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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
07_漁業都市(ポルタ・サレ)編

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177/246

177_海辺のダンスホール

 タクさんの店まで続く海沿いの堤防。そこからは商人ギルドの建物がよく見える。オレンジ色の光がいくつも灯っていて、賑やかな声がする。それに水面にはキラキラと輝く人魚(セイレーン)の尾が見えた。


「ルナっ!」


 その中に見えた小さな尾ひれが、ぱちゃんと水面を叩く。そしてこちらに近づいて、私の名前を呼んだ。


「スージーさん!」


「ルナ、おじさんも。元気になってよかった」


 ニカッとギザギザの歯を見せて笑うスージーさん。その笑顔はとても晴れやかで、最初に見た悲しげな少女はもういない。ビョルンさんも安心したように肩を竦めて、スージーさんの頭にぽんと手を置いた。おじさん、という呼称には少し不満気だが。


「今ね、釣り人のおじさんたちとお話してたの。それでね、お姉ちゃんがルナとお話したいって」


「お姉さんと会えたんですね」


「うん。海がキレイになったおかげ!」


 スージーさんがお姉さんと再会できたのは、とても喜ばしいことだ。人魚(セイレーン)が釣り人たちと和やかな会話をしていることも、きっと前のポルタ・サレでは考えられなかっただろう。


「はじめまして、陸の方々」


「お姉ちゃん!」


 スージーさんが振り返り、甘えるように()り寄ったのは、美しいオパールの髪を水面に揺らす美女だった。水面の光を反射しているのか、キラキラと発光しているようにすら見える。その優雅さに、夜なのに目が焼けそうだ。隣にいたタクさんは、しぱしぱと眩しそうに瞬きを繰り返していた。


「私は人魚(セイレーン)族の長、ロゼリアです。我らが故郷を瘴気から救ってくださり、本当にありがとうございました」


 ロゼリアさんと名乗った女性の人魚(セイレーン)は、深々と頭を下げた。彼女に続いて、スージーさんや他の人魚(セイレーン)たちも私たちに敬意を表すように礼をした。


「バルデーニ様からお聞きしました。タク様がこのポルタ・サレの長になると」   


「長っていうか、その、顧問ってだけでそんなに大層なことはできませんよ」


「それでも、あなたは我らの英雄です」


 ロゼリアさんははっきりとした口調で言い、口元に笑みを浮かべた。その笑みは優しく穏やかで、親しみを感じさせる。


「我々人魚(セイレーン)は本来、人間に関わらずに生活してきました。しかし今は、セレスティウムという共通の脅威がある以上、手を取り合わねばなりません」


「……はい。僕もそう思います」


「ですので、我々としてもポルタ・サレと共にありたいと考えております。救世主であるあなたに、恩を返さなければ」


 そしてロゼリアさんは私の方を向いて、一つ頷いた。


「もちろん、あなた方にもですわ。なにかお力になれるとよろしいのですけれど」


 しかしロゼリアさんの言葉に返事をしたのは、意外なことにビョルンさんである。 


「問題ない、既に精算済みだ」


 何の話かわからず首を傾げる私に、ビョルンさんはため息をついて肩を竦めた。そして近づいてきたかと思うと、私の頭をガシッと掴んで撫で回す。


「こいつの命を救ったのは、そちらの秘薬のおかげだ。感謝する」


「お役に立てたのなら、なによりです」


 素直な感謝の言葉に、ロゼリアさんは笑みを深めた。 


「ルナ、大変だったの? いたい? お薬、もっといる?」


 スージーさんは心配そうにこちらに泳いできて、尾ひれを揺らした。私はスージーさんの手を握って、首を横に振る。


「もう大丈夫ですよ、スージーさん。私、もう元気いっぱいですからね!」


「よかったぁ」


 スージーさんはにこにこ、くすくす笑いながら私の手にじゃれついてきた。お姉さんであるロゼリアさんも、微笑ましそうに私たちを見守ってくれる。


「そういえば、釣り人ギルドの方ではなにを?」


 タクさんの質問に、ロゼリアさんはにこやかに答えた。 


「バルデーニ様と奥様が、宴の用意をしているそうです。皆さんのこともお待ちの様子でしたよ」


 言われてみれば、なんだか向こうから魚介の焼けるいい香りがする。思い出したようにお腹がぐるぐると大きく鳴った。その音を聞いて、プッ! と吹き出す音がする。


 じとりと振り返ると、タクさんとビョルンさんが同時にそっぽを向いた。 


「行っておいでよ、ルナさん。僕も料理ができたら持っていくからさ」


 タクさんはそう言って、笑顔で送り出してくれる。私とビョルンさんは顔を見合せ、スージーさんとロゼリアさんは誘うように前を泳ぎ始めた。そこでビョルンさんのお腹もぐぅ、と大きく鳴ってしまう。


「じゃあ、お言葉に甘えて。行きましょうか」


「あぁ」


 ビョルンさんは気恥ずかしそうに短く答えた。私はビョルンさんの背中を叩いて、釣り人ギルドの方に歩く。ビョルンさんは私の後ろをのそのそと大きな歩幅でついてきた。




「随分と遅い登場ですわね、救世主様?」


 釣り人ギルドの隣、ラグナさんの酒場の中央。楽しげに尾を振るケルベロスの背中に座って、こちらを見下ろす女性がいた。


「エリザベスさん!?」


 彼女は昼間見た高価そうなドレスではなく、町娘風のスカートに身を包んでいる。町娘と呼ぶにしては気品が溢れているし、なにより特徴的な縦ロールがあるせいでちぐはぐな印象だった。その隣では、クレイモアさんが諦念の面持ちでジョッキを煽っている。


「宿にいるのは退屈なんですもの」


「だからって、酒場に乗り込む貴族がいます?」


「前例がなければ、作ればよろしいのではなくて?」


 エリザベスさんの貴族らしからぬ柔軟な一面は好きだ。とはいえ、立場もあるだろうからひとつアドバイスをしてあげる。


「わたくし、今はただのエリーですの。あなたもそうお呼びなさい」


「言葉遣いも変えた方がいいですよ、エリーさん」


「あら、たしかにそうね」


 クレイモアさんの眉間にさらに濃いシワが刻まれたけれど、エリザベスさんは知らんぷりを貫いていた。彼女はケルベロスの背中から降りて、シロの頭を撫でる。


「ほら、この子はあなた達に会いたがっていたみたいよ」


「ケルベロスもいい子にお留守番してたんだね。いいこ、いいこ」


 私は力いっぱいケルベロスに抱きつき、三つの頭を順番に撫でる。短い尾をはち切れんばかりに振り乱して、子犬みたいになくケルベロス。ビョルンさんもブチの頭を撫でて、その足に魔法道具と魔法をかける。すると、パッと光ったかと思うと、ミニサイズのケルベロスが舌を出してキャンキャン鳴いた。


「……ったく」


 ミニベロスはビョルンさんの足元を駆け回り、恋しかったと言わんばかりに身体を擦り付ける。ビョルンさんは鬱陶しそうにしながらも、振り払うことはしなかった。


「ルナ、身体はもう平気なのかい」


 調理場から顔を出したラグナさんが、木杯を差し出しながら言う。 


「はい、もうピンピンしてますよ!」 


 私はにこやかに木杯を受け取り、エリザベスさんが持っていた木杯にぶつけた。ゴツ、と鈍い音が鳴る。  


「では、エリーさんに庶民の楽しみをお教えしましょう」


 グイッとジョッキを煽って、喉を鳴らしてエールを身体に流し込む。スッキリした麦の香りと苦味、そしてアルコールが体に染み渡っていった。


「……あーっ! 最高!」


 久しぶりのエール、しかも大仕事終わり。シチュエーションはバッチリ揃っている。私は口元の泡を乱暴に拭って、木杯をテーブルに置いた。


「今宵は無礼講ってことで。楽しまなきゃ損ですよ、エリーさん」


 私の言葉に、エリザベスさんをはじめとする釣り人ギルドのメンバー、そして水面からこちらを伺っていた人魚(セイレーン)たちが弾んだ声をあげる。木杯をぶつけ合い、足を踏みならし、海からは水面に飛沫が上がる音がした。釣り人たちの笑い声と陽気な歌声が響き始め、足踏みでリズムを刻む。


「ラグナ! こっちに来い! 踊るぞ!」


「もう、今忙しいのよ」


 ラグナさんは困ったように言うけれど、口元は大きく弧を描いていた。長い尾を絡ませて、鼻を擦り合わせる。そして二人でくるくると回り、手拍子を繰り返す。そのリズムに乗せられて、周囲の人達も踊り始める。


「ん」


「ん?」


 横から差し伸べられた手に、私は首を傾げる。


「こういう余興は嫌いか」


 ビョルンさんはこちらを見ないまま、気まずそうに言った。耳が落ち着かないように下がったり、上がったりしていて面白い。私は吹き出したいのを(こら)えたまま、その大きな手を取った。


「エスコートはお任せしますからね!」  


「調子に乗って転ぶなよ」


「もう、意地悪なんだから」


 呆れたように言って、ビョルンさんは少し口角を上げた。私たちは互いの手を取って、踊る人達の輪の中に飛び込んだ。



 

 ポルタ・サレの夜は更けていく。穏やかな波音と弾んだ笑い声が周囲を満たす。爽やかな潮風に吹かれて、港に掲げられた旗が揺れた。   



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