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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
07_漁業都市(ポルタ・サレ)編

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154_契約者(ビジネスパートナー)の誓い

「あ、あ、あのぅ? ビョルンさん、何言ってるんですか?」


 思ってもみなかった言葉の熱に、思考が止まる。私の混乱を余所に、ビョルンさんはアールさんを射抜くような視線で見据えたまま、私を抱える腕にぐっと力を込めた。


「おやおや、やはりルナさんは愛されていますね」


 アールさんの困ったような笑みに、私は弾かれたように声を出す。


「ち、違いますよ!? これは、そう! ビジネスパートナーとして! 私達、共同経営者なので! ね、ビョルンさん!」


 必死に弁明する私に目もくれず、ビョルンさんは黙ってアールさんを見下ろしている。そんなビョルンさんの態度に、アールさんは困ったように笑って、席から立ち上がった。


「では、騎士(ナイト)の迎えが来てしまったので、今宵(こよい)はお(いとま)させていただきましょう」


 そう言ってアールさんは私の手を取り、手の甲に優しく口付けを落とした。


「へっ!? あ、アールさん!?」


「僕だって、簡単に諦めるつもりはありませんよ。ルナさん」


「諦めるって、でも、私は」


「今はまだ知り合ったばかりです。これからゆっくり、僕のことを知ってください」


 私の手を握ったまま、アールさんは挑戦的な眼差しをビョルンさんに向け、耳元で低く囁いた。


 「あなたの騎士(ナイト)は、この僕だ」

 

 その声はこれまで聞いていた柔和なものと違って、冷たく暗い執着を滲ませたようなものだった。なんだか恐ろしくなって肩を跳ねさせると、ビョルンさんはサッとその手を振り払った。そしてアールさんの視線から隠すように、私を抱え直す。


「失礼する」


「はい、おやすみなさい。ルナさん、ビョルンさん……また、すぐに」


 アールさんは静かにそう言うと、私の手を離して深くお辞儀をした。ビョルンさんはざわつく周囲の視線ももろともせず、私を抱えたままレストランを後にした。


 ビョルンさんの肩越しに見たアールさんは、照明の影になって表情がよく見えない。だけどなんだか、獲物を見定める猛禽類のような鋭い瞳が、夕闇の中で光っていた。




「……もういいだろう。自分で歩け」


 坂を下って海辺の大通りに出た頃。ビョルンさんは立ち止まって、そしてその言葉の直後に嫌な浮遊感を感じる。 


「痛ーッ!?」


 またしても石畳の上に落とされた。痛い。ひどい! このバカエルフ!


「これで満足か」


 フン、とビョルンさんが鼻を鳴らす。その言葉に反応するように、すぐそばの茂みからグリオンさんが飛び出してきた。


「兄さん! さっすがやでぇ! ちゃんと奪還(だっかん)してきたやんか!」


「グリオンさん!?」


 思いがけない人物に、声が裏返る。


「どういうことですか、奪還って?」  


「俺とこいつで契約を交わした。それだけだ」


 ビョルンさんはグリオンさんを(あご)でしゃくって示した。グリオンさんはニコニコと笑って親指を立てて、とても満足そうに(うなず)く。


「なんの契約ですか?」


「『白銀の錨(ブラチナ・アンカー)』商会長の情報を得る代わりに、お前との契約を守れと」


 ビョルンさんは不機嫌そうに視線を逸らした。グリオンさんから商会長の情報を得る代わりに、私との契約を維持することにした、と。先程の台詞はそういうことだったのか。


「つまり、ビョルンさんは私との契約維持のため()()にあんなことを言ったんですか? あんな人前で!?」


 信じられない! と、距離を取ろうとすると、慌ててグリオンさんが割り込んできた。 


「確かにそういう契約やったけどな。兄さんの言葉はほんまやと思うで! 兄さんは嘘をつく男やない! ほら、もういっぺん言うてみぃ!」


 ビョルンさんを見上げると、これまた落ち着かなさそうに耳を下げて言い放った。モヤモヤした気持ちは消えないけど、ビョルンさんのことだ。きっと嘘やでまかせを言ったつもりはないんだろう。


「勘違いするな。()()()言葉にする必要があったというだけだ。二度は言わん」 


「ちょおーっ! せっかくのデレが台無しやんかぁ! 減るもんやないやろ! ほら、もういっぺん!」


「言わん」


 いつの間にか、ビョルンさんとグリオンさんは仲良くなっていたみたいだ。 


「さっさと情報を吐け」


「兄さんは欲しがりさんやなぁ。もういっぺん、ええ子に言えたら考えたるで?」


「今すぐ海に放り込んでやってもいいが」


「ちょ! 兄さんが言うたらシャレにならんがな!」


 ビョルンさんがグリオンさんの首根っこを掴もうとして伸ばした右手を抑え、私はグリオンさんに歩み寄る。 


「グリオンさん。心配かけてしまってすみません。私なら、大丈夫です」


 にこ、と笑顔を見せると、グリオンさんは困ったように眉を寄せる。そして私とビョルンさんを交互に見て、大きな声で宣言した 


「グリオンさん、なぁーんかお腹すいたなぁ! ……ってことで、ワンちゃんと一緒にタクちゃんとこ行っとくわ!」


「えっ!?」


「どーぞ! おふたりさんでごゆっくり! ほな、また後で〜!!」


 ひょい、とミニベロスを抱えると、小走りで海岸沿いの道を走り始める。ミニベロスもグリオンさんには懐いたのか、嬉しそうにしっぽを振っていた。


「えっ、ちょっと、グリオンさーん!?」


 ハーフリングがすばしっこいという話は聞いたことがあったけれど、それにしても早すぎる。あっという間に見えなくなってしまったグリオンさんの背中を、ポカンと見つめていた。




 私とビョルンさんは、いつもより三歩ほど離れた位置を歩く。とっぷりと暮れた空には星と三日月が光っていた。ビョルンさんのブーツと私のヒールが、ゴツゴツカツコツと不揃いなリズムを奏でながら石畳を叩く。 


「あの、ビョルンさん」


「なんだ」


 静かに返事をするビョルンさん。その低い声はいつもよりも、余裕がないように聞こえた。焦れたような、拗ねたような声。


「……さっきの話、なんですけど」


 返事はない。


「『ルナは俺のものだ』って」


 二人して黙って道を歩く。足音だけが響いて、海のさざ波の音がそれをかき消していく。


「お前こそ」


「私ですか?」


「『寂しい』と言ったな」


「あ……えっと、はい。聞こえてたんですね」


「一部だけだ」


 気まずくて、足元に視線を落とす。自然と私の足が止まって、ビョルンさんの足も止まって。その場にさざ波の音だけがやたらうるさく響く。


「契約は契約だ。我々は互いの利益のために手を組んでいる」


「……はい、分かってます」


 ゴツゴツゴツ。重いけれど、確かな足取りが近づいてくる。顔をあげると、わずかな月明かりに照らされた小麦畑の髪が見えた。その下に(のぞ)くライムグリーンは、まっすぐ私を映している。


「ルナ」  


 ビョルンさんの手が、私の頭に乗った。そしてゆっくりと、慈しむように髪を撫でる。その温かさに触れたのが随分前に思えて、思わず頬を寄せてしまった。ビョルンさんの大きくて荒れた手は、アールさんの(なめ)らかな手よりも心地よい。目を閉じると、分厚い皮膚の下でビョルンさんの鼓動が脈打っているのがわかる。 


「俺は契約を(たが)えることはしない。それだけは、覚えておけ」


 ビョルンさんはそれだけ言うと、手を引っ込めてしまった。その顔はいつもより少し困ったような、しかし強い決意が(にじ)んでいた。 


「ねぇ、ビョルンさん」


「なんだ」


 低く優しい声。(うなが)されるまま、弱音を吐きそうになって声が震える。本当は聞きたかった。ビョルンさんとユフィリアさんの関係について。 


「……いえ、なんでもありません」


 だけど、聞いたら今の関係が、この心地よい距離感が崩れてしまいそうで。それが怖くてたまらなかった。   


「はぁ……」 


 呆れたようなため息が聞こえて、ひくっと喉が震える。ビョルンさんが怖いんじゃない。私が私で無くなってしまうような、冷静な部分を必死に繋ぎ止めようとしているのに、上手くコントロールできないことへの恐怖だ。


 いつもみたいに、笑え。笑って、隠して。そうして隠してしまえばいいのに。ビョルンさんの前では、上手くできない。


「小娘が」


 ぶっきらぼうな言葉と共に、頭に乗せられていた手がグイッと強く前に引かれる。私はつんのめりそうになって、ビョルンさんの胸板に顔面から突っ込んだ。


「うぶっ!?」


「俺はここにいる」


 はっきりと言い放たれた言葉に、心が震える。そうだ、ビョルンさんはずっと傍にいてくれると約束してくれたのに、疑ってばかりなのは私だった。


「そうですよね。そういう契約(やくそく)ですもんね」


「そうだ」


 見上げると、ビョルンさんの耳がへにょんと下がっていた。顔は至って、いつも通りの不機嫌そうなものだけど。そのチグハグさがおかしくて、私はビョルンさんの胸に頭を押し付けながら笑い出してしまう。  


「ふふっ、あははっ! ビョルンさんは、ほんっとうに不器用ですねぇ!」


(やかま)しい」


「はいはい。さ、タクさんところに行きましょ! お腹すいた!」


 私が腕を引くと、ビョルンさんは呆れたようにため息を吐く。呆れを含んでいるけれど、いつもの調子が戻ってきたようだ。 


「まだ食う気か」


「タクさんのご飯は別腹!」


 にしし、と私が笑うと、ビョルンさんもふっと肩から力を抜いた。ビョルンさんは私の腕を振り払うでもなく、『しかたない』と言うふうに口角を上げる。久しぶりに、ビョルンさんの顔を見て笑った気がした。


 穏やかな三日月と星の光に照らされて、海辺の道を歩く。二つの影が、静かにゆっくりと伸びていた。 

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