。エリザベスお嬢様からのプレゼントや」
グリオンさんは二枚の紙切れを取りだし、私の目の前にパタパタと振ってみせる。よく見るとそれはクリスタニアへと向かう定期船の、しかも一等客室の乗船チケットだった。
「船のチケット? しかも一等客室!」
「病み上がりでお疲れの兄さんを、三等室に転がすわけにもいかんやろ?」
「……余計なお世話だ」
ビョルンさんは不満げに耳を伏せるけれど、拒絶はしていなかった。私はアールが最後に残した不気味な言葉がずっと引っかかっていて、グリオンさんにたずけてみる。
「あの、グリオンさん。クリスタニアについて、何か知っていることはありませんか? 実はアールが、あの街についてすごく不穏なことを言っていたんです」
私はアールと、彼を消そうとしたセレスティウムの魔術師の話をした。グリオンさんは神妙な面持ちで頷いて聞いていたけれど、難しい顔のまま口を開いた。
「正直に言うと、あの孤島は昔からめちゃくちゃ閉鎖的な場所なんや。外の人間を簡単には信用せんし、中の情報も滅多に外には流さん」
グリオンさんは声を潜め、真剣な口調で言葉を続けた。
「ただ、ここ最近、セレスティウム関連でなんやきな臭い噂が出ているのは確かやな」
「どんな噂なんです?」
「行方不明者がめっちゃ出とるらしい。あの島じゃ冒険者ギルドの天下らしいけど、同じギルドの中でも情報が入ってこんのや。僕も行こうと思ったけど、ハーフリングはお断りなんやって」
グリオンさんはそこまで言うと、またいつもの飄々とした笑みを浮かべて、私の背中ポンと叩いた。
「てなわけで、新進気鋭の『幸運草商会』の出番っちゅうわけや!」
「というと?」
面倒事の気配を察知して、機嫌悪そうにビョルンさんは尋ねる。
「情報がないんやったら、自分らで中に入って引きずり出すしかないやろ?」
そう言って悪戯っぽくウィンクするグリオンさんから、私はしっかりとチケットを受け取った。
アールの残した棘のような言葉。そして、あの黒いローブの魔術師の『待っているよ』という冷酷な嘲笑。すべての答えは、あの未知の鉱山都市にある。
「……行きましょう、ビョルンさん。私たちの目的を果たすためにも、あの鉱山都市には行かなきゃならないみたいですから」
ビョルンさんは小さく笑い、私の頭をいつものようにガシガシと撫で回した。足元では、ミニベロスが三つの頭を同時に揺らして、早く行こうとワンワンと急かしている。
「せや、クリスタニアに行く前に迷宮都市に行ったらええよ。そこで護衛を雇うんが、グリオンさんのオススメや」
「タクさんも仰ってましたね。クリスタニアは物騒だから、パーティがいた方がいいって」
「冒険者崩れの山賊が多いって報告が上がっとるんや。兄さんがいくら腕っぷしが強いっていうても、念には念を入れた方がええ」
「そうですね。ビョルンさんとミニベロスは頼もしいですけど、無理はして欲しくないですから」
私はミニベロスを抱き上げて、ポーチから取り出したお菓子をそれぞれに食べさせてあげた。食いしん坊のミニベロスはあっという間に食べてしまったけれど、どうやら機嫌が良くなったらしい。短い尻尾をぷりぷりと振って元気よく吠えた。
「これ、持っとったらええよ。冒険者ギルド関係者の推薦ってことで、ちょいとばかし料金をまけてもらえるわ」
「ありがとうございます!」
グリオンさんが差し出してくれたブローチは、いわゆる『ご優待券』といったところだろう。顔が広くなるにつれて、こんなお得なこともあるのかと思うと嬉しくなる。
「船は三日後の朝に出んで。乗り遅れんようにな!」
グリオンさんはケラケラと楽しげに笑い、研究室を後にしようとする。私はその小さな背中に頭を下げた。
「グリオンさん、ありがとうございます!」
「なに水臭いこと言うとるん! また美味しいモン食わせてくれたらええで!」
そして彼はビョルンさんを見て、茶目っ気たっぷりなウィンクをしてみせる。
「ビョルン兄さん、ルナちゃんとイチャつくんもほどほどにな!」
「やかましい」
ビョルンさんはキッと睨んで、風魔法を起こした。グリオンさんはその小さな竜巻から逃げるように扉の外に飛び出していく。その軽い足音を聞きながら、私はやれやれと肩を竦めるのだった。




