175_積み重なる問題
私が最高顧問?
思ってもなかった打診に、思考が止まった。
「お前以外に、ギルドの頭をまとめられるやつはいないと思うが?」
オブライエンさんがまっすぐ、鋭い目で私を見る。
「私は……」
視線を下げて、自分の手を見た。
何を迷っている、星宮瑠奈。私の目的は、元の世界に帰ることだ。ビョルンさんの借金を返す代わりに、元の世界に戻る方法を探す。そのためにルーンデールを出て、ここまで来たんじゃないか。
でも、ポルタ・サレで稼いだお金では、まだまだ借金返済には遠く及ばない。今、ここでギルドの最高顧問を引き付けた方が効率的にお金を稼げる。とはいえ、ひとつの場所に留まって、果たして元の世界に変える方法を見つけられるかどうか。
「……少し、考える時間をいただけますか」
「ま、いきなりこんなことを言われたって困るよな」
「休憩を挟みましょう」
私の頼りない返答にオブライエンさんは頷いて、エリザベスさんは気を使って時間を作ってくれた。私は一礼をして、逃げるように応接室を後にする。ビョルンさんの方は見ていなかった。
ポルタ・サレの商人ギルドには、静かな中庭があるらしい。緑色に生い茂った芝生と、色とりどりの花が花壇に植えられている。花の香りと青臭い芝生の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、芝生に座り込んだ。
「ルナ」
後ろから名前を呼ばれる。振り返るとそこにはビョルンさんが立っていて、そよ風に髪を揺らしていた。私を心配して、追いかけてきてくれたんだろうか。
「大丈夫ですよ。ただ、少し驚いちゃって」
私は笑顔を向けながら、足元の草に指を絡めた。
「でも、お金を稼げるんならアリかなぁとも思ったんです」
「だが、お前の目的は果たせないだろう」
ビョルンさんは静かに言って、私の隣に座り込む。そして静かに、まっすぐ私の顔を見た。その目は太陽の穏やかな光を反射して、優しさを感じさせる。
「俺のことは、気にしなくていい」
「え?」
「元より俺の問題だ。お前には関係ない」
突き放すような言葉のくせに、その声はとても穏やかだった。ビョルンさんは私の顔をのぞきこみ、ぽすんと頭に手を置いた。
「お前は自由だ、ルナ」
言い聞かせるような言葉に、私の胸がつきりと痛む。ビョルンさんは私のためを思って言葉を紡いでくれている。でも今は、出会った頃のようなわがままさが恋しい。だって、契約は私たちを繋ぐ唯一の糸だから。
「ねぇ、ビョルンさん」
「なんだ」
「どうして、あんなにたくさんの借金があるんですか」
言ってしまった。ずっと胸につっかえていた。
これまで見てきたビョルンさんの姿と、多額の借金がどうしても結びつかないのだ。彼はお金に頓着がなくて、杜撰な管理で困った時もあるけれど、ギャンブルに手を染める人じゃない。悪事に自ら首を突っ込むほど無謀でもない。なにか大きな理由があるんじゃないか。そんな疑問が、ついに溢れてしまった。
ビョルンさんはガシガシと頭をかいて、気まずそうに顔を背ける。そして蚊の鳴くような声で、言葉を紡いだ。
「……話していなくて、悪かった」
素直な謝罪の言葉に、私は首を横に振る。
「話しにくいことは、誰だってありますよ」
「ただ、今は全てを話すことができない。お前に非がある訳ではないんだ」
静かに視線を落とすビョルンさんは、どこか苦しげな顔をしていた。話したいのに話せない。その理由があるのだろうか。
「勇者様と関係があるから、ですか?」
私の言葉に、ビョルンさんは勢いよく顔を上げた。ライムグリーンの目を丸めて、警戒するように息を飲む。
「なぜ、それを」
「熱が出ていた時、ビョルンさんが私に言ったんです。マオのところには行くなって」
「……そうか」
ビョルンさんは大きく息を吐き、空を仰いだ。そしてどこか決心したように目を細め、口を開いた。しかしその喉から紡がれたのは言葉ではなく、真っ黒な液体。それがビョルンさんの血だと気付いたときには、ビョルンさんは苦しげに胸を押えていた。
「ビョルンさんっ!?」
「話そうとすれば、こうなる。そういう呪いだ」
「呪い……?」
どうしてビョルンさんが、そんな呪いを受けなければならなかったんだろう。いったいこの人は何を抱えているんだろう。
「勇者に、嵌められたんだ」
「え……?」
「俺の負債を、アニタが肩代わりした。俺は彼女に借りを返すために、行商人として商いをするようになった。……とはいえ、商才はなかったがな」
自嘲気味な笑みを浮かべて、ビョルンさんは首を振った。そして私を安心させるように、頭に手を乗せる。その手は普段よりも熱くて、彼の身体に異常が起きていることは明白だった。
「呪いを解くことは出来ないんですか」
ビョルンさんは首を横に振る。
「呪いは魔法とは違う。浄化魔法でも不可能だ。専門の聖職者の力が必要だと言われた」
「なら、解呪できる人を探しましょう」
「王都にしかいない」
諦めを含んだ声で淡々と告げた。王都には呪いをかけた張本人であるマオがいる。つまり王都での解呪は不可能ということだ。私の力だけでは、どうしようもできない壁。それがたまらなくもどかしい。
「お前は、元の世界に帰ることだけを考えろ」
突然告げられた契約破棄。それがビョルンさんの拒絶ではなく、後押しであることはわかってる。でも、私はビョルンさんの傍にいたい。
「契約不履行なんて、許しません」
私はビョルンさんの手を包み込むように握って、彼の顔を覗き込んだ。ライムグリーンの瞳が動揺に揺れる。
「最初から、最高顧問のお話は断るつもりだったんです。お金は別の形で返せばいい。呪いを解く方法だって、きっと見つかるはずです」
私は一呼吸置いて、ビョルンさんを見つめた。緊張で身体が強ばる。思いを言葉にするのは、こんなにも難しいことだったっけ。
「私は、ビョルンさんと旅がしたい」
今の私にとって、大切なのはビョルンさんの傍にいることだ。元の世界に戻りたいという気持ちは変わらない。だけど、できる限りビョルンさんと共に歩みたいという気持ちがあった。
「後悔するなよ」
ビョルンさんはふっと口角を緩めて、私の額に自分の額を合わせる。小麦畑のような髪が頬に当たってくすぐったい。
問題は山積みだ。元の世界に変える方法、負債の返済、そしてビョルンさんの呪い。全部をひとりで抱え込むことは難しい。でも、私にはビョルンさんがいる。
「ビョルンさんだって。途中で投げ出すなんて、許しませんから」
私はビョルンさんの額にゴツンと頭突きをして、いたずらっぽく笑ってみせた。




