174_騒ぎのあとは円卓にて
「回復したようでなによりですわ」
ビョルンさんが目覚めた翌日。エリザベスさんが優しく微笑みながら、私とビョルンさんに席につくように促してくれた。
私はビョルンさんから少し距離を取って椅子に腰掛ける。昨日近づきすぎてしまった、そのお詫びもかねて。しかしビョルンさんはそんな気遣いも無下にするように、いつもの距離感でどっかりと座り込んだ。
「揃いましたわね」
ここは商人ギルドの応接室。豪奢な調度品と、落ち着いた木目の柱が特徴的な広い部屋だ。そこには大きな円卓があり、これまで私が出会ってきた人々が各々の席に座っている。
エリザベスさんとクレイモアさんはもちろんのこと、釣り人ギルドマスターのバルデーニさん、商人ギルドマスター、市民を取りまとめていたオブライエンさん、オーク族代表のユフィリアさん。
そんな権威のある面々の中に、私とビョルンさん、そしてタクさんが挟まれるように席についていた。
「あの、我々が出席しても宜しいのでしょうか……?」
恐る恐るたずねるタクさんの言葉に、エリザベスさんは頷いた。
「あなた方はこの街の英雄ですもの。この街の今後を決める席にあなた方を招かずして、誰を座らせるというのです?」
エリザベスさんの言葉に、オブライエンさんは不満げに眉を寄せた。そして乱暴に机を叩いて、エリザベスさんに吠えた。
「他領の貴族が、この街を仕切るってのか?」
オブライエンさんの口調は荒いが、指摘は最もだ。この国では貴族領と自治領がある。このポルタ・サレは市民による自治が認められた自治領だ。それなのに隣の貴族が首を突っ込んでくるのは、快い気がしないだろう。
「お気持ちは分かりますわ。ですから、わたくしはあくまで仲介役に徹するとお約束いたします」
エリザベスさんがずっと目を細めて、オブライエンさんを見る。
「まさか自治領の元代表が、地下に潜っていたとは思いませんでしたわ」
私は驚いてオブライエンさんを見た。頼もしい人だとは思っていたけれど、まさか彼にそんな経歴があったなんて。
「商会の野郎共のせいだ」
「そうでしょうね。ここ数年のポルタ・サレの代表は『白銀の錨』商会長でしたから」
エリザベスさんの言葉ではたと気付く。そういえば、『白銀の錨』の商会長の席は空席だった。私が首を傾げていると、クレイモアさんが補足してくれる。
「『白銀の錨』商会長こそ、あなたがたが捕らえた商人ですよ」
「えっ!?」
私とビョルンさんは顔を見合わせた。
「アール……いえ、彼の本名はアーノルド。五年前に亡くなった元商会長に成り代わり、商会を治めていたようです」
「成り代わった?」
「元商会長の側近だった彼は、元商会長の死を隠して本人に成り代わったようです。本来、商会長は表舞台に顔を出さない、正体不明の人物でしたから」
明かされた事実に、私は納得している自分に気がつく。アールの緻密な計画と手際の良さは一介の商人だとは考えにくい。セレスティウムとの繋がりを考えれば、商会長という席がよく似合う。
ただ、私はいまだにこれが現実なのかとも思っていた。初めてアールに会った時の手のひらの温度を覚えている。震えていて、冷たくて。そしてこちらに縋るような手と、柔らかな笑顔。それが全て偽りだと信じられなかったのだ。
「ルナ」
ビョルンさんが私の名前を呼んでくれる。その声は低く落ち着いていて、私への心配が滲んでいた。
「大丈夫ですよ、ビョルンさん」
私はビョルンさんの方を向いて、しっかりと頷いた。ビョルンさんに心配をかけてどうする。
「話を続けてください」
私の様子に満足したのか、エリザベスさんはその場の面々に言った。
「目下の問題は、空席となったポルタ・サレの代表者の座と、『白銀の錨』の始末です」
エリザベスさんの言葉が落とされた瞬間、応接室の空気がピリッと張り詰めた。そして最初に口を開いたのは、商人ギルドのギルドマスターだった。
「決まっておろう。『白銀の錨』の資産はすべて没収だ。そして代表の座には我々商人ギルドを置き、本来の自治領の姿を取り戻すために尽力するとしよう」
「待てよ」
遮ったのは、腕を組んで深く椅子にもたれかかっていたバルデーニさんだった。
「これまで商会にいいように使われてきた連中なんぞ、信用できるか。引っ込んでな」
「なんだと?」
商人ギルドマスターの額に青筋が立つ。そこへ、エリザベスさんが優雅に、しかし逃げ道を塞ぐように言葉を重ねた。
「最も重要なのは、セレスティウムへの抑止力ですわ。アールという繋がりを失った彼らですが、この港の利権を諦めるとは思えません。ギルドという薄氷の盾だけで、あの魔術師団の再侵攻を防げますの?」
部屋全体に、重苦しい沈黙が広がった。そしてさらにユフィリアさんが重い発言をする。
「瘴気が浄化されたとはいえ、近年魔物の被害も増加傾向にあります。今はオーク族で食い止めていますが、それもいつまで持つかどうか」
「オークと手を組めってのか?」
「人間族がオークに対して良い印象を持っていないことは理解しています。ですが、今は手を取り合うべきです」
「そんなこと言ったって、無茶なもんは無茶だ」
自由を重んじるポルタ・サレの市民や釣り人たち。けれど、『白銀の錨』という巨大な経済の柱を失い、さらにセレスティウムという巨大な魔法都市に目を付けられた今、彼らだけで立ち向かうのは不可能に近い。兵力となり得るオークや人魚たちと協力し合うためには、信頼関係が築けない。
かといって、ここでエリザベスさんのルーンデール領に頼れば、事実上、この街の自治は終わりを迎える。
誰もが苦渋の表情を浮かべ、口論し、議論は完全に膠着していた。横に座るタクさんが、不安そうに私を見る。ビョルンさんは黙ったまま、私の出方を待っている。
このままでは埒が明かない。私は深呼吸をして、手を挙げた。
「あの……一つ、提案をしてもよろしいでしょうか」
静かに手を挙げると、部屋中の視線が私に集まった。商人ギルドマスターが訝しげに眉をひそめ、ユフィリアさんが期待を込めて目を輝かせる。エリザベスさんは楽しげに目を細めた。
「言ってみてくれ。ここにいる全員、お前の話なら聞くだろうよ」
バルデーニさんの促しに、私は深く息を吸って立ち上がった。
「プラチナ・アンカー商会は解体するべきです。ですが、その流通網と資産の管理は市民だけで抱え込むことは不可能です。そこでまったく新しい共同ギルドとして再編成するのはいかがでしょうか」
「共同ギルドだと?」
オブライエンさんが低く呟く。私はテーブルの上に、簡単な街の地図を広げた。
「はい。アールがこの街を支配できたのは、商会派と非商会派で市民を分断したからです。長らくこの街は同じ市民同士でいがみ合っていた。それなら、その逆をすればいい」
「複数人でこの街を治めるということかしら?」
エリザベスさんの問いに頷く。
「そうです。新しい代表の座は一人にするのではなく、議会制にします。市民代表、各ギルドマスターは投票制で選出するんです」
私は、凛と前を見据えるユフィリアさん、そして窓の外の海へと視線を向けた。
「山のオーク族、海の人魚族。彼らにもギルドの席を設け、交易権を等しく分配します。オークの山の資源、人魚の海の恵み、そして市民の商業の力。これが一つになれば、『白銀の錨』以上の経済圏が生まれるでしょう」
「ふざけるな!」
次に声を上げたのは、商人ギルドマスターだった。
「人魚やオークと手を組むなど! 何を考えている!」
「人種的な差別は、経済の前には無意味ですわよ。商人ギルドマスター」
商人ギルドマスターを完封するように、エリザベスさんが美しい声で制した。
「我がフィッツィガルディ公爵家は、その多種族連合ギルドの最初の交易相手として、正式に同盟を結びますわ。ルーンデールは同盟相手として、ポルタ・サレの自治を尊重します。それならよろしいのでは?」
エリザベスさんの言葉に、部屋中が息を呑んだ。
「問題はあって? クレイモア」
「いいえ、エリザベス様。あなた様のご判断は賢明かと」
貴族の支配を受け入れず、かつセレスティウムの脅威を退け、多種族の力で平和を目指すプラン。これこそ、この街全員が救われる方法のはずだ。
「……ははっ、とんでもねえ商売人がいたもんだ」
最初に笑い出したのはバルデーニさんだった。
「俺は乗るぜ。面白そうだ」
「我がオーク族も、ルナの提案に従いましょう。ポルタ・サレとの共存は、私たちの願いでもあります」
ユフィリアさんが胸を張って宣言して、私にウィンクしてくれる。周囲の視線が、オブライエンさんへと集まった。彼はしばらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やがて大きく息を吐き、ドサリと椅子に背を預けた。
「他領の貴族に頭を下げるよりは、人魚やオークと机を並べる方がマシか」
オブライエンさんが、鋭い目で私を見る。その目はとても真剣で、そらすことが出来ない。
「その新しいギルドの最高顧問は、当然あんたがやるんだろうな?」
「……へ?」




